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本来のアツミ
しおりを挟む今でこそ家にこもり切りで、ひとり黙々と仕事をしているアツミだが、昔からこうだったわけではない。
幼稚園時代はむしろ活発な方だったし、小・中・高校時代は仲のいい友達がそれなりにいて、人付き合いも悪くはなかった。
ただ、中学校あたりから、3、4人での待ち合わせてお出かけなどを提案され、あまり乗り気ではないが断りづらいというお誘いの場合は、いつもこう言っていた。
「〇時までに行けなかったら、先に行っていて」
要するに、昨今断わりの常套句だと言われる「行けたら行くわ」の変形みたいなものだ。
アツミは一応、待ち合わせの5分前には行こうといつも心掛けていたので、好むと好まざるとにかかわらず、行かなければならない状況で約束の時間を守らないことはほぼない。
こう言っておけば、ほかのメンバーが全員集まったとき、「ああ言っていたし、先行こうか」と、それ以上私を待つことはしないで済むだろうと配慮した結局の決まり文句だった。
学校の音楽系の部活の定期演奏会などなら、アツミが「本当に」会場まで遅れていって合流することもあったし、全く姿を見せないこともあった。
仲間たちはいつしか、「今回はどっちだろうね」と、アツミが現れるか否かを予想することを娯楽的に楽しむようになっていた。だから「どうせ来ないから」と全く誘われなくなるということもなく、アツミはアツミでこんな気まぐれな人付き合いを楽しんでいた。
◇◇◇
アツミは高校を卒業後、隣県の少し大きな街の短大に入学した。
そこでも気の合う友人がすぐでき、初めての連休には5人で旅行にも行ったのだが、有名な観光地のペンションを予約する際に手違いがあった。
「洋間にベッド」タイプの2人部屋と3人部屋を1つずつ頼んだはずが、3人部屋の方が「和部屋に布団」だという。それが現地に行って案内され、初めて発覚した。
それぞれの部屋割りも決まっていたので、いったんはそこに収まったが、リーダー格のマサミがが音頭を取る形で、いったん5人で和室の方に集まり、話し合いをすることになった。
3人部屋の方には、高校時代からの同級生で、もともと仲のよかったハルナとヨウコ、そしてアツミ。2人部屋がマサミとチトセだった。
どうやらハルナとヨウコは雑誌でこのペンションが紹介されたとき、写真を見たことがあったらしく、柔らかなパステル調でまとめられたベッドルームを楽しみに来たらしい。
「もうがっかり。テンション下がるよ…」
和室も落ち着いた感じで悪くないが、ヨウコががっかり顔でそう言うので、マサミがそれに同意した。
そこで急遽、部屋割りが見直されることになった。
「そうだよね。みんな絶対ベッドがいいよね?」
なるほど、みんな「もちろん」「ペンションなのに和室とか嫌」など異口同音に言う。
アツミもこの状況では「私はどちらでも」とは言いづらく、ただ黙って様子を窺っていた。
「それじゃ恨みっこなしのじゃんけんで決めよう。アミダでもいいけど」
アツミは3人部屋を希望しようと思い、そこで初めて自分の意見を率直に言った。
「あの…私は和室でいいから…」
こうすることで、不人気枠が一つだけ埋まる。
少なくとも「私は絶対ベッド!ベッドじゃなきゃ帰る!」とわがままを言ったわけではないから、ほかの4人も文句はないだろうと思った。
しかし4人の反応は、少なくともアツミには予想外のものだった。
「アツミちゃん、どうせ無理して気を使ってるんでしょ?そういうのよくないよ?」とハルナ。
「こういうときは公平にやらないと、後々アレだからさあ」とチトセ。
(えー、何でそうなるの?)
言いたいことは山ほどあったが、こう言われて「本当に和室でいいんだってば」と押し切る気にもなれない。
あみだくじに線を書き入れながら、(あ、「絶対和室がいい」ってごねればよかったのかな…)と思ったが、時既に遅し。しかも間の悪いことに、いつもくじ運がいいとは言えないアツミだが、そんなときに限って洋間を引き当ててしまった。もう1人の洋間組はチトセになった。
「アツミちゃん、やったじゃん」
そうチトセに肩を叩かれ、あいまいにほほ笑むしかなかった。
結局その日の夜は、洋間の方に全員が集まり、パジャマパーティーに興じた。
「疲れたから先に寝るね」と言って途中で戻ったのはハルナとヨウコの2人で、もう1人の和室組だったマサミは、部屋に余分にあった毛布をかけたまま、洋間の床で寝てしまった。
◇◇◇
仲よしグループは、人数の増減やメンバー変更はありつつも、何となくお付き合いを続けたし、特定のメンバーとご飯を食べたり、部屋に泊め合ったりしたこともある。
それは2年間変わらない光景に見えたが、実はアツミの心情的には、例の連休の旅行以来、少し変化があったようだ。
(なんか…女の子ってこんなに面倒くさいものだったっけ?)
そう思って記憶をさかのぼると、思い当たるふしが全くなかったわけではないのだが、心からそう思ったのは、その旅行の部屋決めのときが最初だった。
◇◇◇
アツミは卒業後、出身地にある小さな会社の事務の仕事が内定していた。
成人式で、中学時代の同級生だったケンに再会した。ケンは地元に残り、大学に通っているという。
アツミが就職のために帰郷すると知って、「じゃ、こっち帰ってきたら、たまには一緒に遊ばない?飲みとか」と言った。
ケンは中学時代から人懐っこい人気者だったから、アツミは社交辞令として受け取ったが、ケンはケンで「付き合いたい」というつもりでアツミを誘っていたし、実際何かと声をかけてきた。
ケンが大学を卒業して就職した頃、アツミは職場の人間関係で少し悩んでいた。
自己主張をしないアツミの性格に付け込み、やたら仕事を押し付ける者もいれば、「ウジウジしていて、見ていてイライラする」と、サバサバ系の先輩にはっきりダメ出しされることもあった。
そのうち、ちょっとした伝達事項が自分にだけ伝えられなかったり、グループ購入の通販に自分だけ誘われなかったりと、地味な嫌がらせをされるようになった。
正直言って、グループに入れてもらえなかったこと自体はどうでもいいが、面白半分か、自分が気に入らないのかはともかく、それを「嫌がらせ」と捉えざるを得ないような空気に嫌気がさして、アツミは退職を決意した。
しばらくはアルバイトしながら次を探そうと思っていた矢先、「すぐってわけにはいかないけど、俺と結婚しよう」とケンにプロポーズされ、1年間の交際(アツミ視点)の後、2人は結婚した。
アツミはその頃出回り始めていた自宅でワープロ入力をする内職の講座を受け、結婚後は家で仕事をすることにした。
当時は「内職商法」という悪名がささやかれていたが、アツミは運よく良心的な企業から安定した仕事を受注できたので、しばらくは様子見と思いつつ、そのまま内職が本職になった形だった。
気付けば、口を利く人間は夫ケンと、出先の店の従業員、銀行員、郵便局員といった人たちに限られる生活になっていたが、それがひどく快適に思えた。
(人と付き合わなくていいというだけで、なぜこんなにストレスがたまらないのだろう)というわけだ。
◇◇◇
内職をあっせんする企業の研修会に出席したときのこと。座学の後、茶話会的な場が設けられた。
「いつもは孤独な辛い作業だと思います。たまには悩みや愚痴などを打ち明けあってください」と言われても、特に話すことも話したいと思うこともなく、ただひたすら「早く帰りたい…」と思いながら、適当に隣席の少し年配の女性の話に相槌を打つだけだった。
自分のペースで仕事ができる。やりたくないときはセーブし、できそうなときは幾らでも引き受け、その分実入りも増える。
何より、時間を自分とケンだけのために使える。
人との付き合いをただただ「煩わしい」と感じる自分に戸惑いを覚えないわけではないが、アツミはそんな平凡で退屈で穏やかな日常に満足し切っていた。
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