上 下
1 / 5

本来のアツミ

しおりを挟む

 今でこそ家にこもり切りで、ひとり黙々と仕事をしているアツミだが、昔からこうだったわけではない。

 幼稚園時代はむしろ活発な方だったし、小・中・高校時代は仲のいい友達がそれなりにいて、人付き合いも悪くはなかった。

 ただ、中学校あたりから、3、4人での待ち合わせてお出かけなどを提案され、あまり乗り気ではないが断りづらいというお誘いの場合は、いつもこう言っていた。

「〇時までに行けなかったら、先に行っていて」

 要するに、昨今断わりの常套句だと言われる「行けたら行くわ」の変形みたいなものだ。

 アツミは一応、待ち合わせの5分前には行こうといつも心掛けていたので、好むと好まざるとにかかわらず、行かなければならない状況で約束の時間を守らないことはほぼない。
 こう言っておけば、ほかのメンバーが全員集まったとき、「ああ言っていたし、先行こうか」と、それ以上私を待つことはしないで済むだろうと配慮した結局の決まり文句だった。

 学校の音楽系の部活の定期演奏会などなら、アツミが「本当に」会場まで遅れていって合流することもあったし、全く姿を見せないこともあった。
 仲間たちはいつしか、「今回はどっちだろうね」と、アツミが現れるか否かを予想することを娯楽的に楽しむようになっていた。だから「どうせ来ないから」と全く誘われなくなるということもなく、アツミはアツミでこんな気まぐれな人付き合いを楽しんでいた。

◇◇◇

 アツミは高校を卒業後、隣県の少し大きな街の短大に入学した。
 そこでも気の合う友人がすぐでき、初めての連休には5人で旅行にも行ったのだが、有名な観光地のペンションを予約する際に手違いがあった。

 「洋間にベッド」タイプの2人部屋と3人部屋を1つずつ頼んだはずが、3人部屋の方が「和部屋に布団」だという。それが現地に行って案内され、初めて発覚した。
 それぞれの部屋割りも決まっていたので、いったんはそこに収まったが、リーダー格のマサミがが音頭を取る形で、いったん5人で和室の方に集まり、話し合いをすることになった。

 3人部屋の方には、高校時代からの同級生で、もともと仲のよかったハルナとヨウコ、そしてアツミ。2人部屋がマサミとチトセだった。
 どうやらハルナとヨウコは雑誌でこのペンションが紹介されたとき、写真を見たことがあったらしく、柔らかなパステル調でまとめられたベッドルームを楽しみに来たらしい。

「もうがっかり。テンション下がるよ…」

 和室も落ち着いた感じで悪くないが、ヨウコががっかり顔でそう言うので、マサミがそれに同意した。
 そこで急遽、部屋割りが見直されることになった。

「そうだよね。みんなベッドがいいよね?」

 なるほど、「もちろん」「ペンションなのに和室とか嫌」など異口同音に言う。
 アツミもこの状況では「私はどちらでも」とは言いづらく、ただ黙って様子を窺っていた。

「それじゃ恨みっこなしのじゃんけんで決めよう。アミダでもいいけど」

 アツミは3人部屋を希望しようと思い、そこで初めて自分の意見を率直に言った。

「あの…私は和室でいいから…」

 こうすることで、不人気枠が一つだけ埋まる。
 少なくとも「私は絶対ベッド!ベッドじゃなきゃ帰る!」とわがままを言ったわけではないから、ほかの4人も文句はないだろうと思った。

 しかし4人の反応は、少なくともアツミには予想外のものだった。

 「アツミちゃん、無理して気を使ってるんでしょ?そういうのよくないよ?」とハルナ。
 「こういうときはやらないと、後々アレだからさあ」とチトセ。

(えー、何でそうなるの?)

 言いたいことは山ほどあったが、こう言われて「本当に和室でいいんだってば」と押し切る気にもなれない。

 あみだくじに線を書き入れながら、(あ、「絶対和室いい」ってごねればよかったのかな…)と思ったが、時既に遅し。しかも間の悪いことに、いつもくじ運がいいとは言えないアツミだが、そんなときに限って洋間を引き当ててしまった。もう1人の洋間組はチトセになった。

「アツミちゃん、やったじゃん」

 そうチトセに肩を叩かれ、あいまいにほほ笑むしかなかった。

 結局その日の夜は、洋間の方に全員が集まり、パジャマパーティーに興じた。

 「疲れたから先に寝るね」と言って途中で戻ったのはハルナとヨウコの2人で、もう1人の和室組だったマサミは、部屋に余分にあった毛布をかけたまま、洋間の床で寝てしまった。

◇◇◇

 仲よしグループは、人数の増減やメンバー変更はありつつも、何となくお付き合いを続けたし、特定のメンバーとご飯を食べたり、部屋に泊め合ったりしたこともある。
 それは2年間変わらない光景に見えたが、実はアツミの心情的には、例の連休の旅行以来、少し変化があったようだ。

(なんか…女の子ってこんなに面倒くさいものだったっけ?)

 そう思って記憶をさかのぼると、思い当たるふしが全くなかったわけではないのだが、心からそう思ったのは、その旅行の部屋決めのときが最初だった。

◇◇◇

 アツミは卒業後、出身地にある小さな会社の事務の仕事が内定していた。

 成人式で、中学時代の同級生だったケンに再会した。ケンは地元に残り、大学に通っているという。
 アツミが就職のために帰郷すると知って、「じゃ、こっち帰ってきたら、たまには一緒に遊ばない?飲みとか」と言った。
 ケンは中学時代から人懐っこい人気者だったから、アツミは社交辞令として受け取ったが、ケンはケンで「付き合いたい」というつもりでアツミを誘っていたし、実際何かと声をかけてきた。

 ケンが大学を卒業して就職した頃、アツミは職場の人間関係で少し悩んでいた。
 自己主張をしないアツミの性格に付け込み、やたら仕事を押し付ける者もいれば、「ウジウジしていて、見ていてイライラする」と、サバサバ系の先輩にはっきりダメ出しされることもあった。

 そのうち、ちょっとした伝達事項が自分にだけ伝えられなかったり、グループ購入の通販に自分だけ誘われなかったりと、地味な嫌がらせをされるようになった。
 正直言って、グループに入れてもらえなかったこと自体はどうでもいいが、面白半分か、自分が気に入らないのかはともかく、それを「嫌がらせ」と捉えざるを得ないような空気に嫌気がさして、アツミは退職を決意した。

 しばらくはアルバイトしながら次を探そうと思っていた矢先、「すぐってわけにはいかないけど、俺と結婚しよう」とケンにプロポーズされ、1年間の交際(アツミ視点)の後、2人は結婚した。

 アツミはその頃出回り始めていた自宅でワープロ入力をする内職の講座を受け、結婚後は家で仕事をすることにした。
 当時は「内職商法」という悪名がささやかれていたが、アツミは運よく良心的な企業から安定した仕事を受注できたので、しばらくは様子見と思いつつ、そのまま内職が本職になった形だった。

 気付けば、口を利く人間は夫ケンと、出先の店の従業員、銀行員、郵便局員といった人たちに限られる生活になっていたが、それがひどく快適に思えた。
 (人と付き合わなくていいというだけで、なぜこんなにストレスがたまらないのだろう)というわけだ。

◇◇◇

 内職をあっせんする企業の研修会に出席したときのこと。座学の後、茶話会的な場が設けられた。

 「いつもは孤独な辛い作業だと思います。たまには悩みや愚痴などを打ち明けあってください」と言われても、特に話すことも話したいと思うこともなく、ただひたすら「早く帰りたい…」と思いながら、適当に隣席の少し年配の女性の話に相槌を打つだけだった。

 自分のペースで仕事ができる。やりたくないときはセーブし、できそうなときは幾らでも引き受け、その分実入りも増える。

 何より、時間を自分とケンだけのために使える。

 人との付き合いをただただ「煩わしい」と感じる自分に戸惑いを覚えないわけではないが、アツミはそんな平凡で退屈で穏やかな日常に満足し切っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生まれてきてごめんね。

柚子川 明
エッセイ・ノンフィクション
誕生日に『生まれてごめんね』と思うようになった、HSPの気持ち。 昔から言われていた「あなたは春になったらおかしくなる」という言葉。 最近ようやく、その理由が少しわかった気がする。 お母さん、生まれてきてごめんね。 この作品は、『カクヨム』にも掲載しています。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...