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K先生は信用してあげたい
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少し古い話題になりますが、香川県で制作した人権啓発ポスターが物議を醸しました。
それはマイクロアグレッション、「自覚のない差別」に気付きましょうという趣旨のものです。
女性社長に「家事も仕事も頑張っててえらーい」と言えば、「もし私が男だったらそんなこと言わないでしょ?」と内心ムッとているかもしれない…とか、日本在住歴が長い外国人女性がうどんを食べているのを見て、「お箸使うの上手ですね」と褒めたら、「私がガイジンだから言ってるの?何年日本にいると思ってんの?」と不愉快になったりなど、「褒めてるのかもしれないけれど、不見識、配慮がない、偏見がベースにある」というのが問題だということのようです。
いや、知らんがな。
言わせてもらえば、このポスターをつくった人だって、想像し得る人にしか配慮していないじゃないの。
差別ではなくても、どんな言葉がどなたの地雷になるか分からない――というのは、日常生活の中で何度も何度も出会うシチュエーションです。
女性社長に「女のくせに人の上に立つな。家庭におさまれ」と言ったり、外国人女性に「ガイジンが箸を使うのは文化盗用だ。即刻やめろ」と言ったりするのが「悪いこと」だというのは、多分ほとんどの方が分かっていることですから、逆に「こういうこと言っちゃ駄目なのよ」とは、誰も注意してはくれません。
しかし、もしも「女のくせに」「ガイジンのくせに」と言っている人に、差別しているという自覚がなかったら、これこそが本当の「自覚なき差別」ってことになりませんかね。
そんなの屁理屈だと言われればそれまでですが、多様性というのなら、「一般には差別的とみなされる発想をする人」を含めての「多様性」や「人権保護」を考えるべきじゃないんっすかね。
私が言うまでもなく、この手の問題はこのようにキリがないのです。
香川県のポスターが「きしょい」的な批判されたのは、もう個々人で何とかするしかない問題に、公が中途半端に首突っ込んだんだから、そりゃそうなるわと思います。
***
話は変わって。私は3年間、女子高校に通っていました。
世の中には中高一貫プラス大学短大って感じで、10年以上女子校という方も珍しくないので、女子校育ちを自称するにはパンチが足りないのですが、とにかくその女子ばかりの高校時代、1・2年の担任だった教諭「K」を今でも敬愛しています。
文学青年崩れの皮肉屋で、若干偏見持ちなところも見え隠れしていたし、薄い日教組色もあったのですが、授業(現代国語)は示唆に富んでいて面白く、多くの生徒に支持されていました。
ある日、授業中の雑談で、そんなKがこんなことを言いました。
「女はどんなに賢くても、実はバカな男よりもさらにバカだ――という考えの持ち主が、この世界には結構います」
この言葉自体は、とても褒められたものではありませんが、私は妙に感心しました。
特に男性であるKが、女子生徒(結構時間が経過して、それなりに信頼関係がある)しかいない場で言ったというのは絶妙です。
シチュエーションを覚えていないのですが、『書経』に登場する「牝鶏晨す」あたりを説明していたのかもしれません。
(鳴かないはずの)雌鶏が鳴いて朝を知らせる――女性が権力を持ってある集団を治めようとするのは、不吉な前触れ、というほどの意味です。
歴史に残るくらいの書物は示唆と含蓄に富んでいますから、時を経ても「なるほど!」と思うものも多い一方、古過ぎて現代の価値観に合わないことがあっても仕方のないことです。
それでも「ヒンケーアシタすって言うだろ?女は黙ってろ」くらい雑に引用する人は、令和の世にも実在するでしょう。
後々考えて感心したのは、Kがこのとき「僕はそうは思いませんが」などと一言も言わなかったことです。
(本当はもう少しイタい一人称だったのですが、現在73歳でご存命ですし、本人の名誉のために伏せます)
もしも自分の考えを一般論にすり替えていたのだとしたら卑怯っちゃ卑怯ですが、「思いません」というウソでごまかさなかったということだし、「そういうやつもいるけど、アホだよね」と考えての発言ならば、思っていないからこそ付け加える必要はなかったということです。
仕事上で「女の子」扱いされ、まともに意見を聞いてもらえなかったり、あからさまに軽んじられたりして悔しい思いをするたび、教壇で飄々とした調子で「バカ男>賢い女」発言したKの姿を思い出して、何ならちょっとフフッとなりました。
それはマイクロアグレッション、「自覚のない差別」に気付きましょうという趣旨のものです。
女性社長に「家事も仕事も頑張っててえらーい」と言えば、「もし私が男だったらそんなこと言わないでしょ?」と内心ムッとているかもしれない…とか、日本在住歴が長い外国人女性がうどんを食べているのを見て、「お箸使うの上手ですね」と褒めたら、「私がガイジンだから言ってるの?何年日本にいると思ってんの?」と不愉快になったりなど、「褒めてるのかもしれないけれど、不見識、配慮がない、偏見がベースにある」というのが問題だということのようです。
いや、知らんがな。
言わせてもらえば、このポスターをつくった人だって、想像し得る人にしか配慮していないじゃないの。
差別ではなくても、どんな言葉がどなたの地雷になるか分からない――というのは、日常生活の中で何度も何度も出会うシチュエーションです。
女性社長に「女のくせに人の上に立つな。家庭におさまれ」と言ったり、外国人女性に「ガイジンが箸を使うのは文化盗用だ。即刻やめろ」と言ったりするのが「悪いこと」だというのは、多分ほとんどの方が分かっていることですから、逆に「こういうこと言っちゃ駄目なのよ」とは、誰も注意してはくれません。
しかし、もしも「女のくせに」「ガイジンのくせに」と言っている人に、差別しているという自覚がなかったら、これこそが本当の「自覚なき差別」ってことになりませんかね。
そんなの屁理屈だと言われればそれまでですが、多様性というのなら、「一般には差別的とみなされる発想をする人」を含めての「多様性」や「人権保護」を考えるべきじゃないんっすかね。
私が言うまでもなく、この手の問題はこのようにキリがないのです。
香川県のポスターが「きしょい」的な批判されたのは、もう個々人で何とかするしかない問題に、公が中途半端に首突っ込んだんだから、そりゃそうなるわと思います。
***
話は変わって。私は3年間、女子高校に通っていました。
世の中には中高一貫プラス大学短大って感じで、10年以上女子校という方も珍しくないので、女子校育ちを自称するにはパンチが足りないのですが、とにかくその女子ばかりの高校時代、1・2年の担任だった教諭「K」を今でも敬愛しています。
文学青年崩れの皮肉屋で、若干偏見持ちなところも見え隠れしていたし、薄い日教組色もあったのですが、授業(現代国語)は示唆に富んでいて面白く、多くの生徒に支持されていました。
ある日、授業中の雑談で、そんなKがこんなことを言いました。
「女はどんなに賢くても、実はバカな男よりもさらにバカだ――という考えの持ち主が、この世界には結構います」
この言葉自体は、とても褒められたものではありませんが、私は妙に感心しました。
特に男性であるKが、女子生徒(結構時間が経過して、それなりに信頼関係がある)しかいない場で言ったというのは絶妙です。
シチュエーションを覚えていないのですが、『書経』に登場する「牝鶏晨す」あたりを説明していたのかもしれません。
(鳴かないはずの)雌鶏が鳴いて朝を知らせる――女性が権力を持ってある集団を治めようとするのは、不吉な前触れ、というほどの意味です。
歴史に残るくらいの書物は示唆と含蓄に富んでいますから、時を経ても「なるほど!」と思うものも多い一方、古過ぎて現代の価値観に合わないことがあっても仕方のないことです。
それでも「ヒンケーアシタすって言うだろ?女は黙ってろ」くらい雑に引用する人は、令和の世にも実在するでしょう。
後々考えて感心したのは、Kがこのとき「僕はそうは思いませんが」などと一言も言わなかったことです。
(本当はもう少しイタい一人称だったのですが、現在73歳でご存命ですし、本人の名誉のために伏せます)
もしも自分の考えを一般論にすり替えていたのだとしたら卑怯っちゃ卑怯ですが、「思いません」というウソでごまかさなかったということだし、「そういうやつもいるけど、アホだよね」と考えての発言ならば、思っていないからこそ付け加える必要はなかったということです。
仕事上で「女の子」扱いされ、まともに意見を聞いてもらえなかったり、あからさまに軽んじられたりして悔しい思いをするたび、教壇で飄々とした調子で「バカ男>賢い女」発言したKの姿を思い出して、何ならちょっとフフッとなりました。
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