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第3話 怖いものは怖い
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しおりを挟む隆美は遠藤ばあばと会話をしつつも、周囲を意識して答えていた。
「陽奈はまだ小さいし、妻の気持ちを考えたら反対もできませんでした。
離婚前提の別居ではありません」
そこで周囲に安堵の空気が漂った、が、
「僕まだ若いし、転職して新天地でやり直すのもいいかなと思いました。
でも「あなたはとにかく今のところで稼いで」って、それを拒否したんですよ。
僕だって――僕だって放射能は正直怖い。
陽奈1人を岡山に行かせるのは現実的ではありませんが、
妻はさっさと勤めを辞め、僕には稼げって、何かおかしくないですか?」
周りは軽々しいことも言えず、ただ黙って聞いていた。
ここで1人、「そんな女房、こっちからお払い箱だ」とか「横っ面はたいてやれ」ぐらいの表現をするオッサンがいても面白そうだが、茶と菓子を愛する人々の和やかな集会だから、よくも悪くも紳士しかいないのだ。
震災後、お互いの本性が丸出しになったところで失望し、離婚に至るという震災離婚的な話はよく聞かれるが、ここに放射能汚染の不安も加わり、意見の相違で悲劇的な結果になる話も少なくない。
橋本夫妻は意見の一致を見ているにもかかわらず、どちらかがより不本意な生活を余儀なくされているのだ。
「なんかね、震災にかこつけただけで、
実は僕と別れたかったのかなあ、なんてね…」
「そんなこと言うもんじゃないよ。言霊ってのがあるんだからさ」
遠藤ばあばが隆美の弱気をたしなめた。
確かに隆美の妻・康代の身勝手な言い分には、第三者も腹を立てるのは道理だが、真意は誰にも分からない以上、そのくらいのことしか言えない。
「陽奈ちゃんはさ、ちょっとおしゃまだけど、のびのびしてたよね。
あのくらいトシでも妙に気を遣う子もいるもんだよ。
夫婦仲が悪いからそうなっちまうんだろう。
陽奈ちゃんは、仲のいいあんたらを見てああ育ったんだと思うね」
あざみは「それはちょっと偏見では…」と思ったし、それが隆美を励ます言葉になるのかも疑問だったが、隆美自身が、
「そう、なんですかねえ…」
「そうだよ、元気出してしっかり働きなよ」
と、まあまあいい方向に持っていかれているようなので、口を出す気もなかった。
人間関係には最適解はあっても正解はない。
橋本親子がこれから先、どんなふうになるかは誰にも分からないが、この状況が笑い話として昇華される日が来ることを、誰もが願わずにいられなかった。
「まあ辛気臭い話はやめて、うまい菓子をいただこうよ」
その日はつくりたての姫まんじゅうと若鮎が振る舞われ、参加者の多くが日本茶を希望した。
【第3話 『怖いものは怖い』了】
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