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第2章 議会のお仕事
議会速記者
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地方議会議員の任期は4年。
解散や中途半端な改選でもない限り、統一地方選挙のタイミングで入れ替わったり、入れ替わらなかったりだ。
だから「議会職員は4年勤めて始めて1年全うしたことになる」という、厳しいことをおっしゃる人もいる。
就職してすぐは、議員名簿と前の改選のときの広報紙を渡され、議員さんのパーソナルデータを頭に叩き込むように言われた。
速記学校時代、内閣の組閣人事を英単語や古文の単語みたいな気持ちで必死で覚えさせられたけれど、大蔵大臣(当時の呼称)やら法務大臣やらに、そうそう生でお目にかかることはないだろう。
それに引き換え議員さんたちは、確実に顔を合わせ、時には直接用件を言いつけられる可能性もある人たちだ。
名前、年齢(ざっとした年代)、所属会派などは基本として、ゆとりがあるときは、過去の会議録を読んで、何か口癖的なものはないか、どんな傾向の質問をするかなどもチェックしてみた。
とはいえ会議録というのは、実際の話し言葉よりも修正や整理がされているし、時には諸般の事情で、発言そのものが削除や抹消をされていることもある。
だから結局、具体的に本会議や委員会で質問や議論をしている現場を見た方が、覚えるのも早かった。
自分の書いた速記録を読み返すだけでなく、過去の音源を聞くこともあったが、博次を初めとする議事調査課の職員たちは、「これは〇〇さんの声だな…」と、すぐに言い当てていた。
最初のうちは「おー、さすが」と感心していたけれど、40人いる議員さんの声を、気付けば私自身もけっこう覚えていた。これがまさに「慣れ」というやつなのだろう。
多少録音状態が悪かったとしても、その場でのやりとりをライブで聞いているし、発言者の順番や気がかりなことをメモするから、博次のように速記の経験がない職員でも、ある程度完成度の高い会議録をつくることは可能である。
何だかんだ博次は基本的に優秀で、上司の信頼も厚かった。
博次は「俺も速記勉強しようかな?」と言っていたことがあるけれど、本気で言っていたというよりも、私へのリップサービスだったのだろうと今なら分かる。
ここまで書いて思ったけれど、この頃になると、議会速記者の存在意義的なものは、深く突っ込んでほしくないくらいの状態になっていたかもしれない。
だからこそ誠実に仕事をして、「皆さんの役に立ちたい」と殊勝なことを思っていたし、実行するために努力もしていたつもりだった。
◇◇◇
本会議の様子は、質問や討論のために登壇した議員と、答弁する当局(市長や部長級)職員にクローズアップして、庁内のテレビニターに映し出された。音声の音声のテープ録音も同時にここで行われる。
本会議場を見下ろせる場所に小さなブースがあり、議事調査係の職員が交代で入って、カメラ操作とテープの入れ替えをしていた。
当時、速記者は私のほかにもう1人いて、休憩ごとに交代していたが、手が空いているときは速記者もブースに入った。
カメラ操作は左右動作と上下動作程度のもので、そう難しくはないが、慣れないうちは事務局でモニターを見ていた人に、「画面ガタガタだから、小塚さんが操作してるってすぐ分かったよ」などとからかわれたりした。
そして、今だから言えるけれど、操作を博次から引き継ぐタイミングのとき、こっそりキスしたこともあった(いや、それ以上はしておりません!)
「今日は会議進行スムーズだから、定時で上がれるかもね」
「定時は無理だけど――割と早上がりできるかも」
「今日は部屋に行くよ。この続き、待ち遠しいな」
「ばあか…」
などと、(ブースの小窓から姿が見えないように)リノリュームの床にぺったり座り、バカップル会話を楽しんだりしたものだった。
◇◇◇
今となっては、こんなことすら懐かしい一コマである。
解散や中途半端な改選でもない限り、統一地方選挙のタイミングで入れ替わったり、入れ替わらなかったりだ。
だから「議会職員は4年勤めて始めて1年全うしたことになる」という、厳しいことをおっしゃる人もいる。
就職してすぐは、議員名簿と前の改選のときの広報紙を渡され、議員さんのパーソナルデータを頭に叩き込むように言われた。
速記学校時代、内閣の組閣人事を英単語や古文の単語みたいな気持ちで必死で覚えさせられたけれど、大蔵大臣(当時の呼称)やら法務大臣やらに、そうそう生でお目にかかることはないだろう。
それに引き換え議員さんたちは、確実に顔を合わせ、時には直接用件を言いつけられる可能性もある人たちだ。
名前、年齢(ざっとした年代)、所属会派などは基本として、ゆとりがあるときは、過去の会議録を読んで、何か口癖的なものはないか、どんな傾向の質問をするかなどもチェックしてみた。
とはいえ会議録というのは、実際の話し言葉よりも修正や整理がされているし、時には諸般の事情で、発言そのものが削除や抹消をされていることもある。
だから結局、具体的に本会議や委員会で質問や議論をしている現場を見た方が、覚えるのも早かった。
自分の書いた速記録を読み返すだけでなく、過去の音源を聞くこともあったが、博次を初めとする議事調査課の職員たちは、「これは〇〇さんの声だな…」と、すぐに言い当てていた。
最初のうちは「おー、さすが」と感心していたけれど、40人いる議員さんの声を、気付けば私自身もけっこう覚えていた。これがまさに「慣れ」というやつなのだろう。
多少録音状態が悪かったとしても、その場でのやりとりをライブで聞いているし、発言者の順番や気がかりなことをメモするから、博次のように速記の経験がない職員でも、ある程度完成度の高い会議録をつくることは可能である。
何だかんだ博次は基本的に優秀で、上司の信頼も厚かった。
博次は「俺も速記勉強しようかな?」と言っていたことがあるけれど、本気で言っていたというよりも、私へのリップサービスだったのだろうと今なら分かる。
ここまで書いて思ったけれど、この頃になると、議会速記者の存在意義的なものは、深く突っ込んでほしくないくらいの状態になっていたかもしれない。
だからこそ誠実に仕事をして、「皆さんの役に立ちたい」と殊勝なことを思っていたし、実行するために努力もしていたつもりだった。
◇◇◇
本会議の様子は、質問や討論のために登壇した議員と、答弁する当局(市長や部長級)職員にクローズアップして、庁内のテレビニターに映し出された。音声の音声のテープ録音も同時にここで行われる。
本会議場を見下ろせる場所に小さなブースがあり、議事調査係の職員が交代で入って、カメラ操作とテープの入れ替えをしていた。
当時、速記者は私のほかにもう1人いて、休憩ごとに交代していたが、手が空いているときは速記者もブースに入った。
カメラ操作は左右動作と上下動作程度のもので、そう難しくはないが、慣れないうちは事務局でモニターを見ていた人に、「画面ガタガタだから、小塚さんが操作してるってすぐ分かったよ」などとからかわれたりした。
そして、今だから言えるけれど、操作を博次から引き継ぐタイミングのとき、こっそりキスしたこともあった(いや、それ以上はしておりません!)
「今日は会議進行スムーズだから、定時で上がれるかもね」
「定時は無理だけど――割と早上がりできるかも」
「今日は部屋に行くよ。この続き、待ち遠しいな」
「ばあか…」
などと、(ブースの小窓から姿が見えないように)リノリュームの床にぺったり座り、バカップル会話を楽しんだりしたものだった。
◇◇◇
今となっては、こんなことすら懐かしい一コマである。
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