サハラ砂漠でお茶を

あおみなみ

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第10章 トラブル再び

真相

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 結論から言うと、萱間有希がその後、私の家を訪ねてくることはなかった。

 あの日、有希(面倒なので以下それで統一)は、私と萱間との間に「今も何かある」という前提で来たらしく――というよりも、「何かあってくれ。ないなら適当につくったる」くらいの気持ちだったらしい。

◇◇◇

 以下、「妻から聞いた話だが」という萱間談。不本意だが、詳しく説明したいと言うので、創さん立ち合いのもと、「Sahara」で会った。
 またも私は、「信頼できない語り手」の話をひとまず信じるしかない。

 まず、赤子は萱間の子ではない可能性が高いという。
 有希はもともと交際していた男性といさかいがあった頃、たまたま再会した萱間と勢いで寝た。
 そのときは「それっきり」のつもりだったのだが、仲直りしかけた交際相手(以下「男」)の耳に、「有希が自分以外の男と2人でホテルに入った」という目撃情報が入り、当然のようにそれでまたもめる。

 時を同じくして、有希の生理がとまり、妊娠が分かった。

 しかし状況が状況なので、男は「それは本当に俺の子か?」と疑問を呈する。
 萱間とのことを男は知らないと思っているので、有希は必死に身の潔白を訴えたが、「お前、浮気しただろう?」だか「浮気しているだろう?」だか言われた。
 しかし男もうわさを聞いただけで証拠はない。
 有希は「私が信じられないのか?」という、厚かましいにもほどがあることを言い、さらに泣いてすがったが、頭の片隅では「この男に捨てられたらどうすべきか」というのを計算していた。

 そして萱間を再び誘い、あえて何回か関係を持った後、「妊娠した」と打ち明けた。

「あとは――ミヨシも知っているとおりだ」
「ふうん…で、そこまでして結婚した男に「浮気していてほしい」ってどういうこと?」

◇◇◇

 萱間語りパート2。
 
 男は頭をクールダウンさせるため、あえて有希との連絡を絶っていたが、意固地になって有希の言い分を聞かなかったことを悔やみ、再び連絡を取ろうとしたら、時既に遅し。彼女は既にほかの男と結婚していた。
 そこで諦めるという選択肢もあったが、有希が子供の3カ月健診のために訪れた病院で偶然再会した。
 男はその子供の顔を見て、「ひょっとして…」という思いが湧いた。
 そしてそれは、有希が出産してからずっと考えていたこととも一致した。

 すなわち、「この子の父親は、萱間ではない」ということだ。

 有希はそのことをきっかけに、男との関係を復活させた。
 萱間の実家で同居していたので、適当な理由をつけて赤ん坊をしゅうとめに預けて出かけていたというから、なかなかの心臓だと思う。
 有希自身が甘え上手で、姑が孫に激甘だったこともあり、「たまにはゆっくりしていらっしゃい」くらいで済んだようだ。

 なーんか話聞いていたら、世の中、要領のいい人がいるもんだと、いっそ感心してしまう。
 私が有希の立場だったら(まず二股できるほどの度胸がないけれど)、小さくなって生活しているだろうな。萱間のお母上は、会ったことがないのでどんな人か知らないけど。

 有希は男と密会を重ねるうちに、愛しているわけでもない萱間との結婚をリアルに後悔し始め、よりを戻したいと考えるようになった。
 しかし子供への情もので、できれば子供は引き取りたい。
 ついでに言うと、自分に非がある状態で離婚するのは嫌なので、何か夫の失点を見つけなければならない。

 ということで、あれこれさぐっていたら、見覚えのない男物の服やキャップがクローゼットから発見される。
 スラックスのポケットにはメモ片が入っており、バス停の名前と目印になる喫茶店「Sahara」の名前が書いてあった。

「それだけであなたが浮気してるって思ったってこと?」
「女の勘ってやつじゃないのかな」
「ああ…」

 そして夫の性格上、突拍子もないところから謎の女が出てくることはないだろうと、市役所に的を絞り、友人にそれとなく話を聞いてみた。「何を聞いても驚かないから、旦那とうわさのあった女を知らないか」とか何とか。

 そこで「議会にいた頃仲よくなった後輩女子がいる」「その子は萱間たちが結婚して間もなく退職した」、さらに「たしかコヅカって苗字だったはず」という情報をゲットしたようだ。

 その後、タウンページでSaharaの番号を調べ、例の怪電話をかけた。

◇◇◇

「奥さんとはどうするの?」

「実は相手の男とも会ったけど、有希あいつを愛してるって言う割に、何だか煮え切らないっていうか、いかにも迷っている感じがあって…」

 萱間自身、はっきり有希を愛していると言い切れる自信はない。
 その一方で、夫婦として過ごしてきた情はそれなりにある。
 「こんな男と一緒になっても、有希は幸せになれないのではないか?」という、同情めいた気持ちが生じたし、男が子供を嫌っていそうな態度も心配になった。何しろ妊娠中の彼女から一時的に逃げていたことも事実だ。

「だから――親子鑑定とかもしない。このまま今までどおりやっていこうと思う」
「そう…奥さんもそれで納得したの?」
「まあなんだ――あけすけにあの男と寝たことを言われたのはきつかったけど、きたから…」

 ところで、「責任とらなきゃ自殺する」発言は、萱間が多少大げさに表現しただけらしい。ただ、彼が情にほだされやすいのだけは確かみたいだ。
 思えば私、彼の前では一度も泣いたことないもんね。

「お前にもいろいろと迷惑をかけたな。本当に悪かった」

 神妙に頭を下げる姿を見たら、いろいろどうでもよくなった。

「もう二度と私の前に現れないって約束してくれるなら許すよ」
「きついこと言うな――でもまあ、わかった」
「ありがとう。お幸せにね」

 先々2人の間に、今回のことは暗い影を落とすかもしれない。
 でも、それは私が心配することではない。
 私を巻き込まないで勝手にもめる分には、お好きなだけどうぞ――だ。

◇◇◇

 萱間は恥ずかしそうに創さんに向かってぺこっと頭を下げ、店を出ていった。

「はあ…ふう…」

 私の口からは、思わず安堵のため息がもれたので、創さんは笑いながら、生クリームとチョコソースの乗ったココアを振る舞ってくれた。

「お疲れさん、これは俺のおごり」
「え、こんなのメニューにあったんだ…」
「今回は特別サービスだよ。結構イケるから飲んでみて」

 創さんの言うとおり、甘味も強いが深い味わいで、トッピングも意外としつこくなかった。

「おいし…こういうの初めて飲んだ」
「気に入ってくれて、俺もうれしい」

 強面の創さんが、私だけに優しく笑いかけてくれる。
 モトカレ夫婦のトラブルに巻き込まれて疲弊しているからと、この笑顔も特別サービスなのだろう。本当に優しい人だ。

「余計なお世話かもしれないけど、ミヨシちゃんは結婚とか恋人とかは考えてないの?」
「そりゃあ相手がいれば、したくないわけじゃないよ、恋も結婚も」
「そうか――よかった」
「え?」
「いや、俺とのことも、ちょっと考えてほしいかな、って」
「…え?」
「だからさ、その…ああいうことになったわけだし…」

「創さん…それはさすがに“ない”でしょ」
「え?」
「私、創さんに無理させるためにあんなことをお願いしたわけじゃ…」
「何だよ、それ…」

 創さんはそう言って、少し険しい表情を浮かべた。
 そして「今日はもう店じまいだ」と言いながら店の入り口を施錠し、私をきつく抱きしめ、(帰るな)と耳元でささやいた。

「創さん、こわい…よ」
「君がちっとも俺の話を聞かないからだよ」
「話って…」
「俺は――あの日から君に恋してるみたいだ」
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