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第4章 ふざけんなよてめえ
本命に見えるキープ
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部屋に置きっ放しで持て余していた博次の私物。
歯ブラシ、フェイスタオルの類は“消耗品”とみなして最初から捨てるつもりだったけれど、気が変わったので、それ以外のものも全部「処分」した。
大した金目のものは置いていなかったから、売ろうにも売れず、ほぼゴミに出しただけだけど。
アルバムも結構スカスカになった(自分の写真は自分の部分だけ残したり)。
よく考えたら、私は実家暮らしの博次の家に招かれたことがない。
けっこう長い年月付き合っていたつもりだったけれど、下手をしたら、私との交際自体、おうちの人にちゃんと話していたかどうか怪しいものだ。
私の家にお泊りのときも「友達の家に」くらいの感じで言っていた可能性もある。
結婚後はどこに住んでいるのかも知らないが(住所は簡単に調べられるけれど)、実家の皆さんにしてみると、突然訳の分からない荷物が送られてきても困るだろう。あ、そもそも家族構成も正確に知らない。付き合っていた…のかな?本当に。
住所といえば、議会事務局というのも因果な職場だ。
例えば「〇〇市民べんり手帳」なんていう、1,000円も出せば適当な書店で買えるようなモノがあったとしましょ。
その中で、「議員宅の住所・電話番号」と同じ並びで、事務局職員のそれも、誰でも見られる状態で公開されてしまったりするのだ。
20代のうら若きオトメの寝床の場所が、その辺の人に丸わかりなの、結構怖くない?
自意識過剰って思うかもしれないけれど、私それで実際、「あなたご結婚は?お見合いする気ない?」って、全く知らないオバサンから電話もらったことがあるのだ。
それだけならまだしも、私がたまたま残業で遅かった日、「電話したら留守だった」という理由で、職場のほかの女性(当然べんり手帳で見て)に「どうして小塚さんいらっしゃらないのかしら?」と電話が来たことまであるらしい。
今思い返すと、べんり手帳無関係にヤバい人だったな。「キ〇ガイに刃物」って、こういうことを言うのかもしれない。当時のセキュリティー意識がまだそんなものという言い方もできるので、キチ〇イは言い過ぎだけど、まあ迷惑は迷惑だった。
◇◇◇
話が大分それたけれど。
中途半端な雑誌のバックナンバー、ノリで買って聞かなくなったコミックソングのシングルCD、愛用の食器、衣類。
それらを分別しながらふと思い出す。
博次は私の料理を食べ、「いい嫁さんになりそう」なんてベタな褒め方をすることはあったけれど、具体的に私と結婚したら的な話は、冗談でもしたことがなかった。
当然、両親に紹介したい的なことを言われたこともない。
私が事務局に入って3年目のとき、彼は他の部署に異動になったのだが、思えば、事務局に在職している間にお身内に紹介“されなかった”ことが、勝負を分けてしまったのかもしれない。
当時、周囲の人間は、私たちを割とニコイチで見ているところがあったから、あの当時「固まって」おけば、今のこの状況はなかったのかもしれない。
かもしれない、が連続する時点で、ただの想像というか被害妄想でしかないんだけど、とどのつまり、博次は私と結婚する気は全くなかったのだろうか。
好意的に見れば、年齢的に若かったから、私を「縛りたくなかった」という言い訳の入る余地ができてしまう。
といっても、2人とも働いていて、お互い少なくとも嫌いではなくて、多分体も健康だから、その気になれば結婚はあり得たはずだ。
博次が、まだ結婚というもの自体を考えていなかった?
まあ、これはあり得るか。
だからこそ元カノとフラフラ子供作って、不用意な言葉で自殺未遂を誘発して、結果的に結婚するまでに至ったんだから。
私と結婚したいと本気で思っていたのなら、元カノとフラフラ自体がなかったろうし。
◇◇◇
「俺も男なんだから、そういうことだってあるんだよ…」
不意に、あのときの博次の情けない表情とともに、この言葉が脳内再生された。
私は特に美人でもないし、人格者でもないし、取柄があるわけでもない。
だからといって、ここまで粗末な扱いを受けるほどの悪いことを何かしたろうか?
あのときなぜかいま一つ爆発しなかった感情が、時間を置いてはじけた。
「うるせー!ふざけんじゃねーよクソが!」
自分で自分に引いてしまうほど大きな声だった。
続いて、悔しさで涙が出てきた。
この際浮気なんてどうでもいい。
ただ、自分をこんなみじめな気持ちにさせたことが許せない。
要するに自分は博次にとって「本命に見えるキープ」だったのだろう。
そして私も、「それでもいい。そばにいたい」などとすがりつくほど、博次のことを愛してはいなかったみたいだ。
悲しみではなく、悔しさで泣けてくるだけだ。
思いっきり暴れてやりたいほどだが、これ以上の騒音を出してお隣に迷惑をかけるわけにもいかないし、部屋を傷つけたら、敷金の戻りが悪くなりそうだし、家電や家具を壊して出費が増えるのもごめんこうむりたい。
貧乏性とA型気質に救われた、かな。
▽▽
なんやかんやで引っ越し完了。
荷ほどきが終わってから、改めて「Sahara」に挨拶に行ったら、創さんが「シャンパン替わりに」と、ちょっとだけ高級なスパークリングワインをお祝いに出してくれた。
お店のメニューにあるものではないから、私のために用意しておいてくれたのかもしれない――なんて、うぬぼれかな。
市民課に転居届をして、職場に引っ越しの届けを出して、通勤定期を買った。
かわいいパスケースを探すため、おしゃれしてデパートに行ったら、少しだけ気分が晴れた。
DCブランド(古いか)ものなんて興味なかったけれど、チューリップのワンポイントが気に入って一目ぼれしたものを買った。
私が今まで持っていたほかの小物とはテイストが違うので、バッグの中ですぐ見つかる。
恐らく来月からは、住居手当が少し減って、通勤手当が大分増える。
◇◇◇
山科さんの文字起こし講習は、毎週水曜日の18時から2時間だけ受けることになった。
ただし議会中は残業になる可能性もあるので、様子を見て土日にということになっている。
単語登録のコツとか、聞き間違えやすい言葉の例とか、参考になることが多い。
宿題で出された5分の文字起こしでも、意外と聞き間違いで直されてショックを受けたけれど、「さすがに句読点や用字例のミスは少ないね。基礎はばっちりだから、すぐ作業できるようになると思うよ」と褒められた。
副業禁止だからお金はもらえないけれど、「実習」として30分くらいの講演録を反訳して、「お礼」に山科さんの心づくしの食事会にご招待いただいた。
2人のお嬢ちゃんへのお土産は、ウサギのマスコット人形。年齢が5歳と3歳なので、2人に全く同じものを用意した。
ひとりっ子の私には経験がないけれど、微妙に違うものから姉妹間で選ばせたりすると、割と揉めると聞いたからだ。
山科さんのお子さんたちらしく、無邪気さの中にも礼儀正しさがあり、「おねーちゃん、ありがとう」とぺこっとする姿のかわいいこと。
山科さんご夫婦には「あんた絶対、普段こんなの飲んでないでしょ?」と突っ込まれそうなクラスで、しかし予算的には張り込んだというほどでもない、ドイツの白ワインを携えていった。
ご主人は「これ、鶏カラにけっこう合うんだよね~いいの選んでくれたね」と喜んでくださった。
奥様(私が平生「山科さん」と呼んでいる方)はお酒は召し上がらないそうだけど、紅茶と組み合わせてシェルパティーを作ったりするとのことで、「あなた、少し残しておいてね」と、飲み過ぎをいさめるように言った。
多彩で気取らない(でも雑ではない)お料理はどれもおいしくて、私も「お持たせ」って感じでグラス1杯だけワインをごちそうになった。
講演録30分の反訳料金、どれぐらいが相場か分からないけれど、おつりがくるほど歓待していただいたと思う。いい夜だった。
歯ブラシ、フェイスタオルの類は“消耗品”とみなして最初から捨てるつもりだったけれど、気が変わったので、それ以外のものも全部「処分」した。
大した金目のものは置いていなかったから、売ろうにも売れず、ほぼゴミに出しただけだけど。
アルバムも結構スカスカになった(自分の写真は自分の部分だけ残したり)。
よく考えたら、私は実家暮らしの博次の家に招かれたことがない。
けっこう長い年月付き合っていたつもりだったけれど、下手をしたら、私との交際自体、おうちの人にちゃんと話していたかどうか怪しいものだ。
私の家にお泊りのときも「友達の家に」くらいの感じで言っていた可能性もある。
結婚後はどこに住んでいるのかも知らないが(住所は簡単に調べられるけれど)、実家の皆さんにしてみると、突然訳の分からない荷物が送られてきても困るだろう。あ、そもそも家族構成も正確に知らない。付き合っていた…のかな?本当に。
住所といえば、議会事務局というのも因果な職場だ。
例えば「〇〇市民べんり手帳」なんていう、1,000円も出せば適当な書店で買えるようなモノがあったとしましょ。
その中で、「議員宅の住所・電話番号」と同じ並びで、事務局職員のそれも、誰でも見られる状態で公開されてしまったりするのだ。
20代のうら若きオトメの寝床の場所が、その辺の人に丸わかりなの、結構怖くない?
自意識過剰って思うかもしれないけれど、私それで実際、「あなたご結婚は?お見合いする気ない?」って、全く知らないオバサンから電話もらったことがあるのだ。
それだけならまだしも、私がたまたま残業で遅かった日、「電話したら留守だった」という理由で、職場のほかの女性(当然べんり手帳で見て)に「どうして小塚さんいらっしゃらないのかしら?」と電話が来たことまであるらしい。
今思い返すと、べんり手帳無関係にヤバい人だったな。「キ〇ガイに刃物」って、こういうことを言うのかもしれない。当時のセキュリティー意識がまだそんなものという言い方もできるので、キチ〇イは言い過ぎだけど、まあ迷惑は迷惑だった。
◇◇◇
話が大分それたけれど。
中途半端な雑誌のバックナンバー、ノリで買って聞かなくなったコミックソングのシングルCD、愛用の食器、衣類。
それらを分別しながらふと思い出す。
博次は私の料理を食べ、「いい嫁さんになりそう」なんてベタな褒め方をすることはあったけれど、具体的に私と結婚したら的な話は、冗談でもしたことがなかった。
当然、両親に紹介したい的なことを言われたこともない。
私が事務局に入って3年目のとき、彼は他の部署に異動になったのだが、思えば、事務局に在職している間にお身内に紹介“されなかった”ことが、勝負を分けてしまったのかもしれない。
当時、周囲の人間は、私たちを割とニコイチで見ているところがあったから、あの当時「固まって」おけば、今のこの状況はなかったのかもしれない。
かもしれない、が連続する時点で、ただの想像というか被害妄想でしかないんだけど、とどのつまり、博次は私と結婚する気は全くなかったのだろうか。
好意的に見れば、年齢的に若かったから、私を「縛りたくなかった」という言い訳の入る余地ができてしまう。
といっても、2人とも働いていて、お互い少なくとも嫌いではなくて、多分体も健康だから、その気になれば結婚はあり得たはずだ。
博次が、まだ結婚というもの自体を考えていなかった?
まあ、これはあり得るか。
だからこそ元カノとフラフラ子供作って、不用意な言葉で自殺未遂を誘発して、結果的に結婚するまでに至ったんだから。
私と結婚したいと本気で思っていたのなら、元カノとフラフラ自体がなかったろうし。
◇◇◇
「俺も男なんだから、そういうことだってあるんだよ…」
不意に、あのときの博次の情けない表情とともに、この言葉が脳内再生された。
私は特に美人でもないし、人格者でもないし、取柄があるわけでもない。
だからといって、ここまで粗末な扱いを受けるほどの悪いことを何かしたろうか?
あのときなぜかいま一つ爆発しなかった感情が、時間を置いてはじけた。
「うるせー!ふざけんじゃねーよクソが!」
自分で自分に引いてしまうほど大きな声だった。
続いて、悔しさで涙が出てきた。
この際浮気なんてどうでもいい。
ただ、自分をこんなみじめな気持ちにさせたことが許せない。
要するに自分は博次にとって「本命に見えるキープ」だったのだろう。
そして私も、「それでもいい。そばにいたい」などとすがりつくほど、博次のことを愛してはいなかったみたいだ。
悲しみではなく、悔しさで泣けてくるだけだ。
思いっきり暴れてやりたいほどだが、これ以上の騒音を出してお隣に迷惑をかけるわけにもいかないし、部屋を傷つけたら、敷金の戻りが悪くなりそうだし、家電や家具を壊して出費が増えるのもごめんこうむりたい。
貧乏性とA型気質に救われた、かな。
▽▽
なんやかんやで引っ越し完了。
荷ほどきが終わってから、改めて「Sahara」に挨拶に行ったら、創さんが「シャンパン替わりに」と、ちょっとだけ高級なスパークリングワインをお祝いに出してくれた。
お店のメニューにあるものではないから、私のために用意しておいてくれたのかもしれない――なんて、うぬぼれかな。
市民課に転居届をして、職場に引っ越しの届けを出して、通勤定期を買った。
かわいいパスケースを探すため、おしゃれしてデパートに行ったら、少しだけ気分が晴れた。
DCブランド(古いか)ものなんて興味なかったけれど、チューリップのワンポイントが気に入って一目ぼれしたものを買った。
私が今まで持っていたほかの小物とはテイストが違うので、バッグの中ですぐ見つかる。
恐らく来月からは、住居手当が少し減って、通勤手当が大分増える。
◇◇◇
山科さんの文字起こし講習は、毎週水曜日の18時から2時間だけ受けることになった。
ただし議会中は残業になる可能性もあるので、様子を見て土日にということになっている。
単語登録のコツとか、聞き間違えやすい言葉の例とか、参考になることが多い。
宿題で出された5分の文字起こしでも、意外と聞き間違いで直されてショックを受けたけれど、「さすがに句読点や用字例のミスは少ないね。基礎はばっちりだから、すぐ作業できるようになると思うよ」と褒められた。
副業禁止だからお金はもらえないけれど、「実習」として30分くらいの講演録を反訳して、「お礼」に山科さんの心づくしの食事会にご招待いただいた。
2人のお嬢ちゃんへのお土産は、ウサギのマスコット人形。年齢が5歳と3歳なので、2人に全く同じものを用意した。
ひとりっ子の私には経験がないけれど、微妙に違うものから姉妹間で選ばせたりすると、割と揉めると聞いたからだ。
山科さんのお子さんたちらしく、無邪気さの中にも礼儀正しさがあり、「おねーちゃん、ありがとう」とぺこっとする姿のかわいいこと。
山科さんご夫婦には「あんた絶対、普段こんなの飲んでないでしょ?」と突っ込まれそうなクラスで、しかし予算的には張り込んだというほどでもない、ドイツの白ワインを携えていった。
ご主人は「これ、鶏カラにけっこう合うんだよね~いいの選んでくれたね」と喜んでくださった。
奥様(私が平生「山科さん」と呼んでいる方)はお酒は召し上がらないそうだけど、紅茶と組み合わせてシェルパティーを作ったりするとのことで、「あなた、少し残しておいてね」と、飲み過ぎをいさめるように言った。
多彩で気取らない(でも雑ではない)お料理はどれもおいしくて、私も「お持たせ」って感じでグラス1杯だけワインをごちそうになった。
講演録30分の反訳料金、どれぐらいが相場か分からないけれど、おつりがくるほど歓待していただいたと思う。いい夜だった。
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