サハラ砂漠でお茶を

あおみなみ

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第3章 身の振り方

住まい編  その1

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 私が今住んでいるのは、職場から歩いて通える距離のワンルームだ。
 広さは少し変形の7畳大でフローリング。キッチンはコンロ2くち、ユニットバス。
 洗濯機は持ってはいるものの、干場に苦労することもあり、小さいものは手洗い部屋干し、大きいものはコインランドリーかクリーニングが多く、ほとんど使っていない。
 便利な場所であることを考えると、家賃こそボチボチではあるけれど、できたら固定費をもう少し下げたいところだ。何しろ勤めを辞めたら、住宅補助がなくなってしまうのだから。
 近くの不動産の店頭で張り紙を見る限り、どこも今住んでいるところと大差はないので、少し郊外に行くことも考えた方がよさそうだと思った。車は持ってないけれど、私鉄沿線かバスの便がいいところなら、まあまあ生活はできるだろう。

 新聞の折り込みで、取扱物件を何件か載せた不動産の広告があった。
 住所からすると海岸沿いらしく、扱っている物件もその周辺のものが多かった。

 海沿いの街ってのもいいかもなあ。
 私が18歳まで過ごした街は、四方を山に囲まれたバリバリの盆地だったので、夏は暑く、冬は寒い。天気予報を見ては、同じ県内の海岸沿いの街をうらやんだものだ。
 浜風のせいで家電や車がすぐヘタるという話も聞いたことがあるけれど、3年後に壊れる(かもしれない)家電の心配より、海に開けた住環境の魅力の方が、私には刺さった。

 退職の予定は半年ほど後だけれど、辞めてからバタバタするよりも、時間のあるときに引っ越しておいた方がいいかもしれない。

 などという理屈はどうでもよく、私はただ単に、仕事をサボって海を見たくなっただけなのだ。
 幸い有休もまだたっぷりあるし、冬の定例議会が始まる前のとある平日、私は2日ほど休みを取り、広告を出していた不動産に行くことにした。駅からバスで25分ほどだけれど、小旅行気分だった。

◇◇◇

 さてと。
 私はいつも肝心なところを見落とす。

 お目当ての不動産「まつばらハウジング」は、驚くほど大きな看板を掲げてはいたけれど、「定休日」の札が下がっていた。
 後々広告をよく見ると、確かにその曜日は定休日と小さく書いてあった。
 深く考えず2日有休を取ったので、皮肉なことに翌日出直すことが。1日寝ているつもりだったのに。

 帰りのバスは、バス通りの反対側のバス停に20分後に来るらしい。
 それはそれとして、まあまあ規模の書店があったり、コンビニや飲食店が建ち並んでいたりと商店も多く、思ったよりも開けていた。大きなスーパーも建設中のようだった。
 そして何より、今回は「海が見たい」という目的もあったので、少し散歩しようと考え直した。何しろ天気もよかったし。

◇◇◇

 中途半端な季節の平日の午前中に海岸を散歩するのは、「男にフラれて環境を変えたいとか思っているおさぼり公務員」くらいらしく、ゆったりと一人で浜風に身をゆだねることができた。

 バス通りにもなっている151号線は、さらに西進すると、県庁所在地である志津原しづはら市に通じている。視界が海だらけで、爽快で眺めのよい通りだ。
 シーズンになると、沿線の観光いちご園のスタッフが、イチゴ型のボールを持って誘客をしているところだ。中には時々小さなお子さん(特に女の子が目立つ)もいるのだが、やはりそういう健気な様子に弱いお客さんは多いのだろうか。

 初出勤日の午後、博次に初めて連れていってもらったカフェは、住所でいえば既に志津原市だったのかな。
 今となっては本当にどうでもいい。今さらわざわざまずいコーヒーを飲みにいく気もないし。

 いい雰囲気の神社もあるし、多分、防砂林の役割も果たしているだろう松林も、しっとりしていい感じだし、この近くには、いつだったか会議の受付で駆り出された超一流旅館「松園しょうえん」もある。
 県内の幾つかの自治体の首長さんや議会議長が集まっただけの、どっちかというと小規模な防災対策会議か何かだったけれど、何の必要があって、ここまでの宿を押さえたのかなと思わないでもない。

 まだお昼前だけれど、案内板を見ながらうろうろ歩き回っていたら、少しお腹が空いてしまった。
 上りのバス停まで戻り、あと5分でバスが来るのを確認した後、背後にちょっと気になる小さな林があり、その奥に建物らしきものが建っているのが分かった。
 林に近づいてみると、入口に「喫茶 Sahara」という小さな看板があり、お店につながる小径パースが延びていた。どこか絵本の挿絵のような、はっきりいって、かなりそそられる光景である。
 駅前に戻るか、家に戻るかしてお昼を食べようと思っていたけれど、ここで何か食べられるなら、それもよさそうだ。
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