上 下
73 / 82
純喫茶 点灯夫〈TENTOFU〉

【終】お幸せに

しおりを挟む

 さすがに5年程度では、そう大きな変化はない。
 ミツエは相変わらず少し野暮ったく、でも少しだけ大人っぽく、きれいになった気もする。
 それはまあ、勤めのために覚えた化粧のせいもあるのだろう。

「あなた、お付き合いしてる人とかは?」
「まあ――いちおう」
「そうだよね、あなたはとてもステキだもん」

 はっきり言えば、たまにしゃらくさい映画だ美術だ食へのこだわりだを話し合い、セックスするというだけの仲の女がいるだけだ。
 その女――シズカには多分、ほかにも「お友達」がいる。
 俺にも「私はあなたのお友達の中で、何番目にイイ女?ちなみにあなたは私の中で暫定2位よ」などと言うほどだ。

 最初シズカと関係を持ったばかりの頃は、「俺はこういう女と付き合いたかったのだ」と確かに思ったが、すっきりした部屋に暮らす彼女は、服やアイテムをいろいろ試しに買っては、一度不要と感じたら、何でもかんでも処分する。何なら人様からのプレゼントでも容赦ない。

 そんなシズカの淡々とした様子を見て、何でもため込んでしまっていたミツエを懐かしく思い出したりすることが多くなって、そこへもってきての「結婚の報告」だったのだ。

「で、何の用?」
「え…」
「5年ほぼ音沙汰なしで、結婚すると聞いた途端、惜しくなったの?」

 ミツエは5年前なら絶対にしなかったような表情で俺を見た。口調も責め気味に聞こえる。

「あ…の…」

 俺は本当に何がしたかったんだ?

 もしまだ俺が好きで、妥協で結婚するなら――かなりいい気になっているが、こういう要素もゼロではない。
 君を内心バカにして疎ましく思っていたことをわびたかった――って、今さらわざわざ言うことか!

◇◇

「あなたって、考えてることがすぐ顔に出るんだよね。昔からそうだった」
「は…?」
「私はこんな私を好きだと言ってくれた人にプロポーズされて、今すごく幸せだから、邪魔しないでほしいんだけど」
「…どんな人?」
「食いしんぼで太っちょでスケベ。あなたとは正反対のタイプかな」
「…へえ」
 写真を見てもらうと、失礼ながら、「いい人そう」という常套句がやっと出てくるような男だった。

「風俗大好きだけど、「君と結婚できるなら、もう二度と行かない!」って言って結婚申し込んでくるんだよ?最低でしょ?」
「どこがいいんだ、そ…」
 そんなやつ、という言葉を何とか抑えた俺を、誰か褒めてほしい。

「ココット皿とか、クリムトやエゴン・シーレを知らなくても、バカにしたり他人の振りしたりしないところ、かな」
「……」
 俺は態度に出したつもりはなかったが、彼女にはお見通しだったのか。
 虚を突かれ、俺は言葉を失っていた。

「些細なことだけど、そういうのはけっこう大事なんだよね」
「あの…ごめん…」
「何を勘違いしてるのか知らないけど、私も内心「知ったか野郎」と思ってバカにしてたから」
「え?」
「お互い様。どっちも努力が足りなかったってだけだよ」

 そこで彼女はにかっと笑った。
「あなたは私の自慢の彼氏だったんだよ、優しくて、かっこよくて」
「…これから結婚するくせに、そんなこと言うなよ」
「だからぜーんぶ過去形だってば。私はさっきの写真のトドみたいな人と幸せになるって決めたから。彼、私の父とももう飲み仲間だし、楽しくやるよ」
「それはよかった…幸せになってくれ」
「任せて」

◇◇

 ココット皿にカレーの薬味を入れて使って何が悪い。
 画家や絵の名前が覚えられなくても、ミツエがあの絵に心を動かされたのは本当だったはずなのに。
 粋がっていた俺が、彼女のそんなところにいら立ちを覚えてしまったのは今さらどうしようもない。
 それでも思う。
 どうして「そんなところもかわいい」と思い続けられなかったんだろう。

「あー、やっぱりお砂糖溶け残ってた」
「だから、砂糖入れすぎなんだよ」

 軽く「仕方ないな」感はにじんだろうが、俺には全く意地の悪い感情はなかった。

「でも、甘いのが好きなんだから、つい入れちゃうんだもん」

 もうこの子とこんな何でもない会話ができないであろうことだけを、心から残念だと思った。

【『純喫茶 点灯夫〈TENTOFU〉』 了】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...