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純喫茶 点灯夫〈TENTOFU〉
引っ越し
しおりを挟む「これ…なに?」
「えーと、何だっけな?おばあちゃんが送ってきたんだけど…」
それはフェルト地でできた、紙のサイズにしてB5サイズ程度の大きさで、横長の部分をファスナーで開け閉めするタイプの袋状のもので、なぜか真ん中で二つに分かれている。
色はベージュ、というよりラクダ色で、毛玉が出て薄汚れているし、はっきり言ってやぼったい。
「そうそう、アンカだ!」
「行火って、寝るときとか使うやつ?」
「そうそう。そのポケットに使い捨てカイロを二つ仕込んで使うんだって」
「…それ、あったかいの?」
「使ったことないから、分からないよ」
ミツエの独り暮らしの小さなアパートには、ろくなものがなかった。
家具は全部安物だし、いちいちセンスがない。
そしてこうして「実家から送ってきたから」と言って、使うでもなくキープしている謎のアイテムの数々。
「これは…タコ焼き器?」
「正解!」
「でも、何でこんな形なの?」
「タコちゃんみたいに脚が8本できるようにミゾがあるの」
それはちょっとだけ使用感のある、安っぽい小さな鉄板だった。
「こんなんでうまく焼けるの?」
「わかんない」
また、それか。
「本当は私がお姉ちゃんにあげたやつなんだけど」
「どういうこと?」
「お姉ちゃんがたこ焼き大好きだからってプレゼントしたの。私が中学生のときかな」
「じゃ、結構前だろ?」
「あ、そうそう。結局うまく使えなくて、しまい込まれてんだよ。それをおばあちゃんが(略)」
◇◇
ミツエと俺は同郷で2歳違いで、都会の県人会のような集まりで知り合った。
俺は四年制大、ミツエは短大だったので、卒業のタイミングも一緒だったが、彼女は就職のために故郷に帰ることになり、俺はその引っ越しの手伝いにきたのだった。
俺はいささか分不相応な、少し華やかな雰囲気の女子学生が多い学校に通っていたせいか、ミツエの飾らない笑顔に惹かれた。
と言いつつ、おしゃれな雑貨店でココット皿を見たミツエが、「わ、これ、カレーのときラッキョウとか入れるのによさそう!」と、少し大き目の声が言ったのを聞いて、「顔から火が出るような恥ずかしさ」というやつを味わった。
美術館の「ウイーン世紀末展」に連れていったら、クリムトの『接吻』をやたら気に入ったくせに、いつまで経ってもタイトルが覚えられなくて、「頭に小花とかいっぱいついた男女の絵」みたいに表現する。
ミツエは魅力的な素材を持っていながら、何もかもがやぼったく、洗練されていない。そして頭が悪いというよりも、記憶力に難があるように思えた。
「君は忘れっぽいな」と、呆れつつも好意的に反応できたのは、最初の何カ月だったか。
だんだんと、「もっとセンスを磨くべきだ」とか、「努力しないやつに限って言い訳ばかり」と、一般論を装った言葉で彼女を責めるようになり、最初は「そういうの苦手で」と言っていたミツエの口から、「ごめんね、私、こんなんで」という言葉が出てくるようになった。
◇◇
「この街は結構面白かったけど、やっぱり都会は私には向いてないわー」
とりまとめた荷物が運送トラックに運ばれ、軽く掃除した後、何もなくなった部屋で、トレーナーに淡いブルーのジーンズを履いたミツエは大の字になった。
俺はその隣に横になって、天井をぼうっと見ながら言った。
「仕事とか慣れたら、たまにはこっち出てこいよ」
「あなたが帰省したときに会えばいいじゃない?」
「それはどうかな…」
◇◇
決してそのままミツエと別れようとしていたわけではない。
まだ携帯電話もインターネットもない時代だから、ミツエは時々近況を書いた手紙をくれたが、俺は面倒がって返事を書かなかったし、電話もしなかった。
また、俺は実家が大嫌いだったので、就職後は理由をつけ、全く帰らなくなった。
ミツエにそういう事情は話していない。話したくなかったからだ。
厄介でヘンテコなものを「よかれ」と思って送り付けるような家族だが、彼女には大切だったらしく、仲よしエピソードは幾つか聞いていた。そんな子に、俺の事情は想像できないだろう。
かつてはいちおう恋人同士と言える間柄だったのに、こうなるともうただの「知人」でしかない。
年賀状のやりとりだけは儀礼的にしていたが、ミツエが都会を離れてから5枚目の年賀状に、「結婚が決まりました」と書き添えられていたので、「おめでとう」と、年賀状とは別口ではがきを送った。
当然の流れだ。
俺はミツエのことが嫌いになったわけではないのに、疎ましく思うようになった。
いや、それが「嫌いになった」ということなのかな。
それでいて、自分以外の男と結婚が決まったと言われると、なぜか無性に顔が見たくなった。
俺は思い切って電話をかけた。
5年ぶりに聞いた彼女の声は、少しうわずっていたが、俺は努めて静かにこう言った。
「少しでいいから時間をつくってくれないか?1日だけ田舎に帰ることになった」
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