短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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秋の逸話 思い出だけが美しい

高校生のふたり

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高校生カップルの秋介しゅうすけ季久美きくみは、食い違いから卒業前に別れ、その後全く別の相手と結ばれる。

***
 高校2年生の季久美は最近、同じクラスの秋介と付き合い始めた。
 
 チョコレートが大好きで、肌のコンディションと体重を気にしながら、デートでよく行くカフェで、ガトーショコラやザッハトルテを食べるのが好きな季久美を、秋介はブラックコーヒー片手に穏やかな顔で見ている。

「本当に幸せそうな顔して食うよなあ」
「だっておいしいもーん。チョコケーキは本当に悪魔の食べ物だなって思うよ」

 そんなケーキを食べながら、その日の気分で選ぶコーヒーや紅茶には、砂糖もミルクもしっかり入っている。
 時にはエスプレッソの小さなカップだけを卓上に置くことさえある秋介には、季久美の甘味好きは理解の外だが、彼女がうれしそうだから、その顔を見ているだけで俺もうれしい――そんなふうに考えていた。

 2人の飲み物の容器も季久美の皿も空っぽになったところで2人は店を出た。

「今日はこれからどうする?」
「私んちに来ない?お母さんたちも秋介に会いたいって言っているし」
「…お父さんも?」
「いると思うけど、朝早く釣りに行ったからなあ。帰ってきてても寝てるかも」
「…そ、か…」

 2人の家は、どちらも繁華街のある大きな駅から1キロ程度の距離にあったので、駅周辺で落ち合って映画を見たり、どちらかの家に行ったりすることが多かった。

 秋介は季久美の父が少し苦手だった。
 カノジョの父親だからはっきりとは言えないが、「声が大きくてガサツ」だと内心思っていたし、一度食事に招かれたとき、何かと自分に目をかけてくれるのはいいとして、何度も何度も同じ自慢話や家族の失敗談を聞かされ、うんざりしたことがあったのだ。

 2人の交際は、そもそも季久美の告白から始まった。
 おとなしい秋介は、もともと季久美の明るく積極的なところに憧れていたし、押し切られたような形ではあったが、「俺なんかでよければ、あの、その…」と交際の申し込みにOKした。

 そのせいかどうか、ごくたまにではあるが、季久美の態度やしぐさに「父親的なもの」を感じ、ひっかかることも多少はあった。
 とはいえ、17歳の快活な少女と推定40代のオジサンとでは、その「押しの強さ」から感じ取るものはやはり違う。
 何だかんだで、かわいい彼女が自分を言い負かすような強気な態度だったとしても、「かわいいから許す」というマインドになっていたことも否定はできない。
 何なら(こういうところも、季久美の魅力の一つだな)とまで思うことさえあった。

◇◇◇

 季久美の家に行く途中の道に、小さな小さな公園がある。
 近くに公民館や、小さな鳥居やほこらだけがあるナントカ神社があり、遠目にはその一部のように見えるが、実際に通りかかると、「どうしてもここにこんなものが?」と思ってしまうほど、こういってはアレだが存在意義の分からない小緑地だが、むだに立派なイチョウの木が1本だけあり、秋は落葉という名の黄色い絵の具で染められていた。
 秋介は季久美と付き合う前から、こののまっ黄色の公園の風景が大好きだった。

「今年も見事にしたなあ」
「ほんとにね~」

 2人が住む街から電車とバスを乗り継いで2時間くらいのところに、立派なイチョウ並木のある大きな公園があるという。
 600メートルにわたる並木道は、シーズンになると夜間はライトアップされるというのをローカルニュースで見たばかりだった。
 いつかは行ってみたいが、自家用車が自由に使える立場でないと、ライトアップを見るのは難しそうだ。
 大人になったら――大学に入って、免許を取って、バイトで稼いだ金で車を買えたら――あんなところに季久美を連れていきたいなと、秋介は漠然と考えた。

「あ、何か落ちてるぞ?」

 公園の前を通り過ぎる前に、秋介は足元に落ちている水色のものに気づいた。

「あ――カチューシャだ。まだ新しそうだね」
「あ、そういう名前だっけ、頭につけるやつだよね?」
「そうそう」

 ヘアピンやシュシュならともかく、カチューシャが「いつの間にか頭から落ちて、それに気付かず」いる人がいるのかなと、季久美は少し疑問に思ったものの、わざわざ捨てていくというのも考えづらいから、落とし物なのだろう。

「汚れていないし、ここに落としてからそんなに時間は経ってないのかもね」
「こういうときってどうすればいい?交番とか?」
「まあ、それでもいいかもしれないけど…」

 秋介は少し考えてから、カチューシャを持ち上げ、公園の入り口付近に移動させ、周囲のイチョウの落葉を少し集め、その上に寝かせるように置いた。
 公園に入るためには、4段ほどの小さな石段をのぼる構造つくりになっているので、普通の人の目に入りやすい高さになるし、誰かが気づかず踏んでしまうリスクも小さいと考えたようだ。

「こうすれば、取りに戻った人にも分かりやすくない?」
「確かに。けっこう目立ちそう」

 明るい黄色のクッションの上に、水色のアーチ型が映える。

 秋介は、「早く持ち主が取りにくるといいね」と言いながら、軽くカチューシャに触れた。
 季久美はその穏やかな表情を見て、(ああ、シュウくんのこういうところ、本当に好きだなあ)と、改めて惚れ直す思いだった。

 3日後、季久美が例の公園の前を通りかかると、カチューシャはなくなっていた。
 真相は分からないけれど、多分落とし主が持っていったのだと思う。
 それなら喜ばしいことだが、秋介の工夫が伝わったかどうか、確かめようがないのが残念だなと思った。
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