短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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素直になりなよ

ワイヤレスイヤホン

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恋愛を駄目にする人は、自分のどこが悪いのかを指摘されても多分生かせない――そんな話です。

***

 美晴ミハルはワイヤレスイヤホンを三つも持っていた。
 特によく使うお気に入りと、予備と、そのさらに予備、だ。
 どれも1万円もしないような安物だし、までいくと、100均で1,000円で買ったものだということを、俺は知っていた。
 彼女はすごく稼ぎがいいわけでもないが、めちゃ貧乏ってほどでもない。
 そんな安物ばかり使わないで、もっと「いいもの」を買ってもいいんじゃないかなあ。

 そんなふうに提案したら、「私はカイほど音にこだわりないから」って言われた。
 最近のは安物でも、ある程度バッテリーがつものが多いし、音もそこそこで満足できるなら、それはそれでいいのかな。
 でも彼女はいつも、色がきれいだとかデザインがかわいいって基準で選んでいたけれど、そういう感覚が安っぽい気がして、俺は正直イライラした。

 まあさらにイラつくのは、美晴が家の中でもそれを使っていることだった。
 ペアリングしているのはスマホだけだったから、音楽を聴くだけでなく、ゲームしたり、動画見たりするとき、音が外に出て「俺に迷惑をかけないため」って言ってたけど、どうだか。
 美晴は何とかって声優の大ファンで、そいつのアルバムとかドラマCDみたいなの(シチュエーションCDっていうんだよ、と教えられたけど、どっちだって似たようなもんだと思う)を持ってるから、そういうのをこっそり聞いていたのかもしれない。
 それも人気の若手イケメン声優とかじゃなくて(それも嫌だけど)、アラフォーのおっさん声優だよ?しかも別にかっこいいわけじゃない。何ならブサイクだと俺は思った。
 そういうヤツが中学生や高校生の役やって、歌も出しているんだという。歌がうまくて演技がイケてるから好きだというが、はっきり言って気が知れない。
 10年くらい前からファンだっていうから、高校生ぐらいからか?小遣いやバイト代でCDとかアニメ誌とか買ってていたらしい。

 料理とか家事しながらそういうのを聞いていても、ちゃんと俺が声をかけると反応していたから、俺も苦々しく思いながらもしていた。
 でもいつだったか、「え?何か言った?」と返事されたとき、さすがにたまっていたものが爆発して、「なんか聞いてるから悪いんだよ!」って怒鳴った。

「コンビニにビールのつまみを買いにいくついでに、甘いものでもどう?」

 俺はその言葉を2度言うのが何となく嫌だった。
 こんな簡単なこと、1度で聞き取ってほしいなんて思うのは普通だろう?

 彼女は少し怯えて「…ごめんなさい」とわびたから、一応大声になったことは謝ったけど、俺は行き先も告げずに家を出た。でも彼女になら言う必要はないと思う。いつものコンビニに行って、10分もしないで帰ってくるって分かっているはずだ。

 俺は特に確認もせず、コーヒーゼリーを一つ買って帰った。
 美晴は少し笑って、「ありがとう」って受け取ってくれた。

 彼女はその後、少なくとも俺の前ではイヤホンを使わなくなった。
 それでも雑音とかで俺の声が聞き取れないことはあるけど、「ごめんなさい。今、水の音がうるさくてよく分からなくて、もう一度言ってもらえる?」って、丁寧に頼むので、そういうときは俺も同じことを二度言うのが苦じゃなかった。

 最初から「こう」なら文句なかったのに。

 美晴がその少し前、「実はコーヒーゼリーってあまり好きじゃなくて」と言っていたのを思い出したのは、それから何か月も経ってからだった。
 あと、彼女のひいきの声優が、俺の好きな外ドラのシーズン2で重要な役に抜擢されたので、最近その演技に正直言って感心している。

「ブサイクだし、キモい声だし、そんなやつどこがいいの?」なんて言って悪かったな…。一応反省。

◇◇◇

 美晴の誕生日に、評判のいいワイヤレスイヤホンを買ってやった。
 レビューサイトを何件も見て、3万円くらいのやつを選んだ。
 色は無難に黒だけど、何だかんだいって何となくハイテックな感じがしてかっこいい。

「テキトーなヘッドホンやイヤホンばかり使ってると、難聴になったり音痴になったりするから、奮発したよ」

 俺はネットで拾い読みしたそんな話を添えて、彼女に渡した。

 美晴は「ありがとう、大事に使うね」って喜んでくれた…と思っていた。

 なのに。

 どうして今、この部屋にはイヤホンだけあって、肝心の彼女がいないんだろう。

 「重低音がすごいオンガクとか聞いたら、すごそうだね」って言っていたのに。
 そんな彼女を、ちょっとバカっぽいけど素直でかわいいなって思ったっけ。

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