短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

文字の大きさ
上 下
54 / 82
タマゴな彼女

まだまだタマゴ

しおりを挟む

 私の学校が春休みに入る頃には、彼も退院したらしく、そういうメッセージをよこした。
 私が返信しないままでいたら、今度は電話で『会ってゆっくり話したい』と言われた。
 テキトーに誤字があるテキトーなメッセージと違い、声を聞いちゃうとほだされる。

 結局、よく行くカフェで待ち合わせした。
 私は春休みだけど、特にバイトの予定とかはない。
 彼は少し遅れて初任者研修に参加しているので、平日は忙しい。
 だから土曜日の午後に合うことになった。

◇◇◇

「どうして返事くれなかったの?」
「そういう気になれなくて…」
「そういう気になれないって、どういうこと」
「何となくだよ。理由なんかないけど、何か気分じゃなかった」

 注文したブレンドとシナモンチャイを目の前に置いて、私たちは非生産的なことを話し合った。

「君はそういう子じゃないじゃない?理屈っぽいっていうか、だからだって話し方をするよね?」

 彼の言うことはもっともだ。確かに私は子だ。
 これではらちが明かないと思って、私は「坂本さん」への複雑な思いを全部明かした。

「何言ってるの?あのコは看護学生で、たまたま俺の担当で…」
「そんなこと分かってるけど!だから納得ってわけにはいかないの!嫌なものは嫌なの!」
「落ち着けよ。わけわかんないよ」

 ヒトはこういうとき、結局「自分が納得できる理由」を話さないと、わけわかんないとか言うのだ。

「別にあなたと坂本さんのことを疑ってるわけじゃなくて、嫌なものは嫌だったって言っただけだよ。何で分かんないの?」
「本当に分かんないんだよ。疑っていないなら怒る理由なんかないだろ?」

 なんか、もういいよ。

◇◇◇

 その後も彼からは「会って話したい」って言われたけど全部断って、最終的には「もう疲れた」という言葉とともに、向こうから別れを告げられた。

 そうか、私は「別れたい」なんて思っていなかったな――ということに気付いて、少し泣いた。

 いろいろなモヤモヤと、それを打ち明けても分かってくれないイライラを処理し切れなくて、ただただ避けていたけれど、別れたいとは思っていなかったし、お別れを言われるとも思っていなかった。

 やっぱり私、わがままな子供だなあ。

◇◇◇

 3年生に進級したけれど、クラスは持ち上がり。
 進路の見直しも漠然と考えながら、勉強に打ち込もうとしていたら、同じクラスの男の子から声をかけられた。

 結論からいうと、「きみのことが好きだから、できたら付き合ってほしい」というコトではあったけれど、最初は随分とぐちゃぐちゃした話から始められた。

「君はパパ活してるから無理って言われたんだけど、とてもそういう子だとは思えなくて…」

 どうやら年上の彼と一緒にいたところをそういうふうに勘違いした人たちに、不穏なうわさを流されていたらしい。
 何なら割り勘デートも結構あったくらいなのに、笑っちゃう。
 彼はいつもラフな服装だったけれど、そういう格好でも稼いでいる人はいるしなあ。
 あと、傍から見ると、意外と老け顔だったってことか。

 私はそれは笑って否定したけれど、彼からの告白も断った。
 好きも嫌いもない、「クラスメート」という以上の情報を持っていないほどの人だからだ。
 でも、それをきっかけに何となく話すようになったので、「悪い人ではない」という印象は抱くようになった。

◇◇◇

 あれからもう何年も経った。

 看護学生タマゴだった坂本さんは、無事ナースになったろうか。
 彼は今頃、結婚して子供の1人や2人いてもおかしくない年になっているはず。

 …なんてことを考えることすらない程度には、過去の出来事だ。

 私もそこそこいい年齢になった。
 ボカして言うけど、少なくとも、あの頃の彼より年上という年齢だ。
 仕事と趣味に生きがいを感じる、平凡で楽しい毎日を送っている。
 恋人はいないけれど、気の置けない飲み仲間みたいな人は男女何人かいて、高校時代に告白してくれた彼もその1人だ。

 職場には「結婚して初めて一人前教信者」みたいな人はまだまだいるが、たまに嫌味を言われる程度なので、気楽なものだ。
 この定義なら、私はまだ半人前――大人のタマゴってことかな?
 
 まだまだ可能性が無限大って言われているみたいで、いっそうれしくなってしまう。

【『タマゴな彼女』 了】
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件

石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」 隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。 紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。 「ねえ、もっと凄いことしようよ」 そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。 表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

桜が いだく 秘密

綺月ゆきスき
ライト文芸
思い出したら、勇気を出して。 小学校時代、菜々子は鉱、瑞穂といつも一緒だった。だけど菜々子は自分のせいで瑞穂と疎遠になってしまう。 それからずっと自分が嫌いなまま後悔して生きてきた。 正月の帰省で母校が廃校する話を母から聞かされる。母の安請け合いから、樹木医である菜々子は思い出の桜を治療することになる。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

ある雪の日に…

こひな
ライト文芸
あの日……貴方がいなくなったあの日に、私は自分の道を歩き始めたのかもしれない…

夜を開ける…

野風
ライト文芸
夜明け前の束の間の景色、あなたはそこに何を思いますか…

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...