短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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タマゴな彼女

ナースの卵・坂本さん

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 その翌日は、ママに頼まれた用事を済ませた後に少し顔を出した。
 その後も行ける限り顔を出したし、彼はいつも喜んでくれた。
 おうちデートならぬ病室デート。
 大抵、学校の制服を着ていくので、彼はほかの入院患者さんから「女子高生JKと付き合ってるうらやましいやつ」みたいな見られ方をされ、冷やかされたりするらしい。

 JK当時者である私は、何だか若いだけが取り柄みたいに言われてるようで、そういうのってあんまりうれしくないんだけどね。

 他の病室の人たちにも、足しげく通う私は有名になったらしく、大浴場で一緒になった中年の男性に声をかけられたって言っていた。

「大事にしないと、親御さんに申しわけないな。ちゃんと真面目に付き合うんだぞ」とか何とか。

 その人はとてもおっとりした雰囲気なんだけど、背中に見事ならしい。
 実は「そういう筋の人」だという噂を知ってビビった――と、声を潜めて話してくれたので、私も声を殺して笑った。

 検査して、体を休めて、テレビを見たり売店に行ったりするだけの入院生活でも、一生懸命「すべらない話」を模索している。
 やっぱり彼といるのは楽しい。

◇◇◇

 この間持ってきた犬のぬいぐるは、頭に紐を縫い付けられ、ベッドのパイプに括りつけられていた。

「こうした方がいつもでも目に入るでしょうって、坂本さんがひもをつけてくれたんだよ」

 と彼はなぜかちょっと照れ臭そうに言った。

 ふうん…坂本さん、か。親切な人だね。

◇◇◇

 ある日、彼の病室に顔を出すと、 “坂本さん”はまた彼のそばにいた。担当だからしようがないけど。

 私が入っていったタイミングで、犬のぬいぐるみをちょん、と手ではじいているのがたまたま目に入って、私は――説明はできないけれど、とても不愉快な気持ちになった。

「こんにちは…」
「お、来たか」

 特に意味のない言葉が癇に障る。

 坂本さんは私に軽く挨拶だけして、まだ彼と会話を続けていた。

「きっともうすぐ退院できますよ」
「何か思いのほか入院長くなっちゃったなあ…」
「でも、重大な異常じゃなかったし、よかったじゃないですか」
「そうなんだけど、安心したら、途端に退屈になっちゃってさ…」

 正直言って、病気の話なんて気が滅入るだけだと思っていたから、私は彼がそのとき「どういう状態なのか」という話題は避けていたし、彼も特に話さなかった。
 それが私と彼の“カレカノ”という関係で、坂本さんと彼は、あくまで患者と研修中の看護学生だから、別に体調や病気の話をするのはおかしくない、んだと思う。
(むしろ趣味とかプライベートな話される方が嫌だけど)

 あと、一応「人の会話に割り込んではいけません」程度のしつけは受けている身ではあるけれど、そのときは何だか変なスイッチが入っちゃったみたい。

「あのっ、退屈ならこの子と遊んであげて!」
 私はパイプベッドに括りつけられたぬいぐるみを軽く握って言った。

 そこでなぜか坂本さんは、変な引き笑いをした。
 同級生でも、「ウケルー」とか言いながら、こんな笑い方をする子は多いけど、正直耳障みみざわりで嫌いなだ。
 彼も笑っている。突然何言うの?という呆れた調子が伝わる。

 そうだよね。言った本人わたしが一番、口に出した瞬間に「何言ってんの?」と思った。

 こういう状態を「穴があったら入りたい」っていうんだろう。

◇◇◇

 その後、坂本さんがその場を離れてから、彼が私にこう言った。

「さっきさ、俺の気を引こうとして、あんな間抜けなこと言ったの?」
「え…はあ?」
「見え見えだよ。“俺のこと大好きかよっ”て、ちょっとうれしかったけどね」

 彼は病気。彼は入院中。彼はもともとこういう脳直で話す人、悪気はこれっぽっちもない――ということを踏まえても、さすがにカチンと来た。

「…私、門限だから帰るね」
「は?まだ5時前だぞ」
「早くなったの!さようなら!」

◇◇◇

 私はその日、辞書で「気を引く」という言葉を調べた。
 
「相手の関心をこちらに向けさせる。また、それとなく相手の心を探る。」

 要するに、何か意図があってそれをすることだよね?
 いたずらをしかけるとか、何かから目をそらすとか、興味のある人に振り向いてほしい、とか。

 何でカレカノの関係で、そんなことしなくちゃいけないの?
 仕事の話してるとかなら、横入りからよくないって分かるけど、雑談みたいなもんだったよね?

 だ・い・い・ち!
 私が「こっち向いて」って意思表示してるのが分かってて、何でそんな言い方するの?
 むしろ、というかせめて、「さっきはごめんね。話切り上げるのが難しくて」とかじゃない?

 そんなに坂本さんと話していたいんだったら、ずーっと話してなさいよ!

 病院の夕ご飯が終わったぐらい――と思われるタイミングでメッセージが来たけど、私は無視をした。

 子供っぽい態度だって分かってるけど、仕方ないじゃん、子供なんだから。
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