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嗅ぐ女、匂わす女
エピローグ【三人称語り】
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ミオはハヤトに「次の土曜日に、部屋に来てほしい」と言われていた。
ミオ自身は休みだったが、ハヤトは休日出勤で、夕方に戻ってくるという。
それまでは合鍵を使わないように言われていたが、「君は大家さんにも気に入られているし、大丈夫」と、勝手に開けて入っているように言われた。
何かそわそわしたような、いつもと違う雰囲気は、電話越しにも分かった。
帰宅予定時間にあわせ、できたての料理を出せるように調整すると、予想通りの時間にハヤトが帰ってきた。
◇◇◇
「ミオの料理はいつもうまいな。いつもどうも」
「ハヤトがそう言ってくれるから、つくりがいがあるんだよ。こっちこそありがとう」
こんな会話は、今までだってなかったわけではないが、いつもより他人行儀のような、どこか特別な空気感があった。
「…で、さ」
「ん?」
食事が終わり、ささっと食器を片付けて、食後のお茶を飲んでいると、ハヤトがおずおずと切り出した。
「ああいう飯、これからも毎日食べられたらもっと幸せかな、って」
「うん。だからこれからも作り置きくらいなら…」
「じゃなくて、さ」
「ん?」
「ミオ、俺と結婚してくれないか?」
ミオは返事をせず、ハヤトの顔をじっと見た。
「明日日曜だろう?だから、エンゲージリング選びにいって、あとたまには外で食事して…」
◇◇◇
「…ごめんなさい」
「え?」
「ハヤトとは結婚できない」
「え、なんで…」
「そこまで好きじゃないって気づいちゃったから、かな」
「…それどういう意味?」
◇◇◇
間がよかったのか、悪かったのか。
ミオがイヤホンの片方をこっそり持ち去ったのは、ちょっとしたいたずら心だったが、たまたまその直後、同僚で親友のエマから、深刻そうな顔で「ちょっと話したいことがあるんだけど…」と言われた。
エマの交際中の男は、たまたまハヤトのアパートの近所に住んでいた。
そんな関係で、男の部屋に泊ることもあったが、深夜、近所のコンビニに2人で買い物にいったとき、ハヤトがナオと一緒にいる場面を何度か見かけていたらしい。
最初は「妹さんかな」程度に考えていたし、特に話しかけることもなかったし、ミオに話すほどのことでもないと思っていた。
ただ、頻度が高くなってくると、「兄妹がそうそう深夜のコンビニに2人で来るものだろうか?」「そもそもあの2人、あまり似ていないし…」と小さな疑問が湧いた。
さらに決定打となったのは、エマとは軽い顔見知りであるハヤトが、コンビニに入った途端にエマの姿を認めたらしく、あわてて踵を返す姿を見たときだ。もちろんそのときも、隣にはミオではない女がいた。
「ハヤト君って誠実に見えたし、告げ口も嫌だったんだけど…」
確証もないものの、そこは女の勘というものも働いた。
「もちろん確たる浮気の証拠とかはないんだけど、もし私で探れることがあるなら協力するよ?」
「ううん、エマにそこまでしてもらうわけにはいかないよ。ありがとう」
「大丈夫?」
「大丈夫。これは私たちの問題だし。心配かけてごめんね」
ミオはもちろん、片方だけのイヤホンから始まったハヤトの浮気疑惑に、それなりにショックを受けていた。
ただ、それは、ハヤトが浮気をしていたことというよりも、それを知っても「やっぱりね」程度の感想しかなかった――ことに対してのショックだった。
◇◇◇
「今まで付き合ってくれてありがとう。これ、あなたの?一応返しておくね」
ミオはそう言って、ワイヤレスイヤホンの「L」を、テーブルの上に静かに置いた。
【『嗅ぐ女、匂わす女』 了】
ミオ自身は休みだったが、ハヤトは休日出勤で、夕方に戻ってくるという。
それまでは合鍵を使わないように言われていたが、「君は大家さんにも気に入られているし、大丈夫」と、勝手に開けて入っているように言われた。
何かそわそわしたような、いつもと違う雰囲気は、電話越しにも分かった。
帰宅予定時間にあわせ、できたての料理を出せるように調整すると、予想通りの時間にハヤトが帰ってきた。
◇◇◇
「ミオの料理はいつもうまいな。いつもどうも」
「ハヤトがそう言ってくれるから、つくりがいがあるんだよ。こっちこそありがとう」
こんな会話は、今までだってなかったわけではないが、いつもより他人行儀のような、どこか特別な空気感があった。
「…で、さ」
「ん?」
食事が終わり、ささっと食器を片付けて、食後のお茶を飲んでいると、ハヤトがおずおずと切り出した。
「ああいう飯、これからも毎日食べられたらもっと幸せかな、って」
「うん。だからこれからも作り置きくらいなら…」
「じゃなくて、さ」
「ん?」
「ミオ、俺と結婚してくれないか?」
ミオは返事をせず、ハヤトの顔をじっと見た。
「明日日曜だろう?だから、エンゲージリング選びにいって、あとたまには外で食事して…」
◇◇◇
「…ごめんなさい」
「え?」
「ハヤトとは結婚できない」
「え、なんで…」
「そこまで好きじゃないって気づいちゃったから、かな」
「…それどういう意味?」
◇◇◇
間がよかったのか、悪かったのか。
ミオがイヤホンの片方をこっそり持ち去ったのは、ちょっとしたいたずら心だったが、たまたまその直後、同僚で親友のエマから、深刻そうな顔で「ちょっと話したいことがあるんだけど…」と言われた。
エマの交際中の男は、たまたまハヤトのアパートの近所に住んでいた。
そんな関係で、男の部屋に泊ることもあったが、深夜、近所のコンビニに2人で買い物にいったとき、ハヤトがナオと一緒にいる場面を何度か見かけていたらしい。
最初は「妹さんかな」程度に考えていたし、特に話しかけることもなかったし、ミオに話すほどのことでもないと思っていた。
ただ、頻度が高くなってくると、「兄妹がそうそう深夜のコンビニに2人で来るものだろうか?」「そもそもあの2人、あまり似ていないし…」と小さな疑問が湧いた。
さらに決定打となったのは、エマとは軽い顔見知りであるハヤトが、コンビニに入った途端にエマの姿を認めたらしく、あわてて踵を返す姿を見たときだ。もちろんそのときも、隣にはミオではない女がいた。
「ハヤト君って誠実に見えたし、告げ口も嫌だったんだけど…」
確証もないものの、そこは女の勘というものも働いた。
「もちろん確たる浮気の証拠とかはないんだけど、もし私で探れることがあるなら協力するよ?」
「ううん、エマにそこまでしてもらうわけにはいかないよ。ありがとう」
「大丈夫?」
「大丈夫。これは私たちの問題だし。心配かけてごめんね」
ミオはもちろん、片方だけのイヤホンから始まったハヤトの浮気疑惑に、それなりにショックを受けていた。
ただ、それは、ハヤトが浮気をしていたことというよりも、それを知っても「やっぱりね」程度の感想しかなかった――ことに対してのショックだった。
◇◇◇
「今まで付き合ってくれてありがとう。これ、あなたの?一応返しておくね」
ミオはそう言って、ワイヤレスイヤホンの「L」を、テーブルの上に静かに置いた。
【『嗅ぐ女、匂わす女』 了】
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