短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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嗅ぐ女、匂わす女

ハヤト

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 俺も20代後半になり、結婚を漠然と考えるようになった。

 結婚するならミオだな。
 料理上手で整理整頓がうまいが、おふくろみたいにカリカリしていないし、一緒にいて居心地がいい。「気が利く」っていうのは、ああいう子をいうんだと思う。
 顔は十人並みだけど、逆に飽きがこなくていいと思う。
 まあ、(まだ出会っていない)もっといい子がいるかもしれないし、絶対ミオとってわけじゃなくて、暫定最有力候補って感じ?

 でも、ナオの方が若くてかわいい。イキがいいって感じか。
 まあ、OL生活の疲れが出てきてるミオと違って、気ままな大学生だしな。
 も、ナオとの方がいいと思う。
 そういうのも結婚には重要な要素だから、捨てがたいし、ぶっちゃけもうちょっと楽しみたい。
 多分ナオは、俺以外にも親しくしている(性的な意味で)男もいるのだろう。
 勝手に押しかけてくるくせに、こっちから連絡すると迷惑げな態度を取ることもあるから。

 2人には合鍵を渡してあるけど、勝手には使うなと言っておいた。
 ここで律儀に言うことを聞くのがミオ、「合鍵の意味ないじゃん」って勝手に使うのがナオだ。性格って出るもんだな。

 近所に住んでる大家が、合鍵の扱いにうるさいっていうのは半分本当で半分うそ。
 女出入りが激しい上に家賃の支払いも滞りがちな、行儀の悪いアパートの住人が、そういう感じで注意されているのを見たことがある。
 まあ、犯罪に巻き込まれる可能性もあるし、神経を使うのは当たり前か。

 でも俺の場合、しばしば訪ねてくるミオが、礼儀正しくて見るからに堅そうなので、大家に気に入られているっていうのもあって、冷やかされるくらいだ。
 ナオが勝手に合鍵で入っているのを見つかったときは、妹だといってごまかしたら、特に追及されなかった。

◇◇◇

 …って感じで、うまいこと調整して2人の女と付き合い続けてきたが、そろそろ決断した方がいいようだ。

 ナオがワイヤレスイヤホンの片方をなくした。
 高確率で俺の部屋に落としたということらしい。
 ハート型のパーツが特徴の商品だから結構目立つだろうし、ミオが掃除で見つけたなら、俺に渡してくれるだろう。
 小銭が1円落ちてるだけでも、「これ、あなたの?」と渡してくるような律儀な子だ。多分見落としもしないだろう。

 てことは、多分なくしたのはじゃない。
 といっても、それではナオの気は済まないだろうから、ざっと探させはしたが、「諦めろよ」と言った。
 するとナオは、俺のせいでもあるから弁償しろ、と来た。

 は??

 百歩譲って本当にここでなくしたとしても、それが俺のせいってわけわからん。
 公共施設とか商業施設内で落とし物をしたからって、弁償しろって言うか?
 そんな難癖つける前に、保険にでも入っておけよ。そういうのも補償してくれる保険があるのかどうかは知らんが。

 それだけならまだしも、「色違いを買ってくれたら、許してあげる」ときたもんだ。
 そりゃ、アクセサリーだのバッグだのに比べたら安いもんだろうけど、自分で納得ずくでプレゼントするのと、そんな理不尽な弁償をするのとでは、財布のひもの緩み具合が変わる。

 この子、もうダメだな。

 ◇◇◇

「…もういいよ」
「え?」
「鍵、返して。もうここにも来ないでほしい」
「え?え?何言ってるの?」
「ナオとはもうお別れだ。なくしものをするたびに弁償しろって言われたら、たまんないからな」
「そんな!イヤホンのことしか言ってないじゃん!」
「いいから。鍵、この中?」

 俺が彼女のバッグを手に取ると、「やめて!」とナオがそれをひったくり、ベッドの上で服を脱ぎ始めた。

「何のつもりだ?」
「ハヤトくん、顔怖いよ。仲直り…しよ」

 何だこの女は、こんなときまで。
 今までかわいいと思っていた媚びた表情を見ても、嫌悪感のようなものが湧いてきた。

「…さっさと服着ろ」
「え?そんなこと言わないで…」
「帰ってくれ。鍵は捨ててくれていいから」
「やだよ、しようよぉ」

 俺はナオの前では、いつも優しい聞き分けのいい年上の男だった、と思う。
 ミオが作り置きした料理を全部食われても、それに文句をつけられても、小言は言うが、怒っているというよりも「しようがないな、こいつ」程度に見えたろうし、実際そんな態度だったはずだ。

「ねえ…」
「さわるなよ!」
 俺は彼女の手を拒絶した。自分でもびっくりするほど大きな声が出ていたようで、ナオは軽く涙目になっていた。

「わかった…」

 ナオは俺の顔色をうかがったらしく、おとなしく服を着て、鍵を置いて出ていった。

 俺は玄関ドアに背を向けて、ナオが出ていく様子を音で察しながら、「念のために鍵を替えてもらうか…」などと考えていた。
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