短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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嗅ぐ女、匂わす女

ミオ

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「ごまかせている」と思っているのは、たいてい本人だけでして…

ある三角関係の男女の、それぞれの視点からのお話です。

***

 ハヤトとは、付き合い始めて半年になる。
 限りなく合コンに近い異業種交流会的なもので知り合った。

 好きな作家が一緒で、その人についての知見を小出しにし合い、余所よそ行きの意見を控え目に述べ合っているうちに、「そのうち2人で会いましょう」となり、4回目のデートでハヤトのアパートに来て――まあそういう仲になった。

 私はどちらかというとインドア派で、ひとりでいることも、家のことをするのも苦にならない。
 郷里では、6人家族なのに4部屋(しかもそのうち一つは茶の間)しかない家に住んでいたので、1人部屋というものを持ったことがなかった。
 短大卒業を機に上京して就職したのをきっかけに、6畳一間、4.5畳大のキッチンという自分だけのお城に住めることになったのだから、そりゃ掃除も炊事も張り切ろうってものだ。
 確かに残業でしんどくなると、少々手も抜きたくなるけれど、「今頑張れば明日が楽」をスローガンに、きっちり翌日の準備をしてから床につくときの充足感ったらない。

 それに対してハヤトは、社交的で外で遊ぶのが好きな人だ。
 一度だけ、彼の職場のバーベキューに誘われて行ったことがあるが、どうも居心地が悪かった。
 一通り挨拶した後は、何となく「お手伝いします」とセッティングや片付けをしている人に声をかけ、「お客さんなんだから、いいですよ」と断られたり、「助かります。気が利きますね」と言われたりするのが半々で過ごした。
 その後彼の職場では、「感じがいい」「気が利くよくできた女性」という評と、「ノリが悪くて暗い」「優等生ぶった点取り虫」という陰口が同時に彼の耳に入ったらしい。

 よくよく考えると、後者の方は別に私に伝えなくてもいいだろうになと思うんだけど、「君の良さを理解できない、くだらない連中だよ」と怒っていたので、一応許す。

 ◇◇◇

 付き合い始めて4カ月目くらいで合鍵をもらった。
 でも大家さんに知られるといい顔をしないので、あくまで「いざというとき使って」という。
 ハヤトの食の好みは、付き合い始めの頃のデートで何となく把握したので、彼の好きそうな料理をつくったり、冷蔵庫に入れたり…というのにこっそり行おうとしたが、結局、彼と一緒のときでなければ部屋には入れない。

 料理は本当に喜んでたいらげてくれて、「コロッケって家庭でつくれるんだな。しかもめちゃウマだし。毎日食べたいくらいだよ」とまで言ってくれた。

◇◇◇

 彼は気取らないし、卑屈じゃないし、偉そうでもない。
 私は彼の、人間としてバランスのいいところが好きだ。
 こういうのも「男を条件で値踏みしている」と言われるならば、甘んじて受けよう。私は「こういう人」だから、彼と結婚したいなと考えるようになった。
 彼も「君はいいお母さんになりそうだね――なんて、気が早いか」などと言ってくれた。

◇◇◇

 だから、やっぱりショックだった。
 彼の部屋で次々見つかる、花のモチーフがついたヘアピン、男性はおよそ持たないであろうデザインのハンカチ、使い捨てのアイシャドウチップ(袋をかけていないごみ箱の中にじか入れしていた)。

 どうやらこの部屋には、私以外の女性も来ているようだ――多分、割としょっちゅう。
 だって前述の三つは、それぞれ別の日に発見した。
 実は姉妹きょうだいのでした~というオチだったらどんなによかったかと思うが、彼には弟しかいないらしい。
 私にはたぶん打算的なところもあるので、彼と別れたいと思ったらそれらを材料に別れを切り出すだろうが、あいにくお付き合いを続けたいと思っている。
 だから今のところ、気付かぬふりをしてやり過ごすだけだ。

 といって、全く平気なわけではない。
 私はことはしないが、それでも何となく分かる。
 たぶんその女性は「わざと」「なくしても痛くもかゆくもないものを」「男はスルーするかもしれないが、女なら気付く」ような忘れ方をしているに違いない。

 ◇◇◇

 そんなことが頻回にしょっちゅう続いた後、遂に大物をゲットした。

 ハートのデザインのワイヤレスイヤホン――の左だけ。
 これをハヤトが使っていても別にいいけど、まあ十中八九違うだろう。
 かわいいデザインだけどちょっとお高めだし、私のイメージではないなと思って、買うのをあきらめた商品やつだった。

 そして、このだけは、さすがに故意わざとではなく過失うっかりだろうな。
 そして多分困っているだろうな。

 ならば、私のすべきことはただ一つ。

「ハヤト、私今日は帰るね」
「え、泊まっていかないの?」
「うん、また来るね」
「そうか、送って…」

 そこで彼のスマホが鳴った。
 ディスプレイに目を落とし、なぜか「ごめん」と玄関を出ていった。
 私はもう帰るって言っているんだから、部屋の中でゆっくり話せばいいのに。

「いや、わかんないけど」「…って言われても…」

 彼が通路で電話している間に、(ばいばい)と無声で口を動かし、手を振ってアパートを後にした。

 向こうの話まではとうぜん聞こえなかったけれど、ピッチの高そうな音が漏れ聞こえてきたから、多分相手は女性だろう。

 彼は申しわけなさそうな顔をして私に手を振り返した。

(電話の相手が探しているもの、たぶん今、私のスカートのポケットの中にあるよ)
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