短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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最後の会話 もし次に彼に会えたら

wrong side

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長年同棲しているキミエとヒロシ。
正反対とも思える性格だが、それなりにうまくいっている――と、少なくともキミエは思っていた。

***

「…でね、私、カフェモカは好きだけどココアは嫌いで…あれ…?最近こういうフレーズどっかで見たんだよなあ…小説?映画?漫画だっけかな?」
「あのさ…」
「何だっけなあ。こういうの気になりだすとモヤモヤして…」
「俺もう出るから、後でね」
「え?あ、行ってらっしゃい」
「行ってきます。君も遅刻しないようにね」

 またやってしまった――とキミエは反省した。
 といっても次の瞬間には「ま、いいか」と気持ちを切り替えたので、反省とまで言えるものではないかもしれない。

(だってヒロシはおしゃべりな私が好きだって言ってくれてるし)

 キミエとヒロシは一緒に暮らし始めて5年になる。
 キミエはスーパーで、ヒロシは書店で働いている。
 2人とも高給取りではないが、協力し合って生活していた。
 結婚はしていないが、周囲からは事実婚のようにみなされていた。

 今の時代、形式にこだわる必要はないと言う友人もいたが、キミエはヒロシと正式に結婚することに憧れていたし、ヒロシに確かめたことはないが、同じ考えだと信じていた。

 おっとりしたヒロシと快活なキミエは、お互いの自分にない部分に惹かれて結ばれた。
 それぞれ意外な部分に軽い違和感を覚えることもあるし、キミエがそれでヒロシを攻撃することもあった。
 ヒロシはそれに対して、「別の人間なんだから、全部一致するわけはないよ」と落ち着き払って言い、キミエは「ごめん、頭に血がのぼっちゃって」と謝る。
 ささいなケンカはいつもそんなふうに幕を下ろしていた。

◇◇◇

 人間どんなに公平でいようとしても、自分の意見と違うものはとみなしてしまうことがある。
 食事のときに汁から飲むか、米飯を口に入れるか、好物のおかずから攻めるか――程度のことも火種にはなり得る。ヒロシが自分の常識と違う順番で箸をつけたとき、キミエは「そんなのおかしい。マナー違反だ」と責めた。

「キミエ、英語のロングは日本語で言うと何?」
「え?えーと、“長い”?」
「あ、longじゃなくてwrongの方。ごめん」

 キミエは綴りで説明されて「そっちか!」と納得した。

「悪い、だっけ?」
「うん、“悪い”で合ってる。じゃ、wrong sideはどういう意味か知ってる?」
「悪い方、ってこと?」
「ざっくりいうとそういう意味なんだけど、紙や布地の裏側っていう意味もあるんだよ」
「え?ウラ?裏側は悪いってことなの?」
「ん、そういう慣用句イディオムとして覚えるしかないんじゃないかな」

 ヒロシは、自分の反対側にあるものを悪とみなすかのような言い方に抗議する意味で言ったのだが、回りくどいばかりで、キミエにはいま一つ伝わらなかった。

「ヒロシってさ、時々わけわかんないこと言ってけむにまこうとするよね?そういうのよくないよ」
「そういうんじゃなくて…」
「汁からが普通だっておばあちゃんが言ってたし、マナーの本にもそう書いてあったもん」
「…じゃ、それでいいよ」

 今日の夕飯は、白飯、かしわ天ぷら、もやしのピリ辛和え、豆腐とわかめの味噌汁という一汁二菜。ふりかけもおかずに入れていいのなら一汁三菜である。
 冷凍冷蔵庫のストックだけでつくったので、少し貧相だが、炊き立ての白飯が何よりごちそうだと思っているヒロシには十分な顔ぶれだった。
 (格の高い会席膳じゃあるまいし、好きに食べさせてくれ…)がヒロシの本音だったが、これ以上理屈をこねくり回しても無駄だと降参した。

◇◇◇

 キミエとヒロシは基本的には仲がよく、よく会話をするカップルだ。
 共通を含むそれぞれの友人知人には、「付き合い始めてからだと7年だっけ?長い間一緒にいて、何をそんなに話すことがあるの?」と驚かれるほどだ。

 思いついたことを突然話し始めるキミエが、大抵は会話の主導権を握った。
 ヒロシは、ここぞというときには自ら口を開くものの、丁寧に話そうとするのと、たとえ話を入れようとしがちなことで話が長くなり、気の短いキミエに「ヒロシの話はもういいよ」など、強制終了されてしまうこともあった。
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