短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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アネモネ TRICOLOR+「三者三様 それぞれ身勝手」

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 裸の夫の首から胸にかけて、細く赤い線がある。
 私は気になって、つい指先でなぞってしまった。

「ナイフでね、こう、すっと…」
「…」
「まあ、簡単に言うとひっかき傷みたいなものだ」
 
彼はベッドの中で、私の肩をホールドしながら言った。

「死のうとしたの?バカね…」

 何に対しての「バカね」か理解できなかった夫は言った。

「だって、君に去られたら、俺は…」

◇◇◇

 私は「こんなことで死ねると思ったの?バカね」と言ったつもりだったのだが、夫は自殺行為そのものをいさめられたと勘違いしたようだ。

「ずっとずっと、あなたのそばにいるわよ」

 全く愛してはいないけれど。
 自分から「別れたい」と言い出すほど、愛情は枯渇しちゃったけど。
 そうなった理由をいちから説明するのが億劫なほど、あなたのことをどうでもいいと思っているんだけど。

 その生活から自分を引っ張り出してくれる人にときめいたのも事実だけど。

 それでも本心を隠してそばにいることはできる。

 こんな傷、きっとそのうち消えるだろう。
 そして時々思い出したように言うのだ。

「心の傷は一生残るんだよ」
「…だよね」

 心の傷は一生、ね。
 私もあなたにぶたれた後、傷が癒えかけた頃、そう思っていた。

 自分だけが被害者で、自分ひとりが傷ついているという事実を誇らしげに言う表情かおに、態度に、私は深く傷つけられる。

 どうしてもっとちゃんと

 そのとき死んでくれていたら、心を込めて泣いてあげられたのに。

【『アネモネ TRICOLOR+「三者三様 それぞれ身勝手」』 了】
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