短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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アネモネ TRICOLOR+「三者三様 それぞれ身勝手」

青――夫「あなたを信じて待つ」

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「ねえ、覚えてる?私と初めて会ったときのこと」

 覚えている、なんてレベルではない。

 着ていた服、髪の長さ、飲んでいたオレンジジュースのグラス、コースターの模様、どんな笑顔だったか、何の話をしたか、何度髪をかき上げ、何度まばたきをしたか――までいくとさすがに盛り過ぎだが、くっきり脳裏に描き出せるレベルで覚えている。

 友達の彼女の友達、みたいなありがちな知り合い方だったけれど、一目ぼれだったんだからさ。

 なのに僕は照れ隠しで、「さあ、覚えていないな」だってさ。

 君はそれを聞いて急に泣き出し、「もう、いいわよ」と言った。
 何かよくないことが起こる予感がした。

◇◇◇

 気づけば君は僕を置いて、「中学時代好きだった人」とやらのところに行ってしまった。

 ある日、電気の消えた部屋に入ると、ダイニングテーブルの上に置かれた手紙には、「私は、最初の私を覚えていてくれた人と生きていきます」だってさ。

 あのときは半狂乱になって、友人知人の連絡先の分かるものを家じゅう探したけれど、何一つ見つからなかった。

 ふざけるな!

「セーラー服のスカーフの結び方がほかのコと少し違っていて、おでこのニキビを気にしている顔がかわいくて」なんて、20歳のとき君と知り合った僕だって、あてずっぽうで言える「印象」だよ?

◇◇◇

 あの不用意な一言で僕の人生から君がいなくなってしまった――わけではない。

 君の心はそいつと再会したとき、もう決まっていたんだろう?

 だったら言ってやるんだった。
 君がどんなにかわいくて、僕は一目で恋に落ちて、まだそのときの気持ちのままだよって。
 君が僕を捨てるのをためらうくらい、追い詰めるような胸のうちを「告白」してやればよかった。

 殺してやりたいほど憎らしい。君も、君の初恋の男も。

 でも、君たちに不幸になってほしいなんてとても思えない。

 こんなに未練たらしい、情けない僕の思いに報いるために、ぜひ幸せになってくれ。

◇◇◇

 …なんて、僕が言うと思う?

 3年の結婚生活を手紙1通で強制終了できると思っているような君を、僕が信用するわけないだろう?

 君は早晩、そいつとうまくいかなくなる。
 そして当然のような顔で、僕のもとに戻ってくるだろう。

 僕はこれ以上ない笑顔で、「おかえり。遅かったね」って迎えてやるんだ。

 たとえ君のことを信じられなくても、そのエンディングは信じているよ。
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