24 / 82
在五忌<Zaigoki> カンバン ニ イツワリ アリ
【終】おさななじみ その2(あとがきあり)
しおりを挟む
風吹けば 沖つ白波 たつた山 夜半にや君が ひとり越ゆらむ
◇◇◇
俺たちは高校3年になった。
1年の4月からつき合い始めた竹美とは相変わらず。
去年すっぽかしてしまった記念日デートは、今年はきっちり敢行された。
というか、俺たちはお互いの家で、何なら家族ぐるみで接することが多かったので、外でのデートそのものが既にイベントじみていたのだが。
◇◇◇
水族館と、竹美が興味あるっぽい美術館の特別展と、パスタランチ。天気がよかったら公園でアイスクリームを食べる。
水族館の入場料が少し高かったものの、母親がニヤニヤしながら臨時の小遣いをくれた。しばらくは面倒くさいお使いを無茶ぶりされても断れないかな。
「今年は受験生だから、今のうち遊んでおいで」みたいに送り出された。
竹美はいつものようにフリフリのかわいいカッコしてて、薄く化粧をして、俺もそれなりに服装には気を使った。
“お出かけ”というのは、幾つになってもそこそこウキウキするものだ。
ペンギンがかわいいだの、あの絵のポストカードが売り切れで残念だっただの、誰に聞かれても問題のないような無難な会話を交わす。
というかつき合いが長いから、俺たちの間にあるのはそんな会話だけで十分なのだ。
午後4時頃、公園のベンチで竹美はストロベリーミルク、俺はカフェオレのアイスを食べた。
竹美には「“ジェラート”って言って!」と何回も修正されたっけ。
丸いディッシャーですくい取ったヤツじゃなくて、細長い山型に盛り付けたもので、意外とボリュームがあるし、味もいつものより濃厚でうまい。高くても納得だな。
「私、去年もこうして過ごしたんだよ」
「え?」
竹美が突然の告白を始めた。
「すっごく天気よくて、暑いくらいだったから、このジェラートもおいしかった」
「へ、え…」
俺は多分その頃、保田の家でせっせと励んでいたはず――などと思い出し、罪悪感が湧いた。
「有君が隣にいるていで行動してたから、ちょっと変な人に見えてたかも」などと、少し恥ずかしげに笑う竹美。
「でもね、実は去年は美術館改装中だったから、今年の方が当たりだったかも」
「来年は絶対理想どおりに過ごすんだって、また1年楽しみができたって考え直すことにして…」
「今頃有君はどうしているのかなって考えながら過ごすのも、結構楽しかったし…」
恥ずかしそうにしながらも、次々と舞台裏を明かす竹美。
これは何と表現すべきなんだ?
健気? いじらしい? かわいい? 愛おしい?
いや――俺は正直、怖いと思う。
かわいくて素直で恥ずかしがり。いいものをたくさん持っているコだ。
だから考えたこともなかったのだが、俺が「欲しい」のはこの子ではなかったみたいだ。
「そうか。今日は俺も楽しかったよ」
俺は本音を隠して、つまんないほどに無難なことを答えたが、その答えを聞くと、竹美の表情がなぜか一変した。
「だから――やっぱり許せなかったんだよね」
「え…?」
「有君は去年の記念日デートの日、同じクラスの保田さんと一緒だったんだよね?」
「あ…の…」
ここは焦りを押し殺して「何言ってんだよ、違うよ」って答えるべきだったんだと思う。
でも、俺は虚を突かれて取り繕うことができなかった。
いや、取り繕ってももう手遅れだったようだ。
「有君、私たちもう別れよう?」
「え、そんな…」
「私は有君のことが好きで、「つき合いたい」って言われてうれしかったけど、私たち、そういうんじゃなかったんだよね」
「…その…」
「さようなら!」
竹美はそう言うと走り去り、ちょうど公園近くのバス停に到着したバスに乗っていってしまった。
俺たちの家とは違う方向に向かうバスだが、竹美はたぶん何一つ確認せずに乗り込んだのだろう。
慌てて時刻表を確認すると、次のバスは、分岐ルートで全く違う通りに出てしまうようで、竹美の乗ったバスと同じ行先のものは、1時間待たないと来ない。
電話やメッセージを入れるが、どうやらスマホの電源は切ったようだ。
少し考えてから、とりあえず家に帰ることにした。
こんな時間に帰ったら、母親に突っ込まれるだろうな。「夕飯も外で食べる?」とか聞かれたし。
幼いころからのことを思い出しても、竹美と一緒に外に出て別々に家に帰るのは、ひょっとして初めてではないだろうか。
竹美の乗ったバスは、途中で乗り換えできるバス停もある。
土地勘が薄くても、乗り換えアプリでも使えば帰ってこられるだろう。
いくら頼りない子でも、もう高3だ。それくらいはできるはずだ。
「ちょっとあんた、帰り竹美ちゃんと一緒じゃなかったの?どういうこと?」
帰宅から1時間以上経った午後6時。
お隣さんと話していて食い違いでもあったのか、母が俺の部屋のドアをノックしながらそう言った。
竹美が「別の用事を思い出した」と言って、そこからは別行動だと説明した。
突然立ち去ってしまった理由の説明よりも、その方が理解しやすいのではと思ってついたウソ。
母親は、母親の勘か女の勘かは知らないが、いぶかしげな顔をしつつ、「そうなの?」とだけ言った。
(大丈夫だと思うが――せめて…無事帰ってくれ)
俺は無責任にそんなことを思うしかできない。
【『在五忌<Zaigoki> カンバン ニ イツワリ アリ』 了】
◆あとがき◆
高校時代、古典の教科書に載っていた『伊勢物語 「筒井筒」』のくだりは、今思い出しても納得のいかない点があります。
浮気亭主を笑顔で送り出し、化粧して、あまつさえ亭主の身を案じる女性って、重くない?
身分の高い女性が自分でご飯をよそった程度で失望されるって、いくらなんでもなあ…当時は「そういうもの」だったと思えと言われましても…
これは私の性別が女だからというより、単にこの感覚が自分には理解できないだけなのだと思いますが…。いや、やっぱり多少は性別も関係するのかな。
本日5月28日が、『伊勢物語』の主人公のモデルといわれる在原業平の命日なのだと知り、芋づる式にいろいろ思い出して、「お、これはひょっとして良いネタでは」とばかりに勢いで書きました。
個人の考え方やお気持ちでどうとでもなる「理不尽冷め」みたいな話、実は大好きなので、また書いてみたいと思います。
2023年5月28日
◇◇◇
俺たちは高校3年になった。
1年の4月からつき合い始めた竹美とは相変わらず。
去年すっぽかしてしまった記念日デートは、今年はきっちり敢行された。
というか、俺たちはお互いの家で、何なら家族ぐるみで接することが多かったので、外でのデートそのものが既にイベントじみていたのだが。
◇◇◇
水族館と、竹美が興味あるっぽい美術館の特別展と、パスタランチ。天気がよかったら公園でアイスクリームを食べる。
水族館の入場料が少し高かったものの、母親がニヤニヤしながら臨時の小遣いをくれた。しばらくは面倒くさいお使いを無茶ぶりされても断れないかな。
「今年は受験生だから、今のうち遊んでおいで」みたいに送り出された。
竹美はいつものようにフリフリのかわいいカッコしてて、薄く化粧をして、俺もそれなりに服装には気を使った。
“お出かけ”というのは、幾つになってもそこそこウキウキするものだ。
ペンギンがかわいいだの、あの絵のポストカードが売り切れで残念だっただの、誰に聞かれても問題のないような無難な会話を交わす。
というかつき合いが長いから、俺たちの間にあるのはそんな会話だけで十分なのだ。
午後4時頃、公園のベンチで竹美はストロベリーミルク、俺はカフェオレのアイスを食べた。
竹美には「“ジェラート”って言って!」と何回も修正されたっけ。
丸いディッシャーですくい取ったヤツじゃなくて、細長い山型に盛り付けたもので、意外とボリュームがあるし、味もいつものより濃厚でうまい。高くても納得だな。
「私、去年もこうして過ごしたんだよ」
「え?」
竹美が突然の告白を始めた。
「すっごく天気よくて、暑いくらいだったから、このジェラートもおいしかった」
「へ、え…」
俺は多分その頃、保田の家でせっせと励んでいたはず――などと思い出し、罪悪感が湧いた。
「有君が隣にいるていで行動してたから、ちょっと変な人に見えてたかも」などと、少し恥ずかしげに笑う竹美。
「でもね、実は去年は美術館改装中だったから、今年の方が当たりだったかも」
「来年は絶対理想どおりに過ごすんだって、また1年楽しみができたって考え直すことにして…」
「今頃有君はどうしているのかなって考えながら過ごすのも、結構楽しかったし…」
恥ずかしそうにしながらも、次々と舞台裏を明かす竹美。
これは何と表現すべきなんだ?
健気? いじらしい? かわいい? 愛おしい?
いや――俺は正直、怖いと思う。
かわいくて素直で恥ずかしがり。いいものをたくさん持っているコだ。
だから考えたこともなかったのだが、俺が「欲しい」のはこの子ではなかったみたいだ。
「そうか。今日は俺も楽しかったよ」
俺は本音を隠して、つまんないほどに無難なことを答えたが、その答えを聞くと、竹美の表情がなぜか一変した。
「だから――やっぱり許せなかったんだよね」
「え…?」
「有君は去年の記念日デートの日、同じクラスの保田さんと一緒だったんだよね?」
「あ…の…」
ここは焦りを押し殺して「何言ってんだよ、違うよ」って答えるべきだったんだと思う。
でも、俺は虚を突かれて取り繕うことができなかった。
いや、取り繕ってももう手遅れだったようだ。
「有君、私たちもう別れよう?」
「え、そんな…」
「私は有君のことが好きで、「つき合いたい」って言われてうれしかったけど、私たち、そういうんじゃなかったんだよね」
「…その…」
「さようなら!」
竹美はそう言うと走り去り、ちょうど公園近くのバス停に到着したバスに乗っていってしまった。
俺たちの家とは違う方向に向かうバスだが、竹美はたぶん何一つ確認せずに乗り込んだのだろう。
慌てて時刻表を確認すると、次のバスは、分岐ルートで全く違う通りに出てしまうようで、竹美の乗ったバスと同じ行先のものは、1時間待たないと来ない。
電話やメッセージを入れるが、どうやらスマホの電源は切ったようだ。
少し考えてから、とりあえず家に帰ることにした。
こんな時間に帰ったら、母親に突っ込まれるだろうな。「夕飯も外で食べる?」とか聞かれたし。
幼いころからのことを思い出しても、竹美と一緒に外に出て別々に家に帰るのは、ひょっとして初めてではないだろうか。
竹美の乗ったバスは、途中で乗り換えできるバス停もある。
土地勘が薄くても、乗り換えアプリでも使えば帰ってこられるだろう。
いくら頼りない子でも、もう高3だ。それくらいはできるはずだ。
「ちょっとあんた、帰り竹美ちゃんと一緒じゃなかったの?どういうこと?」
帰宅から1時間以上経った午後6時。
お隣さんと話していて食い違いでもあったのか、母が俺の部屋のドアをノックしながらそう言った。
竹美が「別の用事を思い出した」と言って、そこからは別行動だと説明した。
突然立ち去ってしまった理由の説明よりも、その方が理解しやすいのではと思ってついたウソ。
母親は、母親の勘か女の勘かは知らないが、いぶかしげな顔をしつつ、「そうなの?」とだけ言った。
(大丈夫だと思うが――せめて…無事帰ってくれ)
俺は無責任にそんなことを思うしかできない。
【『在五忌<Zaigoki> カンバン ニ イツワリ アリ』 了】
◆あとがき◆
高校時代、古典の教科書に載っていた『伊勢物語 「筒井筒」』のくだりは、今思い出しても納得のいかない点があります。
浮気亭主を笑顔で送り出し、化粧して、あまつさえ亭主の身を案じる女性って、重くない?
身分の高い女性が自分でご飯をよそった程度で失望されるって、いくらなんでもなあ…当時は「そういうもの」だったと思えと言われましても…
これは私の性別が女だからというより、単にこの感覚が自分には理解できないだけなのだと思いますが…。いや、やっぱり多少は性別も関係するのかな。
本日5月28日が、『伊勢物語』の主人公のモデルといわれる在原業平の命日なのだと知り、芋づる式にいろいろ思い出して、「お、これはひょっとして良いネタでは」とばかりに勢いで書きました。
個人の考え方やお気持ちでどうとでもなる「理不尽冷め」みたいな話、実は大好きなので、また書いてみたいと思います。
2023年5月28日
1
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/light_novel.png?id=7e51c3283133586a6f12)
優等生の裏の顔クラスの優等生がヤンデレオタク女子だった件
石原唯人
ライト文芸
「秘密にしてくれるならいい思い、させてあげるよ?」
隣の席の優等生・出宮紗英が“オタク女子”だと偶然知ってしまった岡田康平は、彼女に口封じをされる形で推し活に付き合うことになる。
紗英と過ごす秘密の放課後。初めは推し活に付き合うだけだったのに、気づけば二人は一緒に帰るようになり、休日も一緒に出掛けるようになっていた。
「ねえ、もっと凄いことしようよ」
そうして積み重ねた時間が徐々に紗英の裏側を知るきっかけとなり、不純な秘密を守るための関係が、いつしか淡く甘い恋へと発展する。
表と裏。二つのカオを持つ彼女との刺激的な秘密のラブコメディ。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
闇鍋【一話完結短編集】
だんぞう
ライト文芸
奇譚、SF、ファンタジー、軽めの怪談などの風味を集めた短編集です。
ジャンルを横断しているように見えるのは、「日常にある悲喜こもごもに非日常が少し混ざる」という意味では自分の中では同じカテゴリであるからです。アルファポリスさんに「ライト文芸」というジャンルがあり、本当に嬉しいです。
念のためタイトルの前に風味ジャンルを添えますので、どうぞご自由につまみ食いしてください。
読んでくださった方の良い気分転換になれれば幸いです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/light_novel.png?id=7e51c3283133586a6f12)
女難の男、アメリカを行く
灰色 猫
ライト文芸
本人の気持ちとは裏腹に「女にモテる男」Amato Kashiragiの青春を描く。
幼なじみの佐倉舞美を日本に残して、アメリカに留学した海人は周りの女性に振り回されながら成長していきます。
過激な性表現を含みますので、不快に思われる方は退出下さい。
背景のほとんどをアメリカの大学で描いていますが、留学生から聞いた話がベースとなっています。
取材に基づいておりますが、ご都合主義はご容赦ください。
実際の大学資料を参考にした部分はありますが、描かれている大学は作者の想像物になっております。
大学名に特別な意図は、ございません。
扉絵はAI画像サイトで作成したものです。
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる