短編集『サイテー彼氏』

あおみなみ

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お迎えです

本心

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「あなたはミルクだけですね」
「そうだ。君は砂糖2杯にミルクだよね」
「覚えていてくれたのね」

 妻はなぜか、家ではインスタントコーヒーを「まずい…」と言いながらブラックで飲み、カフェではブレンドに「砂糖2プラスミルク」という飲み方を頑なに守っていた。独身時代からこうだ。
 普通に考えたら逆なのだが、彼女の中でのなにがしかのルーチンらしい。

 一度だけ理由を聞いたことがあるが、「理由なんてないわ」とそっけなく言われてから追及するのをやめ、しまいには全く興味がなくなった。

「いい香りね」
「そうだな」

「今日は何をしていたんだ?」
「パッチワークの教室に行ってきました」
「そうか」

 ぽつっ、ぽつっと、無難な話題を出してはふっと消える。
 まるで緩くつくった液でシャボン玉を作っているみたいな気分だ。

「あのな…」
「なあに?」

 小首をかしげて俺を見ながら口角を上げて笑う妻は美しい。
 ひょっとして、結婚前よりもあか抜けたかもしれない。
 そういえば独身時代は、もっとしぐさも豪快で、言葉遣いもラフだった気がする。
 そう昔のことでもないのに、記憶があいまいだ。

「何でも、ない」
「ふふっ。変な人」

 午後5時。
 こんなふうにのんきにコーヒーを飲み、「パッチワークの教室に行っていた」とは言うが、家に帰ればすぐにうまい飯を出してくれるのだろう。

 何も考えずに風呂に入れば、湯上がりにはふかふかのタオルと下着がある。

 もちろん風呂の掃除は行き届いているし、シャンプーもボディソープも、毎日補充しているのではと思うほどたっぷり入っている。

 さてビールでもと思えば、口に出す前に、気の利いたつまみまでささっと作って出してくれる。

 そして「抱きたい」といえば、全く無抵抗に、しかし恥じらいながら、俺の腕におさまるだろう。

 それでも俺は…。

 ▽▽

 俺は、妻を全く愛していないことに気付いてしまっていた。

 もちろん望んで結婚した相手ではあったが、1年経つ前に結婚生活に説明のできない違和感を覚え、その結果が浮気ざんまいだった。
 妻は全てをお見通しだったろう。傷つき、涙したことあるかもしれない。
 それでも俺の前ではいつも笑顔だった。

 俺はそれを見るたび「気味が悪い」と感じ、年月を経るごとに、その思いを強くしていった。

「あの子は中途採用で入ったばかりで、俺が教育係をしている」
「満員電車で香水の香りくらい移るのは当たり前だろう?」
「あれは同僚の奥さんだ。俺とがあったら大問題だよ」

 もう自分でも何を言ったか忘れるほど、言い訳ばかりし続けた。
 核心の部分に迫らないまま、「うそではない」ことを言ってはぐらかすのがポイントである。
 それ以外にも、真っ赤なうそで逃れる場面だってもちろんあった。

 誠実に真摯に話すことを怠っているうちに、本当のことが言えなくなってしまったのだろうか。
 口から出まかせは幾らでも吐けるが、妻に言うべき「本当のこと」を言えない。

「俺と別れてほしい。これ以上君といることはできない」
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