13 / 91
お迎えです
本心
しおりを挟む
「あなたはミルクだけですね」
「そうだ。君は砂糖2杯にミルクだよね」
「覚えていてくれたのね」
妻はなぜか、家ではインスタントコーヒーを「まずい…」と言いながらブラックで飲み、カフェではブレンドに「砂糖2プラスミルク」という飲み方を頑なに守っていた。独身時代からこうだ。
普通に考えたら逆なのだが、彼女の中でのなにがしかのルーチンらしい。
一度だけ理由を聞いたことがあるが、「理由なんてないわ」とそっけなく言われてから追及するのをやめ、しまいには全く興味がなくなった。
「いい香りね」
「そうだな」
「今日は何をしていたんだ?」
「パッチワークの教室に行ってきました」
「そうか」
ぽつっ、ぽつっと、無難な話題を出してはふっと消える。
まるで緩くつくった液でシャボン玉を作っているみたいな気分だ。
「あのな…」
「なあに?」
小首をかしげて俺を見ながら口角を上げて笑う妻は美しい。
ひょっとして、結婚前よりもあか抜けたかもしれない。
そういえば独身時代は、もっとしぐさも豪快で、言葉遣いもラフだった気がする。
そう昔のことでもないのに、記憶があいまいだ。
「何でも、ない」
「ふふっ。変な人」
午後5時。
こんなふうにのんきにコーヒーを飲み、「パッチワークの教室に行っていた」とは言うが、家に帰ればすぐにうまい飯を出してくれるのだろう。
何も考えずに風呂に入れば、湯上がりにはふかふかのタオルと下着がある。
もちろん風呂の掃除は行き届いているし、シャンプーもボディソープも、毎日補充しているのではと思うほどたっぷり入っている。
さてビールでもと思えば、口に出す前に、気の利いたつまみまでささっと作って出してくれる。
そして「抱きたい」といえば、全く無抵抗に、しかし恥じらいながら、俺の腕におさまるだろう。
それでも俺は…。
▽▽
俺は、妻を全く愛していないことに気付いてしまっていた。
もちろん望んで結婚した相手ではあったが、1年経つ前に結婚生活に説明のできない違和感を覚え、その結果が浮気ざんまいだった。
妻は全てをお見通しだったろう。傷つき、涙したことあるかもしれない。
それでも俺の前ではいつも笑顔だった。
俺はそれを見るたび「気味が悪い」と感じ、年月を経るごとに、その思いを強くしていった。
「あの子は中途採用で入ったばかりで、俺が教育係をしている」
「満員電車で香水の香りくらい移るのは当たり前だろう?」
「あれは同僚の奥さんだ。俺と関係があったら大問題だよ」
もう自分でも何を言ったか忘れるほど、言い訳ばかりし続けた。
核心の部分に迫らないまま、「うそではない」ことを言ってはぐらかすのがポイントである。
それ以外にも、真っ赤なうそで逃れる場面だってもちろんあった。
誠実に真摯に話すことを怠っているうちに、本当のことが言えなくなってしまったのだろうか。
口から出まかせは幾らでも吐けるが、妻に言うべき「本当のこと」を言えない。
「俺と別れてほしい。これ以上君といることはできない」
「そうだ。君は砂糖2杯にミルクだよね」
「覚えていてくれたのね」
妻はなぜか、家ではインスタントコーヒーを「まずい…」と言いながらブラックで飲み、カフェではブレンドに「砂糖2プラスミルク」という飲み方を頑なに守っていた。独身時代からこうだ。
普通に考えたら逆なのだが、彼女の中でのなにがしかのルーチンらしい。
一度だけ理由を聞いたことがあるが、「理由なんてないわ」とそっけなく言われてから追及するのをやめ、しまいには全く興味がなくなった。
「いい香りね」
「そうだな」
「今日は何をしていたんだ?」
「パッチワークの教室に行ってきました」
「そうか」
ぽつっ、ぽつっと、無難な話題を出してはふっと消える。
まるで緩くつくった液でシャボン玉を作っているみたいな気分だ。
「あのな…」
「なあに?」
小首をかしげて俺を見ながら口角を上げて笑う妻は美しい。
ひょっとして、結婚前よりもあか抜けたかもしれない。
そういえば独身時代は、もっとしぐさも豪快で、言葉遣いもラフだった気がする。
そう昔のことでもないのに、記憶があいまいだ。
「何でも、ない」
「ふふっ。変な人」
午後5時。
こんなふうにのんきにコーヒーを飲み、「パッチワークの教室に行っていた」とは言うが、家に帰ればすぐにうまい飯を出してくれるのだろう。
何も考えずに風呂に入れば、湯上がりにはふかふかのタオルと下着がある。
もちろん風呂の掃除は行き届いているし、シャンプーもボディソープも、毎日補充しているのではと思うほどたっぷり入っている。
さてビールでもと思えば、口に出す前に、気の利いたつまみまでささっと作って出してくれる。
そして「抱きたい」といえば、全く無抵抗に、しかし恥じらいながら、俺の腕におさまるだろう。
それでも俺は…。
▽▽
俺は、妻を全く愛していないことに気付いてしまっていた。
もちろん望んで結婚した相手ではあったが、1年経つ前に結婚生活に説明のできない違和感を覚え、その結果が浮気ざんまいだった。
妻は全てをお見通しだったろう。傷つき、涙したことあるかもしれない。
それでも俺の前ではいつも笑顔だった。
俺はそれを見るたび「気味が悪い」と感じ、年月を経るごとに、その思いを強くしていった。
「あの子は中途採用で入ったばかりで、俺が教育係をしている」
「満員電車で香水の香りくらい移るのは当たり前だろう?」
「あれは同僚の奥さんだ。俺と関係があったら大問題だよ」
もう自分でも何を言ったか忘れるほど、言い訳ばかりし続けた。
核心の部分に迫らないまま、「うそではない」ことを言ってはぐらかすのがポイントである。
それ以外にも、真っ赤なうそで逃れる場面だってもちろんあった。
誠実に真摯に話すことを怠っているうちに、本当のことが言えなくなってしまったのだろうか。
口から出まかせは幾らでも吐けるが、妻に言うべき「本当のこと」を言えない。
「俺と別れてほしい。これ以上君といることはできない」
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
6
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる