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普通じゃダメ
しおりを挟むコンテナの中のサインペンは同じ色が2、3本ずつ入っているから、大量にあるように見えるが、実際のバリエーションは10色前後だ。
しかしそれだけあれば、組み合わせ次第でいくらでも個性的なものがつくれる。誰が見てもブタと分かるような仕立てにしてもいいし、絵を描いたり、模様をつけたりしてもいいだろう。
アイはユズが作業をしているのを見守りながら、年齢制限があるわけじゃないし、私も申し込めばよかったな…などとチラリと思った。
ミサトに一言いえば、「どうぞどうぞ」と嬉々として籠を持ってくるだろうが、隣にレイコがいる手前、何となく空気を読んで、ギャラリーに徹することにした。
ユズはもともと絵を描いたり、紙粘土で小物を作って絵付けしたりという作業が得意だった。
いつだったかつくった「キャベツ」などは、色や葉脈の表現がかなり見事で、アイはそれを優しく指先でつまんで見つめ、「ドールハウスの小物として使えそうだね」と褒めたことがあった。
一方のイスズは、ユズと同じようにボディ部分を染めるためにピンクを手に取ると、レイコから「ブタだからってピンクじゃなくてもいいんだよ?もっと自由に…」などと、ダメ出しのような言えないアドバイスをされた。
そこで、「じゃ…」とオレンジに持ち直すと、「水色とかどう?ブタにはあまり使わない色で面白いんじゃない?」と言われ、結局イスズのブタはペールブルーベースになった。
その後もイスズはレイコの助言を無視したり聞き入れたりしながら、ボチボチと作業を続けたが、レイコの声がけが増えるに従って、イスズの口数は減っていく。
レイコからは見えていないかもしれないが、アイはイスズの眉間に軽くしわが寄っているのが気になった。
「でーきた!」
ユズのブタさんは、かなりシンプルだった。
ボディはピンクで、黒で目鼻が描き込まれ、胸というか腹の部分にチューリップらしき花の絵か描き入れられている。本人曰く、「黄色と迷ったけど、赤の方がぱっと目立っていいかなと思って」とのことだった。
シンプルではあるが、わかりやすくていい出来だ。
アイはユズが自分の学習机の飾り棚のようなスペースにそれを置くのを想像したが、(親バカの)カズオミに見つかったら、「ユズ、才能あるよ!もっとこういうの作って、いっぱい並べよう!」などといって、飾り用のケースを買ってきそうな気がする。
「ユズちゃん早いね…」
「描きたいの描いただけだから。イズちゃん(とクラスでは呼ばれている)のはすっごいカラフルだね」
「う…ん…」
色数は確かに多いが、そこには迷走のようなものが見られた。コンテナの中にある色を、全部使ったのかもしれない。
「なんか、何がしたいんだか、だんだん分かんなくなっちゃって…」
“イズちゃん”が困っている様子なのを見兼ねて、ユズが「じゃさ…」と口を出しかけたとき、レイコが「ユズちゃんは口を出さないで!イスズは自由な発想でやっているんだから!」となかなかの剣幕で言い、わずかにいた店の買い物客も含め、全員一瞬動きを止めたほどだった。
「あ――すみません。大きい声を出して」
+++
アイがカズオミと結婚前、人に気を遣うあまりに気を病みかけた話は前述したが、そもそもアイは昔から人よりも整った容姿だった上、何でもそつなくこなす少女だった。
高校までの家庭科知識の応用で、自分や家族の洋服は難なく作ってしまうし、料理も菓子づくりも飲み物のアレンジも趣味がよく、結果、少し個性的で女子力の高い大人になった。
アイとしては、自分の好きなことをのんきにこなしていただけなのだが、「アイちゃんのお菓子おいしい」「店で売ってないような服着られてうらやましい~」だけで済まなくなったのは、社会に出てからだった。
そういったスキルや感覚の全てが「男に媚びている」と否定的に言われ、自分の意中の男がアイに興味を示しただけで、「私の男を寝取った」などと言いがかりをつける女もいた(これは学生時代から多少あった)。
そこでアイは「自分」を抑えるようになったが、たまたま少し先輩だったカズオミが、縮こまっていたアイに「空気の無効化」を提案し、何をしても良く言われないなら、いっそ好きなことをやって陰口をたたかれ方がましという意識改革を果たした。
+++
レイコは幼い頃から、周りから一目置かれる人間になりたいと思っていたが、センスや能力が追いつかないし、個性的なファッションに挑戦しても、典型的な「服に着られている」タイプになる。
後に夫となる男性とは高校時代からの付き合いだが、彼はレイコの「ほっとさせる雰囲気」に惹かれていたので、その迷走ぶりを心配しつつ、見守ってきた。
結婚後も、既製服を無難に着こなし、普通にカレーを作り、朝はドリップパックのコーヒーを淹れてくれる妻に十分満足していたが、レイコ自身が「私がしたいのはこんなんじゃない!」と思っていた。
イスズが生まれると、1歳からできるいろいろな習い事をさせてみたが、あまり身が入っているように見えず、大体途中でやめさせた。
イスズだけでなく、子供というのはそんなものだが、レイコにしてみると、「この子にはこの子だけの光るものがあるはずだ」と必死だった。
お絵描きしているときは、「別に当たり前の色で塗らなくてもいいのよ」「緑色のチョウとか、ママは見たことないけど、見てみたいなあ」と言って、個性的な色使いの絵を描かせようとしたが、そういう色彩感覚というのは、大抵幼稚園や小学校の図画工作で「矯正」される。
教師というより周りの子たちに「そんな変なネコ見たことないよ」などと言われ、周囲と同じような絵を描くようになるものだ。
それを「常識にかんじがらめ」ととるか、「そういう意見もある」と考えるかが分かれ道かもしれない。
ユズも、「そんなネコいねーよ」タイプにいろいろ言われたことはあったものの、その日の気分で無難な茶トラやハチワレも描くし、鮮やかなブルーのペルシャ猫も描き続けた。
ネコにダメ出しされた話を家ですると、アイは、「変だって思うのは思う人の自由。それを「ほっとけ」って思うのはユズちゃんの自由だよ。好きにやればいいよ」とだけ言った。
+++
ユズとイスズが同じ学校に入学し、小2で同じクラスになって、そこそこ仲よしになって、2人の母も縁あってPTAで顔を合わせるが、アイのようになりたかったレイコと、レイコのことを「イスズちゃんのお母さん」としか見ていないアイの間に、温度差が生じるのは仕方のないことだった。
「普通のじゃダメなのよ…これだってアートなんだから…個性的で自由でなきゃ…」
無意識にこぼれたような、自分に言い聞かせるようなレイコの言葉を聞き逃さなかったアイは、こう提案した。
「そうだ、青田さん、親子授業の案って何か考えました?」
「え…まだだけど」
思いもよらぬ声がけをされ、レイコが冷静になった――というか、素に戻った感じの返答をした。
「ちょっと思いついたことがあるんですけど、イスズちゃんの絵付けが終わったら、お茶でも飲みながら話しませんか?」
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