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【終】声を聞かせて
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2人が「そういう」関係になった翌週、ユウコは少し遠回りして、ふだんはほとんど行かないドラッグストアでコンドームを買った。
まだ40代のユウコと夫との間には、頻度こそ低いもののそれなりに営みがあったが、さすがに家から避妊具を持ち出す気にはなれない。
アキはアキで、ユウコが帰った後、コンビニ弁当を買うついでに買っていた。
ユウコが屈託なく「忘れないうちに渡しておくね」と長方形の箱を渡されたアキは、「これでしばらく困らないな…」と、照れくさそうな顔をした。
ユウコは買った時の紙袋もレシートも、全てアキの家のごみ箱に捨てた。
いちいちこんな小細工をしなければならないことに、寂しい感情を抱かないではないが、不倫関係というのはそういうものだ。
そうしてでも手に入れたい、甘やかで刺激的なものがあるから、男も女も悪知恵を絞る。
前回の消化不良気味な交わりとは違い、安心して一つになれる。
服を脱がせ合って、前戯のようにシャワーを使って体を洗い合った。
アキはベッドでユウコを組み敷き、ゆっくりと深いキスをした。思えばこれが初めての口づけだ。
唇を離し、上からユウコの惚けたような表情を見たアキは、おずおずと言った。
「ユウコさん…きれい…です」
「ありがとう…あなたもステキよ…アキ…」
ユウコは夫との営みの中で、キスをされるのを避けていた。
やたらと迫ってくる夫の唇を、いつの頃からか忘れたものの、「煩わしい」と思ってしまったのだ。
夫とセックスするのが嫌なわけではないが、それはあくまで生活の一部だ。
夫は優しく常識的な人間で、ユウコが嫌がることを積極的にしようという姿勢は見えない。
だからこう言ってはアレだが、夫にとって自分が性欲処理の「穴」であっても構わないと思っていた。
「自分の機嫌は自分で取る」ユウコにとって、性欲もまた例外ではない。
ネットのR18レベルの描写がある小説を読んで、自分の手で慰め、満たされる――程度のことをするのは朝飯前である。
夫相手には、もうお互いの性欲をぶつけ合うようなセックスは、いい意味で諦めていた。
しかし、今ユウコの目の前にいる相手は、夫ではない。
そもそも不倫や浮気は感心しない行為だが、それにしても「子供の担任教諭」というのは、最悪の相手ではないだろうか。
悪くしたことに、そんな背徳感の強さは、簡単に性的な興奮につながってしまう。
ユウコはアキの、決して巧みとは言えないキスや愛撫に、その技能とは別にところで興奮し、感動し、濡れた。
2階建て1棟に上下2部屋ずつの4部屋。しかもそれぞれの玄関は全く反対側にあって、バスルームとキッチン同士が隣り合っているというアパートの構造上、お互いの家のベランダに出るサッシ戸が開いているのでもない限り、隣室にこちらの声が聞こえる可能性は低いらしい。
それでもユウコは、念のために声を絞った。
夫との交わりとは違い、演技ではなく自然に湧いてくる声だ。
ユウコはその声をぐっと内側にしまい込むことで、逆に快感はいや増しなるのを感じた。
アキが「ユウコさん…入れますよ」と律儀に予告してから、ぐっと深く進んできた。
ユウコは脚を閉じ「膣をこじ開けるように入れて」と頼んだら、戸惑いつつもそのとおりにした。
ちょっとした実験だったが、思ったとおりだ。
こうすると、アキのペニスを挿入されながら、同時にクリトリスをほどよく擦るように刺激されるのだ。
ユウコは自慰のとき、クリトリスを攻める派である。
「あ、あ、あの…」
「どう…しました?」
「イッちゃう…かも…あ、ああん…」
それなりに激しいアキのピストン運動に、ユウコの声が揺さぶられた。
「イキましょう、どこまでも…」
感極まったアキが、ユウコの上半身を抱きしめた。
体勢が少し変わったことで、実際、ヴァギナのあたりの熱く「痛快感」感覚は少し狂ったものの、「好きだ、ユウコ、愛してる…」と耳元でささやくアキの声には、演技やサービスめいたものを感じない。
全身全霊でユウコ自身を欲しがっているのだと、まさに痛感して、軽く涙が出てきた。
アキがコンドームの中に白濁液を出したとき、ユウコはいわゆる絶頂の一歩手前のむず痒い状態だったが、気持ちだけは十分に満たされた。
後処理をした後、ユウコの目元が濡れているのに気づき、アキは「俺、ひょっとして何かしちゃいました?」とうろたえたが、そんな洗練されていない言動がたまらなく愛おしい。
「違うよ、気持ちよくて…だから濡れちゃった」
*****
12月29日。
ユウコは「ちょっと買い物」と言って、日中3時間だけ家を留守にした。
大掃除も済み、サービス業のため年末年始の休みが変則的な夫は出勤し、娘は家で1人で気ままに過ごしていたので、「そ、気を付けて」と、母親の顔も見ずに送り出した。
その20分後には、ユウコは全裸でアキに抱かれていた。
年末年始の休暇でアパートの他の住民が帰省したため、その棟にはアキ1人が残っていたのだ。
「今日は好きなだけ声を出して。このアパートにはユウコさんと俺しかいないから」
ユウコはアキの言葉と優しく激しい愛撫に心を解放し、乱れた。
自分のぽっちゃり体型を、アキはとても好きだと言ってくれるが、やはりアキにマジマジと見られるのははばかられた。
そんなことすらも気にせず、後ろから突かれたり、アキの上にまたがったりと、普段はあまりしない行為も積極的に試した。
ついでに自分に無関心な態度の娘も、仕事に精を出しているであろう夫のことも頭から追い出し、肉欲の限りを尽くす覚悟をした。
例えば全部夫に感づかれていて、今この瞬間に押し入ってきた彼に銃で撃たれたら…。
あるいは刃物で刺されたら…。
そんな妄想さえもセックスの燃料にし、心ゆくまでアキと「愛し合った」。
呼吸の乱れを整えてから服を着て、ユウコが持ってきた焼き菓子を茶請けに、アキの淹れたお茶を飲んで落ち着くのがいつものことだったが、今日はどうしても放散できない熱を抱えたままだと感じた。
「ねえ、ユウコさん」
「なあに?」
「この間の話、考えてくれましたか?」
「あ…」
「俺は本気です。仕事のこととか、新居のこととかも、いろいろ考えてますから」
「…ええ」
「残酷かもしれませんが、あとはユウコさんの次第です」
ユウコの心もまた、ほぼ決まっていた。
(私は家族を捨てるのではなく、あの家を離れるだけ。
そして、ともに生きたい人と、行きたいところに行くだけ。
そんな自由は、どんな人間にもあるはずだ。
妻だから、母親だから、それを諦めなければいけない法はないない。)
こんな狂ったことを正当化するために、心の中で何度唱えた分からない。
そしてそのうち、大変自分に都合のいい言葉を手に入れた。
「私はただ、自分に正直に生きるだけ」と。
もうすぐ年が明けるが、新年になったら、あらゆることがあっという間に変わるだろう。
母が決心を口にし、「恋人」にかたく抱きしめられている頃、ユウコの娘は、リビングのソファで転寝をしていた。
単純なマージゲームをやっていたが、ステージが進んでいくのを楽しんでいるうちにうとうとしてしまったらしく、スマホを取り落とした状態だった。
【了】
まだ40代のユウコと夫との間には、頻度こそ低いもののそれなりに営みがあったが、さすがに家から避妊具を持ち出す気にはなれない。
アキはアキで、ユウコが帰った後、コンビニ弁当を買うついでに買っていた。
ユウコが屈託なく「忘れないうちに渡しておくね」と長方形の箱を渡されたアキは、「これでしばらく困らないな…」と、照れくさそうな顔をした。
ユウコは買った時の紙袋もレシートも、全てアキの家のごみ箱に捨てた。
いちいちこんな小細工をしなければならないことに、寂しい感情を抱かないではないが、不倫関係というのはそういうものだ。
そうしてでも手に入れたい、甘やかで刺激的なものがあるから、男も女も悪知恵を絞る。
前回の消化不良気味な交わりとは違い、安心して一つになれる。
服を脱がせ合って、前戯のようにシャワーを使って体を洗い合った。
アキはベッドでユウコを組み敷き、ゆっくりと深いキスをした。思えばこれが初めての口づけだ。
唇を離し、上からユウコの惚けたような表情を見たアキは、おずおずと言った。
「ユウコさん…きれい…です」
「ありがとう…あなたもステキよ…アキ…」
ユウコは夫との営みの中で、キスをされるのを避けていた。
やたらと迫ってくる夫の唇を、いつの頃からか忘れたものの、「煩わしい」と思ってしまったのだ。
夫とセックスするのが嫌なわけではないが、それはあくまで生活の一部だ。
夫は優しく常識的な人間で、ユウコが嫌がることを積極的にしようという姿勢は見えない。
だからこう言ってはアレだが、夫にとって自分が性欲処理の「穴」であっても構わないと思っていた。
「自分の機嫌は自分で取る」ユウコにとって、性欲もまた例外ではない。
ネットのR18レベルの描写がある小説を読んで、自分の手で慰め、満たされる――程度のことをするのは朝飯前である。
夫相手には、もうお互いの性欲をぶつけ合うようなセックスは、いい意味で諦めていた。
しかし、今ユウコの目の前にいる相手は、夫ではない。
そもそも不倫や浮気は感心しない行為だが、それにしても「子供の担任教諭」というのは、最悪の相手ではないだろうか。
悪くしたことに、そんな背徳感の強さは、簡単に性的な興奮につながってしまう。
ユウコはアキの、決して巧みとは言えないキスや愛撫に、その技能とは別にところで興奮し、感動し、濡れた。
2階建て1棟に上下2部屋ずつの4部屋。しかもそれぞれの玄関は全く反対側にあって、バスルームとキッチン同士が隣り合っているというアパートの構造上、お互いの家のベランダに出るサッシ戸が開いているのでもない限り、隣室にこちらの声が聞こえる可能性は低いらしい。
それでもユウコは、念のために声を絞った。
夫との交わりとは違い、演技ではなく自然に湧いてくる声だ。
ユウコはその声をぐっと内側にしまい込むことで、逆に快感はいや増しなるのを感じた。
アキが「ユウコさん…入れますよ」と律儀に予告してから、ぐっと深く進んできた。
ユウコは脚を閉じ「膣をこじ開けるように入れて」と頼んだら、戸惑いつつもそのとおりにした。
ちょっとした実験だったが、思ったとおりだ。
こうすると、アキのペニスを挿入されながら、同時にクリトリスをほどよく擦るように刺激されるのだ。
ユウコは自慰のとき、クリトリスを攻める派である。
「あ、あ、あの…」
「どう…しました?」
「イッちゃう…かも…あ、ああん…」
それなりに激しいアキのピストン運動に、ユウコの声が揺さぶられた。
「イキましょう、どこまでも…」
感極まったアキが、ユウコの上半身を抱きしめた。
体勢が少し変わったことで、実際、ヴァギナのあたりの熱く「痛快感」感覚は少し狂ったものの、「好きだ、ユウコ、愛してる…」と耳元でささやくアキの声には、演技やサービスめいたものを感じない。
全身全霊でユウコ自身を欲しがっているのだと、まさに痛感して、軽く涙が出てきた。
アキがコンドームの中に白濁液を出したとき、ユウコはいわゆる絶頂の一歩手前のむず痒い状態だったが、気持ちだけは十分に満たされた。
後処理をした後、ユウコの目元が濡れているのに気づき、アキは「俺、ひょっとして何かしちゃいました?」とうろたえたが、そんな洗練されていない言動がたまらなく愛おしい。
「違うよ、気持ちよくて…だから濡れちゃった」
*****
12月29日。
ユウコは「ちょっと買い物」と言って、日中3時間だけ家を留守にした。
大掃除も済み、サービス業のため年末年始の休みが変則的な夫は出勤し、娘は家で1人で気ままに過ごしていたので、「そ、気を付けて」と、母親の顔も見ずに送り出した。
その20分後には、ユウコは全裸でアキに抱かれていた。
年末年始の休暇でアパートの他の住民が帰省したため、その棟にはアキ1人が残っていたのだ。
「今日は好きなだけ声を出して。このアパートにはユウコさんと俺しかいないから」
ユウコはアキの言葉と優しく激しい愛撫に心を解放し、乱れた。
自分のぽっちゃり体型を、アキはとても好きだと言ってくれるが、やはりアキにマジマジと見られるのははばかられた。
そんなことすらも気にせず、後ろから突かれたり、アキの上にまたがったりと、普段はあまりしない行為も積極的に試した。
ついでに自分に無関心な態度の娘も、仕事に精を出しているであろう夫のことも頭から追い出し、肉欲の限りを尽くす覚悟をした。
例えば全部夫に感づかれていて、今この瞬間に押し入ってきた彼に銃で撃たれたら…。
あるいは刃物で刺されたら…。
そんな妄想さえもセックスの燃料にし、心ゆくまでアキと「愛し合った」。
呼吸の乱れを整えてから服を着て、ユウコが持ってきた焼き菓子を茶請けに、アキの淹れたお茶を飲んで落ち着くのがいつものことだったが、今日はどうしても放散できない熱を抱えたままだと感じた。
「ねえ、ユウコさん」
「なあに?」
「この間の話、考えてくれましたか?」
「あ…」
「俺は本気です。仕事のこととか、新居のこととかも、いろいろ考えてますから」
「…ええ」
「残酷かもしれませんが、あとはユウコさんの次第です」
ユウコの心もまた、ほぼ決まっていた。
(私は家族を捨てるのではなく、あの家を離れるだけ。
そして、ともに生きたい人と、行きたいところに行くだけ。
そんな自由は、どんな人間にもあるはずだ。
妻だから、母親だから、それを諦めなければいけない法はないない。)
こんな狂ったことを正当化するために、心の中で何度唱えた分からない。
そしてそのうち、大変自分に都合のいい言葉を手に入れた。
「私はただ、自分に正直に生きるだけ」と。
もうすぐ年が明けるが、新年になったら、あらゆることがあっという間に変わるだろう。
母が決心を口にし、「恋人」にかたく抱きしめられている頃、ユウコの娘は、リビングのソファで転寝をしていた。
単純なマージゲームをやっていたが、ステージが進んでいくのを楽しんでいるうちにうとうとしてしまったらしく、スマホを取り落とした状態だった。
【了】
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