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電話口でおやすみ
オチ
しおりを挟む俺が塾から8時少し前に戻るなり、姉が「お帰り」と同時にこう言った。
「今日はあんたの学校の子が、留守中3人電話よこしたよ?」
「誰?」
「1人はいつもの佐久間君だけど、あとの2人は名乗らないし、用件も言わなかったの」
「はあ?何で聞かないんだよ?」
「聞いたら切られちゃったんだもの」
「イタズラ電話じゃん、そんなの」
「名指しで?」
「ああ――まあ、そうだな…」
姉にしては鋭い?ことを言ったので、俺もさすがに不思議に思った。
番号なんてクラス名簿か緊急連絡網を見れば誰でも分かるし、うちの姓は市内に2、3軒らしいから、五十音順電話帳でも簡単に調べられる。つまり、個人の特定は難しいだろう。
嫌がらせとかじゃなければまあいいんだが(身に覚えはナイ)、気持ちのいいもんじゃないな。
▽▽
それから何カ月か、そういうことが忘れた頃にボツボツあった。
俺に用事なら、翌朝学校で言うだろうと気にも止めていなかったが、そういえば「お前んちに電話したぞ」と言われたことがない。
若干気持ち悪いと思いつつも、3年になるころにはほぼ止んでいたので、あまり気にもとめなかったのだが、謎はそれから20年以上経ってから、同窓会の酒席で解けた。
▽▽
「俺さ、お前が不在のときねらって、お前んちに何度か電話したことあるんだわ」
どんなきっかけだったか忘れたが、中学時代比較的仲のよかった前田が、酔った勢いでそんな話を振ってきた。
「不在をねらった?何でまた…」
「お前んち、姉ちゃんが必ず電話出るって聞いて…」
前田によると、当時『恋してルーク』(ラブコメだが男にも人気があった)なるアニメに出ていた堀尾美奈子という人気声優兼歌手がいて、姉の声は(少なくとも電話を通すと)その声優にそっくりだったという。歌唱力が高く、透明感のある愛らしい声が大変に受けていたようだ。
「佐久間の話聞いて、ほったん(堀尾の愛称)そっくりの声で「おやすみ」って言ってもらえるかもって期待してかけたやつ、ほかにもいたみたいだぞ」
「そりゃまた物好きな…」
要するに、おもちゃ販促用の「ミカちゃんテレフォン」みたいな人気だったということか。謎が解けてすっきりしたものの、複雑な思いもやはりある。
ほったんボイスの使い手として局地的に人気があったらしい姉は、今や40を超え、5人の子宝に恵まれ、大分声も(体も)太ましくなってきたのだが、それは言わない方がいいのだろう。
姉より多分10歳以上年上だった本家「ほったん」の方は、今でもオールドファンから「ほったん」と呼ばれ、CDなどもそこそこ売れていると聞く。プロとアマチュアの違いを見せつけられる話ではないか。
▽▽
ちなみに「おやすみ」のうっかり発言は、俺が佐久間から話を聞いた日に「恥ずかしいから気を付けろよ!」ときつめに言ったので、その後は細心の注意を払っていたのか、結局そのワードを引き出すことはできなかったらしい。
「(サービスのつもりで)『おやすみ』って言ってやって」とけしかけたら、一商売になったかもしれないなどと、ゲスいことを考えてしまった。
【『電話口でおやすみ』了】
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