短編集「つばなれまえ」

あおみなみ

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栗林の見える部屋 マミちゃんにとっての「銀の匙」は、緑と紫のペンでした。

訃報【終】

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 さて、いろいろと言語化が難しかった6歳当時の記憶を、マミちゃんはちょっとしたきっかけで時々思い出していましたが、それから10年ほど経ったある日、たまたま地方紙で「旅館いけはた社長 池端幸三こうぞう氏死去 享年72 葬儀は~」といった物故者の記事を見つけたのですが、「喪主は妻弓子氏」と書いてありました。

「これ、ゆみこさんだ!」
「え?どこのゆみこさん?」

 たまたま居合わせた母親が怪訝そうに尋ねたので、自分が幼稚園年長の頃の記憶をざっと母に語って聞かせました。
「よく覚えていたね。そう、弓子さんは「いけはた」の女将おかみさんで…おばあちゃんの幼馴染だよ」
「え、うそだ」
「何がうそなの?」
「だってすごく若かったよ?」

 高校生くらいの人より上は全員「大人」だと思っている6歳児が、的確に年齢を「〇歳ぐらい」ということはできませんが、少なくとも当時のおばあちゃんよりも、大分若いということだけは分かりました。
「亡くなった社長さんもおばあちゃんと同い年だし、弓子さんだって70歳ぐらいじゃないかな」
「えー…」

 そこでマミちゃんは、全てがつながった気がしました。
 あのとき私が「よく分からない寄せ集め」で迎え入れられた背景には、弓子さんの「年齢」も実は関係していたのではないか?と。
 「子供はお絵描きが好き」「子供はお菓子あてがっておけばいい」という発想に基づき、多分「描(書く)くものない?サインペンでいいか」「紙は――チラシで十分」「買い置きのお菓子を出せばいいか」的な感じで、あれらがマミちゃんの前に差し出されたのかもしれません。

 「弓子さん」は若くてきれいで優しくて、かっこよく着物を着た女性でしたが、そんな舞台裏を想像すると、何だか親しみが湧いてきます。

「おばあちゃんはきっとお葬式に行くよね?」
「そうね、行くでしょうね」
「私も行ったらダメかな?」
「えー。私じゃ何ともだな。まあ相談してみなよ」
「うん」

 私が高校の制服を身に着けて、神妙な顔で「ご愁傷様です」なんて言ったら、「弓子さん」はどう思うかな?思い出してくれるかな?などと、女子高生になっていたマミちゃんは、ちょっと不謹慎カジュアルなことを考えておりました。

【『栗林の見える部屋 マミちゃんにとっての「銀の匙」は、緑と紫のペンでした。』了】
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