短編集「つばなれまえ」

あおみなみ

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お姉ちゃんになった日~いちばん初めのプレゼント

家族の風景

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 その日は木曜日だったが、父は会社を休むと言っていた。
 病院の母に付き添うためらしい。

「大丈夫だとは思いますが、5年ぶりだし年だし、念のためです」
「悪いね、コウ君」

 祖母も祖父も父のことを「コウ君」と呼んでいた。
幸次郎こうじろう」という名前で、養子縁組はしなかったが(高校生のとき、戸籍抄本だか謄本だかを自分で取りにいき、母が戸籍の筆頭者というのを初めて知った)、ひとりっ子だった母の両親との同居を厭わなかったところが気に入られたらしい。
 祖父母と父の関係は、少なくとも私には良好に見えたが、父はずっと敬語で話していた。

 当時母は33歳だった――ようだ。
 時代が進んで晩婚化すると、その年齢で初産という女性も全く珍しくないけれど、その頃は30過ぎると「年だし」などと言われてしまっていたのだろう。お産も3回目とはいえ、慎重派の父は大事をとったようだ。

「幼稚園から帰ってくる頃には、お姉ちゃんになっているかもしれないぞ」
「お姉ちゃん!」

 兄の方を見ると、したり顔でうなずいていた。「な?だから言ったろう?」という表情だ。

「お母さんのことはお父さんにまかせて、元気で幼稚園に行っておいで」
「うん!」

 短絡的な子供の頭の中には、「幼稚園から帰って家の玄関をくぐると、玄関先に赤ちゃんが」という図が浮かんでいた。
 少し前に読んでもらった「にほんむかしばなし」の農作業風景の挿絵みたいに、えずこに入っていて、おすまししたひな人形みたいな顔だった。

◆◆

 いつもの幼稚園、のつもりで臨んだけれど、「家に帰ればお姉ちゃんデビューかも」ということで、内心はかなり浮かれていた。
 ただ、「いろいろ落ち着くまで、余計なことはしゃべるな」と言われていたので、仲のいいカオリちゃんとユミちゃんとアカリちゃんにだけ「おとーといもーとができる」と話して、いつものように過ごしたつもりだった。
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