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【2】みるくまんじゅう
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あと1カ月で引っ越しというある日、私は突然、「みるくまんじゅう(1個100円)が食べたい!」という衝動に駆られた。
みるくまんじゅうというのは、片山市内に本店がある菓子店・千石堂の一番人気商品で、お土産物的には、ライバル店くぬぎ屋の「姫まんじゅう(同90円)」と人気を二分している。
ミルク風味のあんが優しい、西洋まんじゅうという風情のお菓子で、多分全国に類似のお菓子があると思うが、東京でも手に入りやすいし、東日本での知名度はまあまあ高い方ではないだろうか。
それまでは、もらえば食べる程度の「嫌いじゃない」お菓子の部類だったが、自分から求めて買うのは初めてだ。
本店か少し大きめの支店でならバラで買えるので助かる。ついでに千石堂のもう一つの人気商品「くるみぱい(同150円)」と、消費期限の短さから、地元でも知らない人の多い「へそくりまんじゅう(同70円)」も1つずつ買った。
さて、これをどこで食べたものか?
家に帰ってお茶を淹れてとも考えたけれど、天啓でも受けたように、あるお店の存在が頭に浮かんだ。
行ったことはないけれど、片山郵便局本局の裏手の方に「キャリコ」という喫茶店があり、そこはコーヒーの味が評判なのとともに、軽食やお菓子の持ち込みが可能ということで、結構人気らしい。
ただ、あまり大きな店ではないので、すぐ満席になってしまうというから、座れるかどうかは分からない。
その日は天気は悪くなかったので、自転車で移動していた。
ダメだったら近くの五十鈴川公園で、温かな飲み物でも買って食べればいいかと、前向きな気持ちで「キャリコ」を目指して自転車を転がした。
▽▽
初めて訪れた「キャリコ(コーヒー屋、という意味らしい)」では、細身でカーリーなへアスタイルの、多分30歳くらいの店長さんが「らっしゃいませー」と、細い声で言った。
白地に茶色の細いボーダーが入ったカットソーを着て、胸に「CALICO」と白抜きロゴのある茶色のエプロンを着け、その上からダンガリーシャツをジャケットみたいに羽織っている。
なぜだか「無印」とあだ名をつけたくなる雰囲気のある男性で、にこやかというほどではないが、感じの悪い人ではない。
カウンターとテーブル席で、15、6人で満席って感じだろうか。そのときは、年配の男性と、若いサラリーマン風の男性客がカウンターにいた。
「ブレンド(400円)一つください」と、私はメニューをろくに見ずにいった。
「はーい、お持ちくださーい」
注文してからメニューを見たら、「その日のケーキ 1ピース400円」というのがあって、「1日1台だけ、あの天才・橋本耕造氏が当店のために提供してくださってます。きまぐれパティシエの味、ご堪能あれ!」という結構すっとこどっこいな雰囲気の宣伝文が書いてあった(無印店長が書いたのかな…?)。
ショーケースを見ると、2ピースだけ残っている。何時ごろのご提供かは分からないけれど、まだ午後2時の時点で多分10個(12分割想定)はけてしまっているのだから、そうとうな人気商品なのだろう。もし、みるくまんじゅうほか2品の持ち込みをしていなかったら、注文していたかもしれない。
「お待たせ~」という店長の声とともに、ポーションミルクが一つだけついたカップ&ソーサーが席に届いたので、私は千石屋の紙袋を取り出し、中から菓子を出した。
「お客さん、随分甘党みたいだね」
店長がからかい口調で言った。
「ああ、まあ…」
「若さがうらやましいよ。無敵の新陳代謝で全然太らないんだよね~」
私は身近で、その思い込みに乗っかり過ぎ、中年以降微妙な感じになっている両親を見ているので、一応食べたら動く!だけは今から実践している。
コーヒーを淹れてくれたマスターへの礼儀として、お菓子を口に入れる前に、コーヒーを一口だけ飲んだ。
違いが分かるおんなではないが、普通においしいと思う。
みるくまんじゅうとくるみぱいは何度も食べたことがあったので、まずはへそくりまんじゅうから食べた。
優しい塩味の味噌あん。気に入ったけれど、どっちかというと日本茶の方が合いそうだ。
そしてみるくまんじゅう、くるみぱいの順で少しずつ食べ、コーヒーを堪能した。
お昼を軽めにしてよかった。甘いせいもあるだろうけど、小さな菓子3つで大分満腹中枢が刺激されたというか、「もうたくさん」になった。
おいしいものは、「もっと食べたいな」って思うくらいの量が適量だって、誰かが言ってたっけ。
このキャリコなるお店も、少しとぼけた感じの店長が淹れるコーヒーはおいしいし、また来てみたい。「その日のケーキ」を話のタネに食べてみてもよさそう。
◇◇◇◇◇◇
【元ネタ集】
〇千石屋「みるくまんじゅう」「くるみぱい」「へそくりまんじゅう」
それぞれ三万石の「ままどおる」「エキソンパイ」「ほまちまんじゅう」を想定して書きました。
「まま」「エキ」はそこそこ知名度があると思いますが、素朴な甘みで知る人ぞ知る銘菓「ほまちまんじゅう」は、びっくりするくらい消費期限が短いのです。
〇五十鈴川公園
郡山市のシンボル的存在「開成山公園」がモデルです。作中の名前は園内にある五十鈴湖(池)から取りました。
〇くぬぎ屋の「姫まんじゅう」
日本三大饅頭の一つとも言われているらしい「柏屋の薄皮饅頭」がモデルです。
くぬぎ屋の定例イベントに特化した短編集もあり、後日アップ予定です。
○喫茶店「キャリコ」
第8話に再び登場しますので、またそちらで。
みるくまんじゅうというのは、片山市内に本店がある菓子店・千石堂の一番人気商品で、お土産物的には、ライバル店くぬぎ屋の「姫まんじゅう(同90円)」と人気を二分している。
ミルク風味のあんが優しい、西洋まんじゅうという風情のお菓子で、多分全国に類似のお菓子があると思うが、東京でも手に入りやすいし、東日本での知名度はまあまあ高い方ではないだろうか。
それまでは、もらえば食べる程度の「嫌いじゃない」お菓子の部類だったが、自分から求めて買うのは初めてだ。
本店か少し大きめの支店でならバラで買えるので助かる。ついでに千石堂のもう一つの人気商品「くるみぱい(同150円)」と、消費期限の短さから、地元でも知らない人の多い「へそくりまんじゅう(同70円)」も1つずつ買った。
さて、これをどこで食べたものか?
家に帰ってお茶を淹れてとも考えたけれど、天啓でも受けたように、あるお店の存在が頭に浮かんだ。
行ったことはないけれど、片山郵便局本局の裏手の方に「キャリコ」という喫茶店があり、そこはコーヒーの味が評判なのとともに、軽食やお菓子の持ち込みが可能ということで、結構人気らしい。
ただ、あまり大きな店ではないので、すぐ満席になってしまうというから、座れるかどうかは分からない。
その日は天気は悪くなかったので、自転車で移動していた。
ダメだったら近くの五十鈴川公園で、温かな飲み物でも買って食べればいいかと、前向きな気持ちで「キャリコ」を目指して自転車を転がした。
▽▽
初めて訪れた「キャリコ(コーヒー屋、という意味らしい)」では、細身でカーリーなへアスタイルの、多分30歳くらいの店長さんが「らっしゃいませー」と、細い声で言った。
白地に茶色の細いボーダーが入ったカットソーを着て、胸に「CALICO」と白抜きロゴのある茶色のエプロンを着け、その上からダンガリーシャツをジャケットみたいに羽織っている。
なぜだか「無印」とあだ名をつけたくなる雰囲気のある男性で、にこやかというほどではないが、感じの悪い人ではない。
カウンターとテーブル席で、15、6人で満席って感じだろうか。そのときは、年配の男性と、若いサラリーマン風の男性客がカウンターにいた。
「ブレンド(400円)一つください」と、私はメニューをろくに見ずにいった。
「はーい、お持ちくださーい」
注文してからメニューを見たら、「その日のケーキ 1ピース400円」というのがあって、「1日1台だけ、あの天才・橋本耕造氏が当店のために提供してくださってます。きまぐれパティシエの味、ご堪能あれ!」という結構すっとこどっこいな雰囲気の宣伝文が書いてあった(無印店長が書いたのかな…?)。
ショーケースを見ると、2ピースだけ残っている。何時ごろのご提供かは分からないけれど、まだ午後2時の時点で多分10個(12分割想定)はけてしまっているのだから、そうとうな人気商品なのだろう。もし、みるくまんじゅうほか2品の持ち込みをしていなかったら、注文していたかもしれない。
「お待たせ~」という店長の声とともに、ポーションミルクが一つだけついたカップ&ソーサーが席に届いたので、私は千石屋の紙袋を取り出し、中から菓子を出した。
「お客さん、随分甘党みたいだね」
店長がからかい口調で言った。
「ああ、まあ…」
「若さがうらやましいよ。無敵の新陳代謝で全然太らないんだよね~」
私は身近で、その思い込みに乗っかり過ぎ、中年以降微妙な感じになっている両親を見ているので、一応食べたら動く!だけは今から実践している。
コーヒーを淹れてくれたマスターへの礼儀として、お菓子を口に入れる前に、コーヒーを一口だけ飲んだ。
違いが分かるおんなではないが、普通においしいと思う。
みるくまんじゅうとくるみぱいは何度も食べたことがあったので、まずはへそくりまんじゅうから食べた。
優しい塩味の味噌あん。気に入ったけれど、どっちかというと日本茶の方が合いそうだ。
そしてみるくまんじゅう、くるみぱいの順で少しずつ食べ、コーヒーを堪能した。
お昼を軽めにしてよかった。甘いせいもあるだろうけど、小さな菓子3つで大分満腹中枢が刺激されたというか、「もうたくさん」になった。
おいしいものは、「もっと食べたいな」って思うくらいの量が適量だって、誰かが言ってたっけ。
このキャリコなるお店も、少しとぼけた感じの店長が淹れるコーヒーはおいしいし、また来てみたい。「その日のケーキ」を話のタネに食べてみてもよさそう。
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【元ネタ集】
〇千石屋「みるくまんじゅう」「くるみぱい」「へそくりまんじゅう」
それぞれ三万石の「ままどおる」「エキソンパイ」「ほまちまんじゅう」を想定して書きました。
「まま」「エキ」はそこそこ知名度があると思いますが、素朴な甘みで知る人ぞ知る銘菓「ほまちまんじゅう」は、びっくりするくらい消費期限が短いのです。
〇五十鈴川公園
郡山市のシンボル的存在「開成山公園」がモデルです。作中の名前は園内にある五十鈴湖(池)から取りました。
〇くぬぎ屋の「姫まんじゅう」
日本三大饅頭の一つとも言われているらしい「柏屋の薄皮饅頭」がモデルです。
くぬぎ屋の定例イベントに特化した短編集もあり、後日アップ予定です。
○喫茶店「キャリコ」
第8話に再び登場しますので、またそちらで。
応援ありがとうございます!
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