両親のこと

あおみなみ

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母【本音】

にがくて あまい

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 母は甘いものが好きでした。

 若い頃はバレーボールや卓球をやっていたそうですが、だんだんスポーツから縁遠くなり、私が物心ついた頃、すなわち30代の彼女は、ぽっちゃりを通り越して肥満体だったので、私の小学校時代は、それをネタに同級生にからかわれたりしました。
 そういう体になると、なお体を動かすことが億劫になりますから、肥満は肥満のままだし、糖尿にもなろうというものです。

 ただ、先日デイサービスの人に見せてもらった資料には愕然としました。ここ2年で20キロもやせているのです。
 健康のためにダイエットしたからではありません。単純に「食べていないから」です。

 それでも、自分と体重の変わらない成人をお姫様抱っこすることもできないので、半分寝てしまった状態の母をベッドに寝かせるのは、いつもなかなかの重労働でした。
 いつだったかeテレで見た、「古武術を介護に生かす」みたいな番組、もっとまじめに見ておくんだった――という後悔もむなし、です。

 母と変わらないか、ひょっとしたらもっと高齢かもしれない女性が、よろよろしながらも杖をついて歩いているのを見て、「いいなあ…」と思ったこともあります。
 乳幼児子育て期に、自分の子より少し月齢の高い赤ちゃんの母親を見て、「楽そうでうらやましい」と思うことがありますが、あれに似た状態かも。

 母は歩行器を使わないと歩けない状態だったので、「ちょっとした買い物」もできていませんでした。
 だからここ1年の私の主な仕事は、買い物代行や銀行の手続など。
 いつかは車いすを使ってショッピングモール内の「お買い物散歩」に連れていきたいと思っていましたが、結局かなわずです。

 母は、ブラックウオッチの服や小物が好きでした。
 ショッピングモールでそういうパジャマやポーチを見つけてプレゼントするのもよかったかも。

 母は私よりも読書傾向が若く、東野圭吾さんや朝井リョウさんの本なども、積極的に図書館で借りて読んでいたようです。
 本屋さんでお勧めを聞いたりするのもよかったかな。読むか読まないかはともかくとして。

◇◇◇

 お互い若くて元気な頃は、根本的に性格の合わなさを感じたし、嫌なことを言われたり、ちょこちょこと金の無心されたりするのが嫌で、好きになれない人でした。
 そして晩年は、仕事中に「忙しいところごめんなさいねえ」と買い物を頼み、行ったら行ったで「無理しなくていいんだよ?」などと言う、気の使いどころを完全に間違えている母に苛立ちを隠しきれず、自覚できる程度の「尖った声」を出していました。

 今になって悔やんでも仕方ないことを、やはり考えてしまいます。

 せめてもう少し優しい気持ちで接することができたら…。
 確かにそういう気持ちを持ちづらい状況ではあったものの、あんたもいい大人なんだから、もっと「やれた」でしょ、と。

 コンビニで評判のスイーツを持っていき、「テレビで見たやつだ!」とうれしそうに、おいしそうに食べてくれたのは、今年の6月より前の、もう少し元気な頃でした。
 あの程度を「ちょっと幸せ」とか、ぬるいこと言えていた頃が、どれだけ幸せだったかと、大した前でもないのに思い出します。

 余談ですが、私が長女を出産した当時、生まれ故郷から400キロ近く離れた街で働いていたのですが、母は里帰り出産しなかった私のために、1週間だけ手伝いにきてくれました。
 テレビでマクドナルドのCMを見て、私が「あー、食べたい」と言ったら、母はチーズバーガーセット(ご丁寧にコーラまでつけて)を繁華街の店で買ってきました。「ドリンク付きがお得です」などと言われるままだったのでしょう。溶けた氷で薄くなったコーラも、母の厚意だと思ってありがたく飲みました。

 また、昼下がりに2時間サスペンスを一緒に見たりしました。過去の再放送を毎日ランダムに流していたのですが、見たことがないものばかりで、結構楽しめました。
 母はそのときのことについて後々「あのときは楽しかったあ」と言っていました。
 テレビ大好きな母でしたが、亡くなる直前は、見るともなしにつけたはいいけれど、「やかましいから消してくれ」と言うこともありました。

◇◇◇

 ここ1、2カ月、全体的に元気がありませんでしたが、多分一番元気がなかったのは「頭」だと思います。
 私はその原因の全てを、「ご飯食べない、薬飲まない」というあの生活態度のせいだと思っていました。

 少し刺激的な食べ物ならどうだろうと思い、9月4日の夕飯時、サイゼリヤでミラノ風ドリアとフォカッチャをテイクアウトしました。若い頃は好んで食べていたたぐいのものです。
 私が見ているところでは、「こんなもの食べたことない。おいしそうだね」と言いましたが、実は全く手をつけていなかったことは、後日寝室を簡単に掃除していて分かりました。

 旦那氏とも意見が一致したので、「思っていたのは私だけではない」ということに気が楽になり、あえて言います。
 最近の母の「食べない、飲まない」態度は、ずばり「緩慢な自殺」だったのではないかと。

 寝顔が安らかそうだったのが、優しくないわたしなんかに対する母の優しさだったのかもしれません。

 「お母さん、いつもイライラしていてごめんなさい。どうか安らかにお休みください」
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