両親のこと

あおみなみ

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父【記憶】

3児の父親

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『ビッグ・フィッシュ』というアメリカ映画がある。
 私はまだ見ていないが、ほら抜きの父親が出てくる話だというのは情報として持っている。

 今思うと、父も多分ホラ吹きだった。というか、最近の言葉でいう嘘松ウソマツ的な話をよくしていたから、ホラというよりは「うそをついていた」のかもしれないが、今となってはどちらでもいい。

◇◇◇

 私の実家の近くには、広い芝生、よどんだ池、遊具のある中規模の公園があって、ベンチがあちこちに点在しているので、老若男女の憩いの場となっていた。

 父は「嫁ぎ先」の様子をざっと見るため、しばしば家の近所を散歩していたが、その途中でそのうちの一つに腰を下ろし、一服していた。
 すると「隣、いいですか?」と、寝間着姿だが人品いやしからぬ老人が座ってきて、あれこれと一方的に話し始めた。
 老人の話題は政治、経済、カルチャー、サイエンスと多岐にわたり、饒舌だが押しつけがましさもなく、父は時々相槌を打ちながら興味を持って聞いていたそうだ。

 そこに看護婦(当時の呼び方)らしき女性が近づいてきて、「さあ、もう時間ですよ」と、その人に帰るように促しながら、父に「この人、何か失礼なことを言いませんでしたか?」と言った。

「いや、とても楽しくて有意義なお話を聞きましたが…」
「ならいいんですけど…私、この近くのH病院の者なんですが、この人はそこの入院患者なんです」

 H病院というのは、その地区では精神科で有名だった。
「キ●ガイ病院」「イエロー・ピーポー(**下記注)」などと、小学生が面白半分に言い、まだポリコレも人権意識も薄い時代の話である。当然父も、「ヤバいが面白い話」としてこれを子供たちに語って聞かせたし、私たちにとっても「すべらない話」のポジションだったので、何度聞いても笑っていた。


**
黄色いイエロー救急車ピーポー
「頭のおかしい人は、黄色い救急車で精神病院に入れられる」という雑な都市伝説があった。

私は「精神病院に入院している人が、そう簡単に外出ってできるのか?」という素朴な疑問から、この話をずっと疑っていたのですが、私の次女が働いていた商業施設の近くに精神科のある病院があり、入院患者さんが割と高い頻度で来店すると聞いたことと、2019年の映画『閉鎖病棟』を見て、外出や外泊は普通にあるんだなと知り、少し認識を改めました。

◇◇◇

 ホラ話とは少々性質が違うのだが、やり方が悪かったら偽計業務妨害の罪に問われそうな逸話もある。
 と書くとオダヤカではないが、突っ込まれたときの保険みたいなものなので、軽く流していただきたい。

 母は私の小学校入学と同時にフルタイムで働きに出て、仕事関係の交際が広がったので、夜に不在のことも多かった。
 祖父母と同居だったので、子供だけというシチュエーションはそもそも避けられたのだが、父は、母がいないのをいいことに、面白半分で「東京の一流ホテルに電話してみるぞ」と言い出した。

 そこは子供でも名前ぐらいは知っているような超一流有名ホテルだが、何のためにかけたかというと、「電話して、予約したいような気色を見せ、バイキング(ビュッフェ)の内容などを聞いた上で、『検討して、再度ご連絡します』などと言いつつ切る」のだ。当然、などない。

「…なんてな」
「いたずら電話はダメだよ」
「いたずらじゃない。泊まる気もないくせに予約したらいたずらだけど、そうじゃない」
「うん…?あ、そっか…」

 今となってみると、これの何が面白いのかさっぱり分からないのだが、田舎の庶民の家と、超一流ホテルが電話でつながっているという非日常性が「面白い」と父は思ったらしい。
 私も兄も、これがいいことだとは思っていなかったものの、少し興奮はしていたし、弟はよく分からないまま、パチパチと手を叩いて喜んでいた。

◇◇◇

 昔、父が地元ラジオ局の「のど自慢」番組に出場して、記念品をもらったことがあった。
 電話の受話器に向かって歌い、「良いお声ですねえ」などと言われ、満更でないような顔をしていた。放送日には、みんなで脚のついたステレオを見つめながら聞いていた。
 テレビを見る人が減った令和の世では想像しにくいかもしれないが、一家でテレビを見るようなノリで、ラジオ(ステレオ)を見つめていたのだ。

 若い人には一言一句「いったい何言ってんの?」という話だろうが、そういう時代が確かにあった。
 歌ったのは、伊藤久男の『暁に祈る』だった。

***

 甘いものが嫌いではなかったが、一口食べれば満足したので、「一口くれ」とケーキやアイスクリームを私たち(主に私)にねだっていた。そのせいか、太りやすかった母と比して、何十年も体重が変わらず、健康状態もまずまずだった。

***

 『小公女セーラ』のアニメをテレビで放送していた頃、たまたま見てどハマリし、「セーラちゃんが不憫で不憫で」ばかり言ってウザいので、私が7歳のときに買ってもらった原作本を貸したら、「セーラちゃん、もう少しの我慢だぞ」などと言いつつ、翌週から安心して見るようになった。

***

 母が少しの間入院したとき、私がつくった水っぽい肉じゃがを、一口食べるたびに「うまい」「うまい」と、テンションの低い煉獄杏寿郎みたいな様子で食べていたのは、私が高3のときだったか。

***

 私がその母の見舞いに友人と行こうとしたとき、たまたま病院から出てきた父とばったり出くわし、私が友人連れであることに気づかなかったのか、「お父さん今日、仕事中に『子猫物語』見ちゃったよ。チャトランがかわいくてなあ。お前も見るといい」と、でかい声でカマしやがった。


 父についての一応微笑ましいエピソードを脈絡なく思い出してみると、こんな感じである。
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