8 / 15
父【記憶】
3児の父親
しおりを挟む『ビッグ・フィッシュ』というアメリカ映画がある。
私はまだ見ていないが、ほら抜きの父親が出てくる話だというのは情報として持っている。
今思うと、父も多分ホラ吹きだった。というか、最近の言葉でいう嘘松的な話をよくしていたから、ホラというよりは「うそをついていた」のかもしれないが、今となってはどちらでもいい。
◇◇◇
私の実家の近くには、広い芝生、よどんだ池、遊具のある中規模の公園があって、ベンチがあちこちに点在しているので、老若男女の憩いの場となっていた。
父は「嫁ぎ先」の様子をざっと見るため、しばしば家の近所を散歩していたが、その途中でそのうちの一つに腰を下ろし、一服していた。
すると「隣、いいですか?」と、寝間着姿だが人品いやしからぬ老人が座ってきて、あれこれと一方的に話し始めた。
老人の話題は政治、経済、カルチャー、サイエンスと多岐にわたり、饒舌だが押しつけがましさもなく、父は時々相槌を打ちながら興味を持って聞いていたそうだ。
そこに看護婦(当時の呼び方)らしき女性が近づいてきて、「さあ、もう時間ですよ」と、その人に帰るように促しながら、父に「この人、何か失礼なことを言いませんでしたか?」と言った。
「いや、とても楽しくて有意義なお話を聞きましたが…」
「ならいいんですけど…私、この近くのH病院の者なんですが、この人はそこの入院患者なんです」
H病院というのは、その地区では精神科で有名だった。
「キ●ガイ病院」「イエロー・ピーポー(**下記注)」などと、小学生が面白半分に言い、まだポリコレも人権意識も薄い時代の話である。当然父も、「ヤバいが面白い話」としてこれを子供たちに語って聞かせたし、私たちにとっても「すべらない話」のポジションだったので、何度聞いても笑っていた。
**
黄色い救急車
「頭のおかしい人は、黄色い救急車で精神病院に入れられる」という雑な都市伝説があった。
私は「精神病院に入院している人が、そう簡単に外出ってできるのか?」という素朴な疑問から、この話をずっと疑っていたのですが、私の次女が働いていた商業施設の近くに精神科のある病院があり、入院患者さんが割と高い頻度で来店すると聞いたことと、2019年の映画『閉鎖病棟』を見て、外出や外泊は普通にあるんだなと知り、少し認識を改めました。
◇◇◇
ホラ話とは少々性質が違うのだが、やり方が悪かったら偽計業務妨害の罪に問われそうな逸話もある。
と書くとオダヤカではないが、突っ込まれたときの保険みたいなものなので、軽く流していただきたい。
母は私の小学校入学と同時にフルタイムで働きに出て、仕事関係の交際が広がったので、夜に不在のことも多かった。
祖父母と同居だったので、子供だけというシチュエーションはそもそも避けられたのだが、父は、母がいないのをいいことに、面白半分で「東京の一流ホテルに電話してみるぞ」と言い出した。
そこは子供でも名前ぐらいは知っているような超一流有名ホテルだが、何のためにかけたかというと、「電話して、予約したいような気色を見せ、バイキング(ビュッフェ)の内容などを聞いた上で、『検討して、再度ご連絡します』などと言いつつ切る」のだ。当然、再度などない。
「…なんてな」
「いたずら電話はダメだよ」
「いたずらじゃない。泊まる気もないくせに予約したらいたずらだけど、そうじゃない」
「うん…?あ、そっか…」
今となってみると、これの何が面白いのかさっぱり分からないのだが、田舎の庶民の家と、超一流ホテルが電話でつながっているという非日常性が「面白い」と父は思ったらしい。
私も兄も、これがいいことだとは思っていなかったものの、少し興奮はしていたし、弟はよく分からないまま、パチパチと手を叩いて喜んでいた。
◇◇◇
昔、父が地元ラジオ局の「のど自慢」番組に出場して、記念品をもらったことがあった。
電話の受話器に向かって歌い、「良いお声ですねえ」などと言われ、満更でないような顔をしていた。放送日には、みんなで脚のついたステレオを見つめながら聞いていた。
テレビを見る人が減った令和の世では想像しにくいかもしれないが、一家でテレビを見るようなノリで、ラジオ(ステレオ)を見つめていたのだ。
若い人には一言一句「いったい何言ってんの?」という話だろうが、そういう時代が確かにあった。
歌ったのは、伊藤久男の『暁に祈る』だった。
***
甘いものが嫌いではなかったが、一口食べれば満足したので、「一口くれ」とケーキやアイスクリームを私たち(主に私)にねだっていた。そのせいか、太りやすかった母と比して、何十年も体重が変わらず、健康状態もまずまずだった。
***
『小公女セーラ』のアニメをテレビで放送していた頃、たまたま見てどハマリし、「セーラちゃんが不憫で不憫で」ばかり言ってウザいので、私が7歳のときに買ってもらった原作本を貸したら、「セーラちゃん、もう少しの我慢だぞ」などと言いつつ、翌週から安心して見るようになった。
***
母が少しの間入院したとき、私がつくった水っぽい肉じゃがを、一口食べるたびに「うまい」「うまい」と、テンションの低い煉獄杏寿郎みたいな様子で食べていたのは、私が高3のときだったか。
***
私がその母の見舞いに友人と行こうとしたとき、たまたま病院から出てきた父とばったり出くわし、私が友人連れであることに気づかなかったのか、「お父さん今日、仕事中に『子猫物語』見ちゃったよ。チャトランがかわいくてなあ。お前も見るといい」と、でかい声でカマしやがった。
父についての一応微笑ましいエピソードを脈絡なく思い出してみると、こんな感じである。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
想い出写真館
結 励琉
キャラ文芸
<第32回岐阜県文芸祭佳作受賞作品>
そのさほど大きくない私鉄の駅を降りて駅前の商店街を歩くこと数分、そろそろ商店街も尽きようかという少し寂しい場所に、その写真館は建っている。正面入口の上には福野写真館という看板がかかり、看板の下には昔は誰でもお世話になったカラーフィルムのロゴが今も残っている。
入口の左右のウインドウに所狭しと飾られているのは、七五三や入学記念、成人式といった家族の記念写真。もう使われなくなったのか、二眼レフのカメラも置かれている。
どこにでもある写真館、いや、どこにでもあった写真館と言った方が正しいか。
デジタルカメラ、そしてスマートフォンの普及により、写真は誰でも、いつでも、いくらでも撮れる、誰にとってもごくごく身近なものとなった。一方、フィルムで写真を撮り、写真館に現像や引き延ばしを頼むことは、趣味的なものとしては残ってはいるが、当たり前のものではなくなっている。
人生の節目節目に写真館で記念写真を撮って、引き延ばした写真を自宅に飾るということは根強く残っているものの、写真館として厳しい時代となったことは否めない。
それでも、この福野写真館はひっそりではあるが、三十年以上変わらず営業を続けている。店主は白髪交じりの小柄な男性。常に穏やかな笑顔を浮かべており、その確かな撮影技術とともに、客の評判はよい。ただ、この写真館に客が来るのはそれだけ故ではない。
この写真館は客の間で密かにこう呼ばれている。「想い出写真館」と。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
六華 snow crystal 5
なごみ
現代文学
雪の街、札幌を舞台にした医療系純愛小説。part 5
沖縄で娘を産んだ有紀が札幌に戻ってきた。娘の名前は美冬。
雪のかけらみたいに綺麗な子。
修二さんにひと目でいいから見せてあげたいな。だけどそれは、許されないことだよね。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/contemporary.png?id=0dd465581c48dda76bd4)
無力な舞台役者
初心なグミ
現代文学
【飼い主様へ】「ボク達は貴方を悦ばせるだけの道具でも、貴方のステータスでもありません。ボク達はみな、生きているのです。」【両親へ】「ボク達は貴方達を悦ばせるだけのカタルシスでも、視聴者に愛嬌を振り撒くだけの道化師でもありません。ボク達はみな、貴方と同じ人間なのです。そしてこの先ボク達は、貴方の所為で付いたデジタルタトゥーを背負って生きなければならないのです。」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
エミューの卵詰め合わせ
北瓜 彪
現代文学
「ショートショートガーデン」様に掲載しております400字以内ショートショートを加筆修正してこちらでも発表致します。
約400字という圧倒的な短さとショートショートならではの不思議な雰囲気で忙しい方々にも目を留めて頂ける作品となっております。
足の速いエミューは、大きな水色の卵を産む文字通り「異色の」鳥です。走れるエミューの如く毎日立ち止まる暇もない方も、このドライブスルーで「異色の」卵を手に取るような感覚で読んで頂ければ幸いです。
六華 snow crystal 4
なごみ
現代文学
雪の街、札幌で繰り広げられる、それぞれの愛のかたち。part 4
交通事故の後遺症に苦しむ谷の異常行動。谷のお世話を決意した有紀に、次々と襲いかかる試練。
ロサンゼルスへ研修に行っていた潤一が、急遽帰国した。その意図は? 曖昧な態度の彩矢に不安を覚える遼介。そんな遼介を諦めきれない北村は、、
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる