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サルビア【創作】
兄の婚約者
しおりを挟む今さらだけど、家族について少し詳しく書いておきたい。
兄は地元で最難関の公立男子高に合格した。
入試のときの成績は10番以内だったという説があるが、当時は成績の開示請求もできなかったし、正式な発表をされているわけでもない。それがどこから出てきた数字かは分からない。
そんな「末は博士か大臣か」な期待をされていたものの、持病の発作、そして単位の壁と戦いながら、何とか3年で卒業したという結末だった。
合格したとき、「私立のすべり止めを受験しなかった」ということで、当時まだ高価だったAppleのパソコンをご褒美に買ってもらっていた。
私は兄の3年後、やはり公立校1本、確実に合格したかったので1ランク下げて受験した。
もちろん「合格して当たり前」なので、ご褒美はない。
(1ランク下げた理由は言い訳にしか聞こえないので、今まで誰にも言ったことがない)
中学の同級生で、その高校のボーダー上の成績だった子が不合格になり、それでも「おめでとう」と笑顔で言ってくれたとき、不遜にも自分のせいだと思った。
私が高校に合格したとき、兄は大学受験に失敗した。
浪人生活を東京で送るため家を出て、翌年には金のかかる私立の芸術系に進学した。
父も母も借金に借金を重ね、兄の生活を支えた。
私も大学に行きたい気持ちはあったが、幸か不幸か成績が不安定だったので、「どうせ無理」ということで就職した。
ところで、「自宅から勤めに出ている者」というのは、大体2種類に分かれる。
稼ぎの全て(または一部を除く全て)を自分のために使える者と、「家に住ませてやってる、食わせてやってる」の名のもと、搾取し尽くされる者だ。
私は当然のように後者だった。
兄は大学でご丁寧に留年までしてくれたので、想定より1年分多い学費がかかった。
すると「ねえ、悪いんだけど」を枕詞に、1万円、また1万円と巻き上げられていく。
母が言う「3個(3万円)だけ貸して」の「n個」という言い方が非常に癇に障ったが、それを指摘しても無心をやめるわけでもない。「ちゃんと返してね」と一応言っておくが、返ってこないことは分かっている。
こんな生活もいつかは終わると思って歯を食いしばり、21歳で同じ職場の人と結婚し、すぐ子供もできた。
しかし、生計が別になっても、母の無心は止まらない。
しかもピンポイントで給料日をねらって連絡をよこす。
さすがに「今までの分、返してくれるまでは貸せない」と言うと、「そうだよね、ごめん」と言いながら電話を切るが、いよいよ困ると「やっぱりあんたしか、頼める人がいなくて…」と再び来る。
◇◇◇
父が61歳で「自殺未遂に失敗」したとき、兄は婚約者を連れて帰郷した。
どこで知り合ったのか、興味もないので詳しく聞かなかったが、東京のそこそこ有名な女子短期大学を卒業していて、私より1歳年上らしい。
高校生だった兄に、母がこんなことを言っていたのを思い出した。
「お嫁さんにするなら、短大くらい出た人がちょうどいいわよね。子供の教育とか」
母は当然、そんな話をしていたとき、その場に私がいたことを覚えているわけもないし、まだ中学生だった私にとっては、「そんなものかな」程度の話だった。
(高卒の私に子供の教育は無理らしいけど、もう産んじゃったしなあ…)
私が内心そんなふうに思っていることなど、想像するわけもない。
いつだったか特に意味もなく「ひとりっ子はかわいそう」というフレーズを使ったら、「お母さんもひとりっ子だけど、私ってかわいそうなのかな?」と、諭すような口調で言ったことがあったけれど、「私は高校しか出ていないけど、お嫁さんとしてもお母さんとしても失格かな?」と言ったら、どんな顔をするだろう。
(あ、きょとんとするだけか…)
考えるだけ無駄だ。そこにこだわるのはやめておこう。
◇◇◇
兄は家に着くなり、「こんなときに縁起悪ぃな…」とぼそっと言い、母も「本当に、あんたにも迷惑かけちゃってねえ」と同意した。
少し古風な顔立ちのお嫁さんは、なぜかいい笑顔を浮かべていた。
3人とも、死んだばかりの人の前で取る態度としては、まあまああり得ない。
義姉になる予定沙都子さん、好きになれなそう。
理由は、いい笑顔を浮かべていたからだけではない。
職場の人に緊急の連絡先として、うちの電話番号を教えたらしい。
携帯電話もなく、ポケベルも一部のビジネスパーソンが使っていただけの時代だから、それは仕方がない。
職場の人から電話が来なければ、そこまで悪い印象ではなかったかもしれない。
私が取り次いだとき、無言、無表情でジャカッとひったくるように受話器を受け取った。
職場の人との会話の中で「こんな田舎で」「迷惑」という言葉を使った。
自殺だったことまでは話していないにせよ、前後の話から「迷惑」というのは父の死を指していることは明らかだった。
所要時間5分以下で、配慮のなさや性格の悪さがにじみ出ていた。
12歳や15歳のときの私は、勉強ができる意地の悪い兄のせいで目くらましになっていたけれど、やはり性格の悪い人は頭が悪い。
これは、24歳になった私の偏見だ。
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