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第2話 【桐本目線】壁に耳あり 障子に目あり

気になり過ぎる教え子

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 たまたま必要なものがあって学校の近所のコンビニに行ったら、クラスの生徒が私服で店の前に立っていた。
 
 目を閉じてレモンティーのペットボトルをあおっているのだが、そんなにしょぼしょぼの目をしていたら、かわいい顔が台無しだぞ――などと言ったら、今日びはセクハラ教師扱いだろうから、とりあえず苗字なまえを呼んだ。

 どうやら眼科で角膜炎と診断され、散瞳剤をさされたばかりらしい。
 俺も経験があるから分かるが、確かにあれは数時間しばらくは視力というものを手放すための薬だ。
 自転車で来てしまったが、まぶしくて、薄目を開けて歩くのがやっとなのだそうだ。
 さすがにそのままではかわいそうなので、車で家まで送ることにした。

 しかしそのせいで、「俺が車で彼女を送った」というシンプルな事実に尾ひれはひれがついて変な誤解をされ、彼女までもが面倒な呼び出しを食らうなど、かえって迷惑をかけてしまったのだが。

 確かに俺は、あそこでまぶしそうな顔をして立っている生徒が河野でなかったら、親切にしたろうか?
 正直言って「Yes」と即答できる自信がない。
 淡いブルーのちょうちんそで(若い女子は、こういう言い方をしないのかもしれないが、ふくらんだやつだ)のブラウスを着て、ブラウスより少し濃い色のジャンパースカートを着た河野は、制服とはまた一味違い、清楚で大変かわいらしいと思った。
 だが、もちろんそれはそれ。
 俺は家まで送ってすぐに学校に戻ったし、(隠し持った本心以外は)やましいところは何一つない。

 後日、角膜炎の症状が大分快方に向かったようで、「先生が私のせいでクビになるようなことがあったらどうしようと思った」と、あのぱちっと大きく開いた目で、心配そうな顔をして言われたので、ここが学校でなければ、感情任せに抱きしめていたのでは…と思うほどキュンとした。

 しかしもちろん、そんな不埒な思いは必死で抑え、「俺はそんなくだらない誤解でクビになりたくないし、もちろん河野が処分されるようなこともまっぴらだから頑張ったよ」と言ってみた。
 すると、「あの教頭先生にも負けないんだから、先生はやっぱりすごいですね」と、邪気の全くない笑顔で言いやがった。

 こいつ…俺の息の根を止める気か!

◇◇◇

 河野は小柄でかわいらしい女子生徒だ。俺が担当する国語の成績もかなり優秀である。
 かわいい、とは言ったが、実は顔立ちは美形といっていいほど整っている。
 ただ、年齢の割に少しあどけなさが残っていて、表情が豊かなので「かわいい」と表現したくなる。

 クラスの進路委員としても真面目に頑張ってくれていて、職員室ではなく進路指導室に席がある俺は、何かと彼女と接触があるので、言葉を選ばずに言えば「役得」だと思っている。
 この委員はどうも面倒そうなイメージがあるせいか、敬遠されがちなのだが、河野は1年の頃から進路委員らしく、2年で俺のクラスになったときは、自ら手を挙げてくれた。

 それについて河野が、クラスで仲のいい女子と話しているのを聞いたことがある。
 (盗み聞きではない。廊下であんな話をしている方が悪い)

「進路委員ってさあ、面倒くさくない?」
「でもないよ。仕事はコピー取りとか赤本の整理とかぐらいだし、掃除はいつも進路指導室だから楽だし、たまーにコーヒー飲めるし。インスタントだけど」
「さっちゃんコーヒー好きだもんね。でもキリセンもいるじゃん?担任がいるとやりづらくない?」

 なに?オレがいると何か問題があるのか?

「桐本先生はいい先生だよ。時々、頼みもしないのに本を貸そうとしてくれるんだけど、結局読むと面白いし」

 少々ひっかかる言い方ではあるが、河野がそんなふうにかばってくれたのが救いだった。

「まあかっこいいし授業も面白いけど…なんつーの?面倒くさそう」
「ああ…うーん…」

 諸般の事情により、話はそこまでしか確認できていない。
 だが、河野が俺に悪い感じを持っていないことが分かっただけでもうれしかった。

(しかし「うーん…」とは、どう解釈したものか…)
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