Lavender うっかり手に取ったノート

あおみなみ

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ワンピースの行方

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【松喜さん 学視点】

 街で突然、見知らぬ人物に親しげに声をかけられたとする。
 「見知らぬ」と言ったものの、実はその人物の顔には見覚えがあるはずだし、声にも覚えがある。
 それでも反射的に「この人は〇〇である」と即断できないということは、案外と多いのではないか。

 例えば、歯科医院の先生。
 いつもお世話になるときは、マスクで顔が半分隠れた状態だったりするので、なおのことだ。
 例えば、よく行くコンビニの従業員さん。
 私服だともうお手上げだったりする。

 そしてまさに本日、学校でそんなことがあった。

***

「十三沢君、ちょっといいかな?」
 廊下で40代ぐらいの女性に声をかけられた。
 学校にいるその年頃の女性というのは、教職員の誰かか、場合によっては保護者のどなたかだ。
 俺は確実にこの人を知っているはずなのだが――誰だっけ?

「友香ちゃんのことなんだけど…」
 友香というのは、1カ月前に何も言わずに転校してしまった原口友香のことか?
 彼女を“ちゃん”付けで呼ぶような間柄の人というと…

「あ、松喜さん」
「うん?変な間があったけど、私の名前忘れちゃってた?」
「いや、その…」
「まあいいわ。で、友香ちゃんのことでちょっと…」

 多分、友香が朱夏に在学中、唯一心を開いていた「大人」である図書室司書の松喜さんだった。
 常に図書室で会う人という認識だったため、バグってしまったようだ。

 聞けば松喜さんは、かなり前に友香と携帯の番号を交換していたのだが、立場上、あまり個人的なやりとりをすることははばかられた。
 「何かあったらすぐに連絡をちょうだい」とは言ったものの、こちらからの働きかけは控えていた。

 しかし、突然の転校という非常事態に驚き、それでも1カ月ほどは向こうからの連絡を待った。
 結果、何も知らせがなかったため、しびれを切らして3日前にショートメールを送ったのだが、その返信がいまだ来ない――ということだ。

「十三沢君は友香ちゃんから何か連絡をもらっていない?」
「いや――お互いの連絡先を交換していなかったので…」
「うそでしょ?何なら私、あなたたちは付き合っていると思っていたわよ?」
「いや、残念ながら…」

 カフェでフルーツティーの「バエる」写真を撮ったとき、それを彼女にシェアするために、連絡先を教えてもらおうと思っていたのだが、うっかり忘れてしまっていた。
(しかし自分で言うのも変だが、とても俺が話題にする内容ではないな、「バエ」とか何とか)
 その後友香は夏期講習をずっと休み、図書室の開放日にも来なかった。
 当然転校自体は決まっていたのだが、学校に願い出て直前まで伏せていたらしい。

「どうしているかなあ。心配よねえ」
「まったく、同感です」
「どうしたらいいかな…あ、そうか。私が友香ちゃんの番号、十三沢君に教えればいいんだわ」
「え?」
「本当は人の番号を勝手に教えちゃいけないけど、十三沢君なら許してくれるわよね?」
「いや、その…」

 相変わらず松喜さんの優等生・十三沢学への熱い信頼は揺るがないようだ。
 一応学校内でのモバイル使用は禁止されているので、図書室に来てくれればメモを渡そうと言われた。

 俺は浅ましくも、その日の放課後に図書室に取りに行った。

◇◇◇

【転校1カ月 友香視点】

 新しい学校に転校してから1カ月が経つ。
 おばあちゃんちから歩いて15分の公立中に転校した。
 制服は前の学校のままでいいと言われた。公立校はこういうところが私立校よりも柔軟らしい。
 もし2年生より下だったら、おっかない先輩に「あんた、何でそんなの着てんのよ!」とか呼び出されるのかもしれないけど、最上級生だから、先生から許可が出ている以上、文句を言われる筋合いもない。
 ひょっとしたら、今後嫌なことを言う人も出てくるかもしれないけれど、今のところ特に何も言われない。

 中途半端な時期の東京の私立からの転校生ってことで、興味津々でいろいろ質問してくる子もいる。
 答えられることには誠実に正直に事実だけを伝え、答えたくないことには「ごめん、答えられない」と言う。
 たったそれだけのことで、その後付き合っていける人かどうかが自ずと分かってくるのだ。
 最近は特に仲のいい子が2、3人いる。
 今度は一緒にカラオケに行こうねって約束しているから、今から楽しみなんだ。
 はやりの歌はよく知らないけど、おばあちゃんの持っているCDで予習していこうかな。歌えなくても、少しはノレるようにならなきゃね。

 新しい学校で、私が自分でも驚くほど自然体でいられるのは、きっと学のおかげだ。
 私がえげつないことを殴り書きし、図書室に忘れちゃったノートを、学が私に届けて(多分内容は全部読んでると思う)、その上で「友達にならないか」と言ってくれて、私の話を何でも「それはよかったな」「面白いな」って、淡々とした様子で聞いてくれていた。
 7月の最後の土曜日に2人でお出かけ(デートっていってもいいんだけど、ちょっと恥ずかしい)して、すごく楽しかったな。

 その後は引っ越しやら手続きで忙しくなったし、8月の下旬の頭くらいにはもうおばあちゃんちでの生活が始まったけれど、学校には2学期になるまで転校を公表しないように頼んだから、みんなには、夏期講習をずっとサボっていると思われたろう。
 学、どうしてるかなあ。フルーツティーの写真をもらう約束してたのに、ケー番もアドレスもLINEも交換するの忘れちゃった。本当にそれだけが心残り。

 3日前に松喜さんからショートメールが来たので、ついでに学の連絡先を教えてくれるように伝えてもらえないかな…さすがにずうずうしいかな…なんて悩んでいるうちに、返事が出せずに日だけ経ってしまった。

◇◇◇

【口実 学視点】

 さて、携帯番号だけとはいえ、念願の友香の連絡先を入手したが――これをどう使ったらいいだろう。
 俺の番号は知らないわけだから、突然そんな番号から来た電話を取ってくれるかどうか。
 となるとショートメールだろうが――いざとなると、文面が浮かばないものだ。
 「元気か?」では平凡過ぎて、逆に迷惑メールみたいに思われて、読んでもらえないかもしれない。
 できれば、開いて一目で俺だと分かるものがいいだろう。

 あれこれ思いめぐらせていたら、姉貴が「学、帰ってくるよね?」と部屋の外から声をかけてきた。
「ああ、姉さん。どうした?」
「あの友香ちゃんに貸したワンピースのことなんだけど…」
「あ、そうか。うっかりしてた。実は…」

 俺があわてて状況を説明すると、姉は意外なことを言った。

「あ、返せっていうんじゃなくて、逆、逆。あげちゃおうと思っていたのを言い忘れていたから」
「分かった。伝えておくよ」

 さて、(今の今まで忘れていた)ワンピース問題はいちおう解決したが、同時に「あ、そうか」と気付いたことがある。

 おかげで友香に送るショートメールの文面が決まった。

◇◇◇

【くつろぎ中… 友香視点】

 火曜の夜。
 おばあちゃんはリビングで好きなタレントの出ているバラエティーを見ながら、私に「スマホもいいけど、おばあちゃんとおしゃべりしない?」って声をかけた。
 そう言いつつ、テレビを消す気はなさそうだし、「スマホしててもおばあちゃんの話は聞いてるよ」って言ったら、それ以上何も言わなかった。
 ママとは絶対できなかった、ぬるくて家族っぽいやりとりにもすっかり慣れた。

 タレントさんの毒舌、スタッフ笑い、おばあちゃんの(少しツボのずれた)笑い声、私はYou Tubeのお勧め動画――この部屋にはいろいろな音が少しずつ、いっぱい流れている。何かかこういうの、いいなあ。

 などと思っていたら、SMSの着信通知が来た。
(あ、松喜さんに返事忘れてた…)と思ったら、松喜さんのじゃない、全く知らない番号。
 迷惑メールから何かかかな?って思いつつ開いたら、突然こんな一文が目に飛び込んできた。

「見つけたぞ。ワンピース返せ、友香。」

 え、え、え~?

 私はおばあちゃんに「眠くなっちゃったから、部屋に戻るね。お休み」と一言言って、なぜかスマホのディスプレーを隠すように持って自分の部屋に急いだ。
 部屋に帰ってから、「見えるわけないじゃん!」って自分に突っ込んじゃうぐらい、滑稽なことをしたことに気付いた。
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