Lavender うっかり手に取ったノート

あおみなみ

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十三沢の気まぐれ

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「男子バドミントン部員で原口と同じC組所属なのは、岡田と矢崎やさきの2人」

◇◇◇

 いつものように原口と飯を食うため例の踊り場に行ったのだが、30分経っても現れない。
 少し多目に作ってもらった弁当を何とか腹に収め、C組の教室に確認に行くと、原口は体調を崩して今日は休みだという。
 物のついでに岡田を「たまには放課後寄り道しないか?」と誘ってみた。
 あと一歩のところで関東大会進出を逸し、3年生がうっすら引退ムードになっているタイミングだった。

 それを後ろから見ていた矢崎が「お、それ俺もいいか?」と声をかけてきた。
 矢崎はあまり他人に関心がなさそうなタイプだが、どうやら部活をやめた後の俺のことを気にかけてくれていたようだ。

 原口のことを聞くなら同じクラスのやつがいいだろうと思ったものの、岡田は人の悪口を言ったりするやつではないので、どう思っていようと本音は聞き出せないし、他人への関心が薄そうな矢崎は、これまた情報収集には不向きだ。
 ただ、2人ともそういう性格なので、俺が女子のことを質問したからといって、「お、気があるのか?」とうっとうしく突っ込んでくる心配も少ない。その点では安心ではある。

◇◇◇

「原口さんのこと?ああ…あんまりいいうわさは聞かないね」
 意外にも岡田がこんなことを言った。
「俺も詳しいことは分からないけど、デブとか言われて傷付いたって人がいて、女子たちからはそれで嫌われているらしい」
「へえ…」

 岡田の話を受けて、「それって多分、赤坂のことだよね?あいつ別にデブでもないけど、菓子食いすぎじゃん。まあ、原口がやせ過ぎなんだと思うが」と矢崎が言った。
 他人に無関心そうな矢崎ではあるが、ぼーっと教室の最後列に座っているだけで、クラスメートのやりとり噂話は自然と耳に入ってくるし、お菓子を他人にも気前よく振る舞う赤坂という女子や、顔色の悪い原口の様子も目にするのだろう。

 原口は前からあんなにやせていたのかと、俺は尋ねてみた。
 
「俺は2年のときから同じクラスだけど、前はせいぜい中肉中背だった。いや、もともとどっちかというと細かった――かな。3年になってからは顔色が悪いのが気になる感じ」
「なるほど」

 例のノートに書かれていた「ごはん、たべたいのにのど通らない。」の時期が何となく特定できた気がする。

「でも、最近は保健室もあんまり行かなくなったし、血色もいい気がする」
 人のいい岡田は、そう言いながら表情を和らげた。

「ああ、あいつ意外とよく食べるから…」
「え?」
「いや、何でもない」

◇◇◇

「あと1つだけ聞きたいんだけど、原口のこと不細工だって思うか?」

 卑怯ではあるが、自分の意見は伏せた。
 多分原口に何の関心もないであろう2人の意見が聞きたかったのだ。

「女子の容姿をあれこれ言うのはちょっと…」
 と、やはり岡田は及び腰だったが、
「ちょっと目つきが気になるけど、顔立ちはきれいなんじゃないかな」
 だそうだ。

 それに対して矢崎は、
「オッサンとかに受けそうなタイプだよね。エロいっていうか、色っぽい感じ。やっぱ目のせいもあるかな、サンパクガンっていうの?」
 と、妙に具体的な感想を言うのだが、正直そこまで求めていなかった。

「矢崎、お前――原口のこと好きなのか?」

 まさか俺自身が「気があるのか?」キャラになるとは思わなかった。

「いや、そーいうんじゃなくてイッパン論としてさ」
「あ、何かすまん…」

◇◇◇

 岡田や矢崎と別れた後、ノートを買うために文房具店に寄った。
「college」というロゴが入っている、いつもの愛用品。
 7ミリ罫、30ページの5冊組、400円(+税)也。

 かなり大きな文具店で、商品棚と商品棚の間の通路が広く、通路の中央に置かれた長机の上に、俺の買おうと思っていた商品が山積みになっていた。
 これだけあれば、目を離したすきに欠品ということもないだろう。
 ちょっとした気まぐれから、ほかの商品も見て回ることにした。

 それにしても、ノートだけでも結構な種類があるものだ。

 『万年筆筆記に最適なのはコレ!』というPOPがついた商品が幾つかあった。
 そういえば原口の例のノート、多分100均の製品だろう。
 表紙はかわいらしいものの、ペンのインクが随分裏抜けしていた。多分万年筆で書いたせいなのだろう。
 こういうノートだったら裏抜けしないということか?

 ごく普通の大学ノートから日記帳風のものまで結構な種類があったが、その中の、薄紫の小さな花と「lavender」という筆記体の文字が白い表紙のところどころにプリントされているものが気になった。
 そういえば、冒頭にペンとノートについて書かれていた。原口はあのノートを最初に手したとき、かなり気に入っていたと思われる。
「親愛なるキティ」と、友に語り掛けるように日記を書き始めたアンネ・フランクみたいな気持ち、か?よく分からないが。
 多分、こういう感じのものもきっと好きだと思う。

 中を覗くと、特に日記帳として作られたものではなく、罫線が引かれただけのフリーなものだった。
 金額は――600円。ノート1冊の金額として安くはないが、買えない金額ではない。

 しかし、なあ。
 俺が原口と昼飯を食うきっかけになったのはあのノートで、俺はあそこに何が書かれているのかを知っている。
 ――ということを、多分原口も知っている(というか、中を読んだと思っている)。
 その上でもし、俺が「君はこういうのが好きだろう?」とこれを渡したとしたら、原口はどんな気持ちになるだろう?
 喜んで受け取ってくれればうれしいが、当てこすりや嫌がらせだと取られる可能性もあるし、もう俺と昼飯を食ってくれなくなるかもしれない。

 というより、原口と飯を食えなくなると、俺は何か困ることがあるのか?
 もともとちょっとした気まぐれで始めたこととはいえ、既に日課だ。
 岡田が言っていたように、最近健康的な雰囲気になってきて、俺の冗談に声をたてて笑ったりもする。
 そんな原口と過ごす時間は、率直にいえば、俺自身とても楽しいと思っている。

 いやその前に。俺はなぜこれを買って、原口に渡そうとしているんだ?
 誕生日――は知らないし、特にプレゼントの口実も思いつかない。
 600円(+税)払って相手の気分を害する可能性もあるのに。

「好奇心」というワードが頭に浮かび、俺はそれを手に取ってレジに向かった。
 もともと買おうと思っていたノートの束を、すんでのところで買い忘れるところだった。
 原口の反応が見たいという好奇心から、俺はこれを買って渡す。
 もし突き返されたら――姉にでもやろうか。
 家で使う分には、自分用でも差し支えないし。

◇◇◇

「1,100円になります」
「こっちのノートだけ別の袋に入れてもらえますか?」
「はい、プレゼントなら包装もできますよ」
「えっ、いや、いいです、袋で」

 小学生や中学生くらいなら、こういう少し値の張るノートを友達へのプレゼントにする子もいるのだろうか。
 友達ならまだいいが、カノジョ、の可能性もあるのか?
 俺はひょっとして、結構恥ずかしいものを買ってしまったのだろうか。

 いずれにしても、せっかくなので、ノートをちゃんと手渡したい。
 明日は登校してくれるといいのだが。
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