Lavender うっかり手に取ったノート

あおみなみ

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百瀬剛のこと

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「どう対処するのが正解なのか、目の当たりにすると分からないものだな。」

***

 俺こと十三沢がくが通う学校法人朱夏あけなつ学院中学校はスポーツが盛んで、全国区で有名な部も数多く抱えている。
 この間まで所属していた男子バドミントン部は、部員数も各学年2ケタ人擁していたし、まあまあ弱くないレベルだと思う。
 残念ながら自分の代では経験できなかったが(退部した後に言うのもなんだが)、かつては全国大会に出場したこともあった。

 バドミントンというと、例えば公園で親子が和気あいあいと打ち合っているようなイメージがあるせいか、そういうノリで入部する者も少なくない。大抵は練習のきつさに音を上げてやめていくが、中にはセンスがあったり、魅力にハマったりして、残って熱心に活動する者ももちろんいる。
 俺は、今年大学生の姉貴が朱夏中・高の女子バド部出身で、幼い頃からよく試合を見にきたりしていたので、多分ほかのやつよりも、競技としてのバドミントンに親しんできた方だと思う。入部も自然な流れだった。
 俺と同様、小学校からバドミントンをやっていた岡田は、真面目だが付き合いやすいやつで、すぐ仲良くなった。というよりも、うちのバド部は伝統的に生真面目でおっとりした優等生タイプがなぜか多いようだ。
 
 そんな中、1年後輩の百瀬つよしは異彩を放っていたといっていいだろう。
 バドミントンに限定しなくても、とにかく運動神経がよい。どこの部活でも小器用にレギュラーを取りそうなタイプだ。
 顔は十人並みだが、性格の明朗さやノリのよさもあり、女子の人気が高い。
 大抵の上級生に弟のようにかわいがられていたが、なぜか俺には特に懐いていた。もっと言えば、張り付いていたと表現してもいいかもしれない。

「センパイって、なんか全部出し切ってない感じがして、すんげー気になるんスよね」
 と、いささか挑発的なことを言われるのだが、俺は俺なりに、自分にできることをやってきたつもりだ。
「それは多分、お前のうがち過ぎだな」と笑って答えたら、
「ウガチスギ…?聞いたことない植物っスね」と、無邪気この上ない笑顔で反応してきた。

***

 あれは委員会のミーティングが長引き、部活に少し遅れて行った日だった。
 着替えるために部室棟に行くと、鍵がかかっていた。
 そのくせカーテンは閉めてないので、窓から部室の中が丸見えになっていた。
 部室の中央に背もたれのない長椅子が置かれ、周りにぐるりとロッカーが置かれている配置だが、その長椅子に、百瀬らしき(髪の毛の感じから判断した)男子が、スカートを履いた生徒を組み敷いていた。
 うちの学校で、スカートを履いて登校している男子という例は聞いたことがないので、多分女子だろう。

 運動部の部室でそういう“行為”をするやつは、たまに問題になるが、うちの部活では今まで無縁だった。
 俺はあっけにとられ、声をかけるでもなく、ぼんやりと眺めてしまった。

 百瀬が女子生徒の胸元に頭を移動させたとき、俺はその女子と目が合ったが――少し引いてしまうほど生気のない、白い顔をしていた。ミレーの『オフィーリア』みたいな顔、といったらピンと来る人もいるのではないだろうか。
(俺はもともと本を読むのが好きで、ムダ知識が多い。今後もこのようにペダンチックな表現をやたらすると思うが、まあ中学生のすることなので見守ってほしい)

 そして、その魂の抜けたような眼差しのまま、俺に左手を掲げてみせた。
 よく見ると、中指と人差し指を交差させている。
 あのハンドサインには見覚えがある。アメリカ映画でよく見るやつだ。何だっけ――じゃない。このままぼんやり見ているわけには、さすがにいくまい。

「百瀬、そこにいるのか?鍵がかかっていて入れないのだが」
 俺は少し声を張った。
 中の様子は想像がつく。あの真っ白い顔をした女子が、開いた胸元を「しまって」いるところだろう。
「今、開けるっス…わっ、あんた!」
 内側の鍵を解錠する音が聞こえたので、俺はタイミングを見計らい、わざとドアの前に立って、飛び出してきた女子生徒を抱き止めた。
「おっと失礼」とニヤッとして見せると、上目遣いの悔しそうな顔で「あんたもヤリたい?童貞クン!」と返された。
 身長177センチの俺基準で考えて、160あるかないかといったところか。中学生の女子としては標準的か、少し大き目だろうか。

「お前、十三沢トミーセンパイに何てことを!」
 百瀬が後ろから怒鳴りつけたが、女子は、
「じゃーね。もう会わないと思うけどー」
 と、振り向きもしない状態で、大きく手を振って行ってしまった。

***

「あの様子だと、お前の彼女――ってわけではなさそうだな」
「冗談じゃないっスよ、あんなブサイクで棒みたいな女」
「棒って…」
 確かにかなりやせていた(抱き止めた感想)ので、言い得て妙ではある。
「しかしさっきの子、言うほど不細工かな」
「げっ、十三沢センパイ、あんなのがいいんスか?結構趣味悪いっすね」
「いや、そういうわけでもないが…」
 三白眼で目つきは悪いが、輪郭はすっきりしているし、小鼻も整っている。決して悪くないと思うのだが、百瀬の好きなタイプではなかったようだ。

「あのう、センパイ、見てたんスか?」
 百瀬が恐る恐る聞いてきた。要するに、あの長椅子で何をしていたかを俺が見ていたかと聞きたいのだろう。
「いや、中に人がいそうな気配があったので、声をかけただけだ」
「そっスか…」
 あからさまに安堵する百瀬に少し意地悪したくなり、「何だ?見られたらマズいことでもしていたか?」と尋ねてみた。
「あっ、その…」
「まあいい。見たのが俺でよかったな。間島まじまだったら大目玉だったぞ」
 間島というのは男子バド部の部長だ。悪いやつではないのだが、自分にも他人にも厳しく、おまけに気が短い。百瀬のような軽薄な振る舞いをする部員はしょっちゅう怒鳴られている。
「うわ…てかセンパイ、やっぱ見てたんじゃないっスか!」
「それはそうだ。でなければ、わざわざ「百瀬」と呼びかけるわけがないだろう?」
「きったね…」

 俺は決して強要したつもりはないのだが、百瀬はあの女子との顛末を、自分から白状した。
 あくまで彼の説明を100%信じての話だが、つまりこういうコトらしい。
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