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【終】待ち合わせの「高階書店」

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 翌日登校すると、工藤さんは「おはよう」とあいさつしてくれた後、あまり間を置かずに何でも倶楽部に入会しないかと持ち掛けられた。

「でも私、小説も絵も描けないし…」
「本読むのは好きでしょ?書評っていうか、そういうのの感想や紹介とか、何でもいいんだよ。サークル名がサークル名だし」

 工藤さんは、入学後に担任に書かされた「自己紹介カード」を見て、私が本を読むのが好きなことや、好きな作家のことを知っていたようだ。

「次の3日に集まってミーティングするんだけど、ダイキチが「ララァさんに声かけてみて」って言っててね」
「ダイキチ君が?」
「景山さんのこと、随分気に入っちゃったみたい」
「えー…」

 それは正直言って、悪い気はしないけど。
 「ララァさん」って何だよ。

「入会するかどうかはともかくとして、3日のミーティングだけでも来てみない?」
「うーん…」

 工藤さんのことは好きだし、ダイキチ君もかわいいと思う。
 ほかの人たちがやや排他的というか、そこまで歓迎しているようには見えなかったけれど、数時間のことで判断するのもアレかな。

 特に予定もなかったので、私は工藤さんのお誘いに乗った。
 「行けたら行くわ」と言えるほど、お互いのことを知っていたわけではないので、しっかり時間も場所も指定してもらった上で、連絡先も教えてもらった。

「じゃ、3日の11時、三中の隣の高階たかしな書店、分かる?」
「うん、そこなら時々行く」
「よかった。じゃ、そこで待ち合わせね」

+++

 待ち合わせ場所に書店というのは、なかなか気が利いている。
 早目に着いても時間をつぶしやすいからだ。
 高階書店は広過ぎず、かといって立ち読みをとがめられたり、書店員さんの目が気になって物色をためらってしまうほど小さくもない、「ほどよい」広さだ。

 などと思いつつ、お店に着いたのは10時50分頃だったろうか。
 入店して適当に漫画の書架を見ていたら、「ララァさん!」と背後から声をかけられた。

「覚えてます?ボク…」
「ダイキチ君、だよね?」
「わあ、ララァさんが覚えててくれた~」

 ダイキチ君の声がでかいこともあり、周りの視線が痛い――と思うのは、自意識過剰かな。とにかくいたたまれない。

「…あの、その呼び方、ちょっと…」
「え、だって…何てお名前でしたっけ?」
「私、景山だけど…」
「じゃなくて、“名前”の方、下の」
「…ミキ、だけど?」

「じゃ、ミキさんね。ここで買うものはありますか?」
「いや…?」

 ん?どういう趣旨の質問だろう?

「じゃあ行きましょう。みんな待ってます」
「いやあの、工藤さんと待ち合わせを…」
「え? ヨリちゃんし。それにボクは、ヨリちゃんに頼まれて
「へ?」

+++

 まあ要するに、「高階書店」というのはダイキチ君の家でやっている書店だったのだ。
 高階大吉ダイキチ君の一家は、その2階に暮らしていたが、年の離れたお兄さんが独立後、ダイキチ君は6畳の部屋を二つぶち抜いた広い空間をあてがわれていた。
 ダイキチ君は2年上の、私に「許せる」とか言わなかった方の男子ともともと仲がよく、「何でも倶楽部」のことを知ったとき、部屋をミーティングや作業のために貸すことを条件に入会させてもらったのだそうだ。

 もともと漫画やアニメーションが大好きで、絵が上手で小器用。しかもあの性格なので、倶楽部の弟分としてすぐに可愛がられるようになったようだ。

+++

 案内された部屋のドアには、「Daikichi」というドアプレートの下に、「兼何でも倶楽部部室」と、サインペンで殴り書きしたような紙が貼ってあった。
 なるほど、12畳分の部屋は広々としているが、よく見ると真ん中に敷居があって、取り外されたふすまは、部屋の片隅に立てかけられていた。

 机とベッドとファンシーケースが2つある以外、多分常に置かれていると思われる、背の低い長机が2つ、向き合うようにくっついていて、部屋の真ん中て島をつくっている。
 なるほど、いつでもミーティングや作業に対応できそうな部屋だった。

「いらっしゃーい」
「この間はどーも」

 私がダイキチ君に促されて部屋に入ると、一応歓迎ムードを見せてくれて、すぐにサイダーを勧められた。
 私は工藤さんとダイキチ君の間に座布団を置かれ、「ララァさんはここね」と言われたのだけれど、ダイキチ君の悪ふざけがそのまま呼び名になってしまったってこと?それはキツい…。

+++

 メンバーは丁々発止、次の同人誌の発行について意見を出し、活発に雑談し、私は意見を求められれば答える程度だったけれど、なかなか楽しかった。

 みんなが工藤さんを「ヨリちゃん」と呼んでいるのが不思議だったけれど、徐々に違和感もなくなっていった。
 私は工藤さんを、おとなしくて目立たない人だと思っていたけれど、倶楽部で発言する“ヨリちゃん”はなかなかどうして毒舌で、「出た~、暗黒ヨリちゃん」などと言って反応している。

 ふと、ここにいる人たちはみんな、実は学校の教室では「一言もしゃべらない人」とか、「何を考えているのか分からない人」なんて思われたりして…と考えてみたけれど、ことダイキチ君に関しては、教室でもそう変わらないのではと思わせる、何とも言えない快活さがあった。

+++

 よくよく考えると、高校に入学してたったの1カ月。
 そんな短期間で、ひょんなことからちょっとだけ世界が広がった――気がする。
 帰り際ダイキチ君に「この漫画おすすめだから、読んでみて」と、ちょっとマニアックな大判の本を渡された。

 最後のページに「本を返したいときは、ぜひともこちらの番号にTelでんわしてください。ボク専用の回線だから、用がなくても遠慮なく!」というメモが挟まれていた。

 あまり見たことがないタッチの絵で(最近はやりの「ウマヘタ」ってやつなんだと思う)、ギャグもきつめだったけれど、とても面白かった(**下記注)。さすがは書店のご子息、いい趣味してるわ。

 家に帰って一気に読んでしまったので、翌日4日の夜に思い切ってお礼の電話をかけてみたら、
『明日うちに来てくれるなら、同じ作者の別のオススメを貸すよ』
 と、たいへんラフな口調で誘われた。

 生意気なやつだな。
 でも、「そうねえ。どうせ暇だしそうさせてもらおうかな」と、かなり浮かれた気持ちで答えた。

 明日は「こどもの日」で、その翌日は日曜日でお休み。
 いっそ「明日はうちに来ない?」なんて誘ってみようかな――とまで考えちゃったことは、まだダイキチ君には内緒である。




**
一応、根本敬さんとか、ガロ系サブカル路線を想定して書きましたが、お好みでいろんな作家さんがあてはめられると思います。ちなみに筆者は『ビックリハウス』でウシ漫画を読んだときからウン十年、みうらじゅんさん推しです。


【了】
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