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第30章 【番外編】番外編 ハンバーグとシクラメン
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しおりを挟む『気まぐれデュランタ』最終話でめでたくカップルになった「さよりと徹志」のクリスマスおうちデートを描いた、バカップルいちゃつき話です。
◇◇◇
「何を食べるかより、誰と食べるかが大事」という言葉がある。
誰が言い出したか不詳だが、納得する人間の多い表現だろう。
有名な小説だったか聖書だったかで、「1人で食べる肉より、2人で食べる蔬菜(野菜)のがゼンゼン良ーし」的な表現があったので、この辺が起源の一つかもしれない。
物を食べることに関しては、個食が苦にならない人間、もしくは「1人の方が自分のペースで楽しめて楽」という人間も少なからずいる。
そしてそんな人間でも、家族や恋人などはまた別枠で考えることは珍しくない。
◇◇◇
とあるカップルがいる。
女は水野さより、19歳。常緑女子短大1年。
男は佐竹徹志、18歳。S大学経営学部二部在学中。
男女、というよりまだ少年少女といえる年齢だ。
同郷で同じ中学校の同級生だったが、高校が別々だったこともあり、3年ぶりに都会で再会し、なんだかんだあって付き合い始めて間もない。
ごく普通の家庭のひとりっ子で、自治体の寮に入り、ぼちぼちのアルバイトで小遣いなどを稼ぐさよりと、母子家庭で母親の負担を軽くするために大学の二部に進学し、学業とアルバイトに励む徹志は、そう派手に遊ぶことはない。
もともと2人とも派手に何かをすることを好まない性格で、2人で手をつないで散歩したり、食事やお茶をともにしながら話し合ったり、徹志のつましいアパートで静かに「愛し合ったり」するだけで満たされていたが、目の前に控えたイベントには、少し特別な感慨があった。
すなわち、「クリスマス」である。
ブランドもののプレゼントも、テーマパークデートも、高級ホテルやレストランの予約も、縁も興味もない。
ただ、いつもとは違う何か特別感が欲しいなあと、お互い漠然と考えてはいた。
2人とも相手にこういうことを「してほしい」ではなく「してあげたい」と考えているので、それぞれにいそいそ、コソコソと画策していた。
◇◇◇
さよりは徹志の好物をハンバーグだと知っていたので、何かハンバーグをクリスマス的に演出して作って食べてもらえたら…と思った。
賄いつきの寮暮らしだが、たまには簡単な料理をするし、ハンバーグなら何度か作ったことがある。
レシピ本などを参考に、トマト(赤)で煮込んだハンバーグの上からチーズ(白)を溶かし、付け合わせ野菜(緑)を工夫して、色でクリスマスらしさを演出しようと考えた。
材料は――牛豚合いびき肉、玉ねぎ、パン粉、香辛料、トマト缶、とろけるチーズ、ブロッコリーなどなど。ほかにスープと副食が要る。
生野菜のサラダも考えたが、どうやら「ポテトサラダが好き」ということなので、じゃがいもも少し多目に買った。
牛乳、卵、調味料系は、勝手知ったる徹志の冷蔵庫のものを拝借できそうだ。
備え付けの調理道具もそれとなくチェックしていたので、補助的に必要なものと食器も考えなければならない。
スーパーの品ぞろえは、クリスマスをかなり意識したものだし、予約のケーキやチキンは20日くらいから受け取りができるようだ。
パン売り場では、フランスパンを買っている人が目立つ。洋食メニューの主食や付け合わせ、カナッペ、ブルスケッタなどに使うのだろう。
さよりもパンにしようかご飯にしようか悩んだが、「米だけはおふくろがよく送ってくれるから、毎日炊いて食っている」と言ったのを思い出した。
好きなおかずとご飯だけど、ちょっと特別――くらいの感じが、多分徹志には似合う。
ケーキは徹志が勤めているカフェで、3ピースだけ買ってきてもらうことにした。
イチゴショート、ベイクドチーズケーキ、ザッハトルテ。どれも評判がいいらしいし、イチゴショートには、クリスマスシーズンらしく、プラスチック製のヒイラギの飾りがついていた。
◇◇◇
2人のアルバイトのシフトの関係もあって、24日・25日というピンポイントな日は押さえられなかったものの、さよりは泊まる予定だ。
徹志は外での食事も考えたが、クリスマスを一緒にという話が具体的になったときには、ちょっとした出遅れ感があり、多分予約も取れない状態になっていたろう。
2人で過ごしたいだけなので、外での食事にはこだわらないが、たまのことだから贅沢もいいかなと思わないでもない、という程度だった。
徹志にしてみると、中学時代憧れていた少女が、クリスマスに自分のために料理を作り、自分にだけ笑顔を見せ、自分の腕の中で眠る選択をしてくれたというだけで、十分「贅沢」ではあるのだが。
◇◇◇
ところで、以前さよりは、「ビルの高層階から見る夜景とかは好きだけど、イルミネーションはあんまり…」と言っていたことがあった。
「へえ、そういうの見たことあるんだ?」
「新宿のY保険…何でもないわ」
「そう…まあ、人の生活から出る明かりっていいよね。俺も好き」
「そうなの。あったかい感じがするから」
さよりがビルの名前を言いかけてやめたことに、徹志はつっこまなかったが、意味は分かった。多分、前のカレシとデートで行ったのだろう。
徹志は詳しくは知らないが、50階に展望レストランがあって…的な話は聞いたことがあるので、そういったところで見た夜景が素晴らしかったらしい。
気にならないといったらうそになるが、そもそもさよりがそのカレシと別れる前に、彼女に「キス以上のことをしてしまった」自分に、それを責める資格は全くないし、何より今さよりが自分のそばにいてくれることの方が大事だった。
◇◇◇
徹志はさよりに何かアクセサリーを送りたいと思っていた。
誕生石を調べたらルビーだったから、何か小さな石のついたネックレスでもと考えたら、彼女に着けてほしいとか、自分自身が素敵だなと感じるようなものは大分予算オーバーで、予算ベースで選ぶと、「ああ、予算でここどまりだったんだろうな」と丸わかりのものしか買えない。若いビンボー学生にとって、理想と現実の乖離は激しいのだ。
さよりとの約束の2日前、徹志は、いつも通るバイト先までの動線上に生花店があるのに気付いた。
もちろん何年も前から――それこそ比較的新しいカフェなどが開業されるより前から、そこで営業していたのだが、普段はほとんど意識することがなかった。
(花か…クリスマスの花ってあるのかな…?)
スマホやフィーチャーフォンのある時代なら、その場で「クリスマス 花」と検索すれば、何秒もかからず解決するが、徹志は時間を確認してから生花店に入り、「クリスマスの花って何かありますか?」と従業員に率直に聞いた。
「そうですね…。ポインセチア、シクラメン、バラなんかも意外と出ますが」
「シクラメン…って、どの花ですか?」
徹志は名前を聞いてピンとこなかった唯一の花について尋ねた。
「こちらです」
従業員が提示したところには、大小の鉢植えが鮮やかに並んでいた。
小さめの鉢植えならば部屋に置いておきやすいし、正直金額的にもかなり助かる。
クリスマスらしい真っ赤な花に目がいったが、少し濃いめのピンクの方が、さよりのイメージに合っている気がして、それを選んだ。
「あの、2日後にまた来ます。この花取っておいていただけますか?」
「え、ああ…はい」
「俺は佐竹といいます。そこのカフェでバイトしている大学生なんですが、2日後にカノジョにプレゼントしたいんで」
「そうなんですか。でしたらメッセージカードも添えられますが…」
「いえ、直接渡すんで大丈夫です!」
「はあ…」
従業員の女性はやや呆気にとられつつ、徹志の屈託ない笑顔と奇妙な礼儀正しさを思い出して、笑みがこぼれた。
若いっていいな、彼に愛される女性はきっと幸せだろうなと、何だか甘酸っぱい気持ちになった。
そしてメモ用紙に「サタケ様ご予約」と書いて、ピンクのシクラメンの鉢にセロハンテープで貼付した。
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