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第27章 無自覚相談女
自分の気持ち
しおりを挟むさよりが泣いている間、佐竹は一言も口を出さず、ただ見守っていた。
「ちょっとは落ち着いた?」
「何か、ごめんね…」
麦茶を受け取りながら、さよりは少し落ち着いていた。
「いや、いいんだけど…話くらいなら聞くよ?」
「あのね…」
さよりは頭に浮かんだことを、次々と佐竹に聞かせた。
距離を置こうと言われ、何もできずにいること、好きなはずなのに、彼にされた「腹の立つこと」で怒り直している自分の不可解さ、ややぼかしはしたものの、性的な悩みで彼とうまくいっていないこと…
きちんと書き起こせば矛盾もあるだろうが、だからこそ「率直に話しているのだろう」と、佐竹は黙って丁寧にうなずき、聞き続けた。
「辛いよね。俺も同じ経験があるわけじゃないけど、想像はできるよ」
「自分の本当の気持ちがわからなくて…情けない…」
「気持ちなんて、1秒ごとに変わったっておかしくない。それで自分を責めるような言い方はするなよ」
「え?」
「…って、俺は思うんだ」
ちょっとからかうような、探るような、少し寂しげな笑顔を佐竹は浮かべた。
「例えば俺は、君がこの部屋に最初に来たとき、心底驚いた。次にどうしようもなく浮かれた。君が泣いている間はおろおろしていた。そして今は…」
「今は?」
「言えないよ」
「どうして?」
「言ったら君は、二度と俺に会ってくれなくなる」
「絶対そんなことない。約束する」
さよりには、佐竹が次に言うセリフが読めた気がした。
「水野さんに、キスしたい」
「…しようよ」
「え?」
「彼氏とモメて泣いた女とキスするのは嫌?」
「それ、挑発してるの?」
次の瞬間、佐竹はさよりを抱きしめ、床に押し付けるように覆いかぶさり、キスをした。
「これはさすがに――君のせいだからね。責任取って」
「ん…」
◇◇◇
さよりは佐竹に抱かれている間、ほぼ何も考えていなかった。
かといって、何も考えられないほどの快感に身をゆだねていたわけではない。
佐竹もさほど経験がありそうには思えなかったので、少し汗ばんだ体で自分に覆いかぶさっている様子や表情を見て、(一生懸命だな…何だかカワイイ)などと思ったりもした。
主に考えていなかったのは、「俊也のこと」だ。
距離を置くとは言われたが、別れたわけではない。
その自分がほかの男に抱かれている。
とんでもないことをしているのは分かるのだが、とても自然なことに思われた。
人は「新鮮な性的関係」を得ようとするとき、どんな手を使うか。
単に誰かを誘惑する、お相手を探している相手をうまくキャッチする、誰かの恋人を寝取るなどなど、いろいろと手段はあるが、レイプ行為は論外としても、許される状況と許されない状況がある。
これは多分、許されてはいけない状況だ。
この頃、いわゆる相談女的な言葉はまだなかったが、概念としてはしっかりあったはずであり、さよりのしたことは「流れに身をゆだねて」「ただ佐竹君が欲しかった」と言ったとしても、まるっきり相談女の手口だったといえる。
「俺謝らないよ。その…ちゃんと避妊しなかったこと以外は」
佐竹には恋人も、日常的なお相手もいなかったから、流れに任せたセックスで、避妊具を用意する発想や余裕などあるわけもなかった。
「大丈夫だよ。神様はきっとそこまでイジワルはしないから」
さよりは佐竹を安心させたくて、無責任なことを口走っていた。
そう言って穏やかに笑うさよりの表情が、佐竹には刺激が強すぎた。
「あの…その…今さらだけど…ちょっとそこのコンビニ行ってくる…5分で戻るから」
「え?」
「絶対、帰らないでね」
「うん、このまま服も着ないで待ってる」
意味が分かったさよりは、からかうようにそう答え、部屋を出ていく佐竹の縦長の後ろ姿を見送った。
(痛いとか、怖いとか、そういう問題じゃない。私は彼じゃダメなんだ、きっと)
佐竹の稚拙な愛撫が気持ちよかったわけでもないし、まだ「その瞬間」の苦痛や怯えも残ってはいた。
それでも、佐竹に抱かれて幸せだと思ったとき、さよりには自分の気持ちが見えてしまった。
(俊也さんに、ちゃんとお別れ言わなくちゃ…)
今回の件がこのまま佐竹との交際につながるかはともかく、少なくとも俊也との関係を続けることはできない。
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