【R15】気まぐれデュランタ

あおみなみ

文字の大きさ
上 下
72 / 88
第26章  佐竹の中の水野さより像

カエルの思い出

しおりを挟む


 さて、佐竹がさよりの中学時代を思い返すとき、真っ先に頭に浮かぶ出すエピソードがあった。

 2年生のとき、県西部の湿原に宿泊学習で行ったことがあった。

 2泊3日の行程で、2日目に泊まった山小屋は、飲み物の自動販売機が外にあったものの、不便な山奥という場所柄、非常に金額が高く(片山市街地の2.5倍程度)、小遣いが目減りするのを嫌がって、飲みたくても我慢する生徒も多かった。

 夜の7時頃だったろうか。佐竹はどうしてもコーラが飲みたくなり、自販機を利用し――ようとすると、先客があった。それが同じクラスの「水野さん」だった。
 不思議なことに、彼女は品物を買うでもなく、ただひたすら自販機の前に立って何かを見ている。

「水野さん、何してるの?」
「あ、佐竹君か。これかわいいなって思って」
「かわいい?」
 見ると、小さなアマガエルが自販機の電気が灯ったところにぺたっと張り付いたり、釣銭の返却レバーに2匹、3匹と乗っかったりしていた。
 我が物顔に自販機を占拠しているかのような姿は、確かにちょっとコミカルでかわいらしい。

「水野さん、カエル好きなの?」
「うん。カーミットみたいなキャラものとか。あと図鑑で見たりするのは結構好き」
「へえ…」
「触ったり手に載せたりするのはあんまり得意じゃないんだけど…」

 暗がりでも、さよりの恥ずかしそうな顔が見てとれた。

 うがち過ぎかもしれないが、「そんなこともできないのに、カエル好きとか言っちゃってる自分」をちょっと恥じているように佐竹の目には映り、何となく新鮮さを覚えた。

 意地の悪い見方をすると、大抵の女子が姿のいい哺乳類の愛玩動物をかわいいという中、「両生類や爬虫類や昆虫好きとか言っちゃう自分って変?女子っぽくないよね?」と喧伝するタイプも珍しくはない。
 誰が何を好きでも一向に構わないのだが、個性的な自分を演出するための「変なモノ好きアピール」に、佐竹は内心、嫌悪感を覚えることがあった。

 佐竹が1年のとき同じクラスだった女子が作文コンクールで入選したとき、たまたま読む機会があったが、こんな内容だった。

「私はよく想像をして遊びます。といっても、お姫様になった自分を白馬の王子様が迎えにくるというような想像ではなく、木材や紙を見たときに、「この原料になった木は、どこの国から来たものだろうか」といった想像で(略)」

 全編この調子で、「一般にはこうだが」とか「女子っぽい何か」をいちいち引き合いに出しているのが鼻についた。どんな想像でも勝手にすればいいだろうにと、読んでいてうんざりした。もっと辛辣に言えば、「君にそこまで興味はないよ…」ということになる。

 ともあれ、さよりの態度はあくまで自然体で、個性的ヘンな自分を見て的なてらいはすこしも感じさせない。「カエルのコミカルでかわいいさまは好きだが、触るのはちょっと(笑)」という、ごくありふれた、ちょっとほほえましい少女の特性だ。

◇◇◇

 それまでも、学校でさよりの姿を見て、単に「かわいいな」と思うことはあったし、図書室の閲覧机で熱心に本を読んでいる姿を見れば、何を読んでいるのかが気になったし、スポーツテストで自信のあった種目の結果が不本意で、「もーっ」と悔しがっている姿を目にしたこともある。彼女はかわいいお人形ではなく、平凡で一生懸命な、ごく普通の女子中学生だった。
 そしてカエルのエピソードは、殊更「血が通った魅力的な人間」としての一面を佐竹に印象付けた。

 3日目の朝、多くの生徒が半開きの目でぼーっとした顔で朝食の席にやってきた中、さよりの大きな目だけがイキイキと見開かれていたように見えたのは、佐竹だけではないようだ。変な話、取り繕うことなく、素で美少女ということなのだろう。

「やっぱ水野は今日もかわいいな」

 男子がひそひそ声でそんな話をしているのが耳に入り、佐竹は「カエルの話は自分だけの思い出ひみつにしよう」となぜか考えていた。
 
◇◇◇

 その憧れの「水野さん」と偶然にも再会し、連絡先を交換した。
 「いるような、いないような」と表現する存在の「付き合っているっぽい男」はいるらしいが、連絡先を交換し、「たまには話したい」という申し出にも、一応脈ありの返事をくれた。
 佐竹は具体的に「水野さん」とどうこうしたかったわけではないが、中学時代も、そして今も、彼女は自分の生活に彩りを与えてくれる存在なのだと漠然と感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。 性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。

処理中です...