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第22章 Tシャツとデニム
うそはイケない?
しおりを挟む大好きなはずの人と「夜」を過ごすのが怖くて、うそをついてまで拒んでしまった。
そんなことをしてしまった自分の気持ちを本当に「分かる」とためらいなく言えるのは、多分、全く同じ経験をした者ぐらいだろうとさよりは思った。類似の経験があって想像できる者、を含んでもいいかもしれない。
一方で、「意味わかんない。愛してないの?」で切り捨てる人も少数派ではないだろうとも想像できる。
世の中、想像や自分の経験から無責任なことを言っても遠からずの場合と、ただ的ハズレになる場合というものがあるものだ。
もっとハードな話をすれば、親からひどい仕打ちを受けたものの、何とか自立する力を蓄え、親元を去った人がいたとしよう。
その後、親が猫なで声で「会いたかった」とか「お前だけが頼り」などとすり寄ってきたとしても、その人は親を無下に振り払うだろう。
そんなときに「子供を愛していない親はいない」「意地を張るな」だのと、ご高説を説く者がいたりする。
こんなとき、「愛」という言葉は割と使い勝手よく出てくるが、こうなると、逆に愛こそ諸悪の根源ではとすら思える。
◇◇◇
「初めての行為で心にわだかまりを持ってしまった恋人に、うそをついてまで拒絶された側」にも思いをはせてみよう。
これは割と想像がしやすい。多分こういう言い分に集約される。
「一から説明してくれれば理解したのに、うそをつくなんて」
この場合、「うそは絶対にいけない」という価値観が邪魔をする可能性がある。
「正直に言えば許すのに」などという言葉は、たいてい後出しジャンケンだ。「怒らないから正直に言ってごらん?」という大人たちの甘言の前に泣いた経験のある人は多いだろう(うそつきはどっちだ!という話だ)。
さよりが「あなたのことは好きだが、体の関係は持ちたくない」と率直に言ったとしても、今まで多くの女性と取り組んできた俊也には「そんなことはあり得ない」としか思えない。
俊也がさよりの「初めて」を受け取り、彼女を大事にしようと思ったことに間違いはないが、「大事」の中に、彼女が受け入れられる日まで待ち続けるという選択肢はなかった。
下品な言い方になるが、何しろ一度「貫通」しているわけだから、もうこれ以降は通行可なのだと思うのはおかしくない。
さよりは今までの俊也の言動から、それを嫌というほど読み取っていたからこそ、安いうそで切り抜けてしまったが、正直に言ったら俊也さんが傷つくのではという配慮もあった。
そこまで含めて説明したとしても、俊也は腹を立てるだろう。「お前は俺がそんなに信じられないのか?」と。
男女間でこれを持ち出すのは飛び道具のようなものだ。
俊也はそれまで、さよりの歓心を買うために、「駅で君を見かけた」と、口から出任せを言った。
妙な理屈をつけ、他の女を抱くことを正当化しているし、当然それをさよりには伏せている。
そして、これは多分大した罪悪感もないせいだろうが、さよりに会いに片山まで行く際、数千円の差額をごまかすキセル行為をし、さらにはそれをさよりに面白おかしく語った。
俊也という男の行為を俯瞰で見下ろした上で、「信じられないのか?」と迫られても、「どこを信じたらいいの?」しか答えが準備できまい。
あまつさえ「俺を信じないお前が悪い」という罪悪感を植え付けるのだから始末に負えない。
もしさよりが友人から彼氏について相談された内容がコレなら、こう言うかもしれない。
「そんな男のどこがいいの?」
「ただのクズじゃない、そんなヤツ」
キセル行為への罪の意識の薄さは別問題としても、俊也程度のことを考える男は珍しくもない。それどころか男女逆にしても、同性のカップルだったとしても、結構成り立つ「誠実の使い分け」だ。
「誠実でいたいという気持ちがあるのはうそではない」が、好きな相手から信頼されるために「全てを話すことはできない」のだ。
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