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第19章 松崎敏夫のルサンチマン

逆恨み

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 少しさかのぼるが。
 さよりの実家の住所や電話番号は秋本に拝み倒して聞いたが、さより本人から「勝手に教えた」ことを責められたといって、それ以上の情報は出してくれなかった。

 しかし住所が分かるので、どこの中学校の出身かはおかげで分かった。

 さよりと同じ学校出身の同級生に「卒アルを見せてくれ」と頼んだら、思ったとおり、巻末の名簿に生年月日も載っていた。
 いきなり名簿を見るのは不審に思われそうなので、写真も申し訳程度に見たが、さよりはあどけないかわいらしさで輝いていた。
 「この子かわいいな」と指さしたら、「やっぱ目立つよな。みんな水野のこといいなって言ってたよ」だそうだ。

 卒アルという手があることに気づいた時点では、既にさよりの誕生日は過ぎていたが、覚えておいて損はない。

 満を持して、上京後にプレゼントを渡した。

 女の好きそうなものを思いつかなかったし、本当に喜んでくれそうなものは値が張りそうだ。
 たまたま最寄り駅前のギフトショップで見かけた「保留音ホルダー」に目が行った。
 寮暮らしのようなので、自分の回線は持っていないかもしれない。
 これは電話がなければ話にならないが、今使えなかったとしても、いつかは役に立つ。
 3,000円という金額的にも自分には助かるし、さよりの心にも負担がかかるほどではないはずだ。
 最もふさわしいプレゼントのような気がして、すぐにその場で購入した。

 渡すために会ってお茶を飲みながら話をできた。
 俺は日曜日は夕刊の配達がないから時間を気にせず話せるが、彼女が「電話当番なので」と、想定より早く帰ってしまった。

 寮暮らしは何かと大変そうだ。彼女のように優しい人が、いじめられてはいないだろうか。
 俺のような男にとっては天使のような彼女だが、女性にとっては嫉妬の対象かもしれない。美しく性格のいい子ほど嫌われそうだ。
 さよりは人の悪口は言わないが、「女同士はいろいろあるんです」と困ったように笑っていた。

◇◇◇

 しかしさよりは、女神でも天使でもない、実はただのビッチだった。
 俺という者がいながら、ほかの男とホテルに入ろうとしたのだ。

 相手はかなり今風でカッコイイやつだったが、調子のよさそうな男だった。しかしさよりはそいつが「好き」だという。

 確かに俺は「好き」だと言われたことはないが、彼女は俺にずっと優しかったし、何度も会ってくれた。
 忙しい受験期に(大した難関は受験しなかったとはいえ)手紙をくれ、励ましてくれた。
 そのさよりが、その男とはホテルに入ってもいいくらい惚れているらしい。
 顔か?スタイルか?雰囲気か?あんなチャラチャラした男のどこがいいんだ?

 しかしさよりという女は、それで失望し切ってしまうには魅力的過ぎた。

 俺は4日間の休暇を終え、東京に戻ってから、日曜日の日中はさよりの寮の最寄り駅近くに行って、何となく張り込むことにした。

 2週目にして運よくコンビニで彼女の姿を見た。
 相変わらず化粧っけはなく、いかにも普段着という格好だから、男と会うわけではないのだろう。
 バイト情報誌を立ち読みしていたので、後ろから声をかけると、少し怯えた表情を見せた。
 冷静に話すつもりだったのに、その顔を見たら、妙に嗜虐的な気持ちになった。
 「あの男とヤッたの?」と後を追うと、「あなたには関係ない」とか、「あなたは友達でもNGだと言われた。

 あんなことを言うのは、水野さよりではない。
 少なくとも俺の好きな子ではない、別の何かだ。

◇◇◇

 好きな子のいない東京は、俺にはいる意味がなかった。

 奨学生の契約を途中終了し、田舎でおとなしく予備校に行き直してみようか。今度は障害物はないから真面目に勉強できるし、そうしたら、さよりを見返すほどいい大学に行けるかもしれない。

 しかし――それはそれとして、あのビッチに一矢報いたいという気持ちもある。

 もしあのときのチャラ男とヤッたのならば、さよりはもうバージンではないはずだ。

 俺は好きな女とは結婚まで真面目に考えて、婚前交渉など持たずに初夜を迎えるという理想があった。
 いつだったか、かなり親しい友人にそんな話をしたら、大笑いされた後、「でも、お前らしいな」と言われた。
 さよりには今まで彼氏はいなかったわけだから、きっとバージンだったと思う。
 俺なら彼女を結婚前に傷物にするようなことはしないつもりだった。

 しかし、一度でも傷がついたのなら…もう手遅れだ。
 逆に言うと、俺が気を遣う必要もないわけだ。

 「かわいさあまって憎さ百倍」という、今まで不可解に思っていた言葉が理解できた気がする。
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