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第17章 土曜の夜と日曜の朝

飲み食い

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 絵をゆっくりと見て回っているうちに、気づけば3時を過ぎていた。
 そこで俊也がはっと気づく。

「そういえばメシ食った?俺まだだった」
「あ――実は私も…」
「うっかりしてたな。何か食おう。何がいい?」
「ええと、何でも食べられます」
「そりゃいいや」

 その言葉を受けて牛丼屋に入ると、さよりは妙にきょろきょろと、落ち着きのない様子だった。

「どうかした?」
「あ――牛丼って初めてで…」
「そうなの?片山にもこの店あるよね?友達と入ったりは?」
「したこと、ないです」
「そうか。ハツタイケンか」
「あ、その…」
 緊張を解くためにからかったつもりが、妙に意識させてしまった。
 俊也は軽い失敗感を感じたが、さよりがうつむいている様子もまたかわいらしいと思った。

 元号が2度変わり、21世紀になって20年以上という時点で振り返ると信じられない話だが、当時は牛丼屋に若い女性が入ること自体がレアだったのだ。

 それでも牛丼という食べ物自体はさよりの口に合ったようで、おいしそうに箸を動かしていた。

「箸使うの上手だけど――こういうのはこうしてかき込んでもうまいよ」
「あ、やったことなくて…」
 米粒を箸で器用につまみあげていることを指摘され、なぜかさよりは恥ずかしそうに言った。
「女の子はそうか」
 お嬢様演出というわけでもなさそうだ。
 実際、何度か飲食をともにし、実家にもひょんなことから遊びに行ったときの印象から、さよりは大分育ちがいいように思えた。

 牛丼の食べ方一つでも、こんなに初々しさを感じ、かわいいと思ってしまう。
 (これは相当ホレているな)と、俊也は他人事のように思った。

◇◇◇

 腹ごなしに公園を散歩したり、さよりの希望を聞く形でウィンドーショッピングを楽しんだりした後、夕飯を兼ねた飲みということで、適当な居酒屋に入った。学生など若い客が多く、低廉な料金で値段相応の料理が出るところだ。
 メニューをじっくり見て、「あの、これ注文したいです」とさよりが指さしたのは、白身魚のフライを甘酢あんでからめたものだった。
 
「こういうの好き?」
「はい。酢豚とか、南蛮漬けとか…」
「あー、なんか傾向見えてきたぞ。ひょっとして得意料理だったりする?」
「いえ、どちらも結構手数てかずが多いので、ひとりで作ったことはないです」

 そういえば、さよりの卒た高校には家政科もあり、普通科でも家庭科の授業が結構本格的だったという話を、前に片山に行ったときに聞いたなと思い出した。

「さよりの手料理、食べてみたいな」
「え…そんなにうまくはないですよ」
「さよりが作ったってことが重要なんだ」
 厳密には「料理を作ってくれるようなシチュエーションが重要」だ。
 特に朝飯を作る音とにおいで目を覚ますのは、一種のロマンだが、まだ酒も入っていないうちに、そんなからかい発言をしない方がいいかもしれない――と、先日の反省から思った。

 さよりはやはりあまり強くはないようで、ごく薄いサワーなどを2杯だけ注文し、あとはウーロン茶に切り替えたが、少量でもアルコールはアルコールだ。リラックスしている様子が見てとれた。

(潮時だな…)

「ねえ、この後俺の部屋に行く?それとも…」
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