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第6章 C調男にご用心
電話番号
しおりを挟む「家はこの近くなの?」
気を取り直して俊也が尋ねると、さよりはほぼ警戒心ゼロで、自分が県の女子寮に入っていることを話した。
「そうなんだね。俺は寮とか無理だな。気を使いそう」
「慣れると結構楽しいですよ」
「へえ――あ、そうだ。ここで会ったのも何かの縁だし、ちょっとお話しない?」
「あー…」
電話当番さえなければ、二つ返事で乗りたいお誘いだが、状況を説明し、丁重に断った。
「そっか、残念」
「あ、でも!当番のない日なら…その…とし…安部さんがお忙しくないときで…」
「呼び方、トシヤでいいよ。今そう言いかけたでしょ?」
「え!あ、すみません…」
「こっちこそ、かわいい子に名前を覚えていてもらえてうれしいから」
「そんな…」
もし、ここ1時間のさよりの挙動にずっと注目している人間がいたら、ついさっきまで、けんもほろろに松崎の相手をしていた女の子と、下を向いてもじもじしているこの子が同一人物かと、目を疑うだろう。
俊也もそういったことには敏感だから、さよりが自分に関心があることをすぐかぎ取った。
さよりは切らしかけていたシャンプーを買ったが、俊也は特にコンビニに用事があったわけではなく、ちょっとした暇つぶしというか、気分転換で寄ったようで、何も買わずに出た。
「あ、ちょっと待ってね」
俊也はそう言うと、カードケースから名刺を1枚出し、さよりに渡した。
「これ…名刺ですか?」
「あ、ごめん。表には大学の情報しか書いてないよ。裏見て」
くるっとひっくり返すと、手書きで電話番号らしき数字の羅列があった。
「それが俺の部屋の電話番号。暇なときはいつもでも電話してよ」
「いいんですか?」
「寮だと電話も結構不自由だろうからね」
松崎とは雲泥の差だ。何と気の利く人だろうと、さよりは些細なことに感激してしまった。
手に持っていた松崎からのプレゼント「オルゴール付き受話器ホルダー」が、にわかに重く感じた。自分の電話も持っていない人間に、こんなものどうしろというんだと、腹立たしくさえ感じた。
「おしゃべりしたいときでもいいけど、俺としては「これから会えますか?」なんて電話が理想かな」
「えっ、でも――晴海ちゃんは…」
「あ、水野はただの友達だよ。付き合ってたっぽい感じだったこともあるけど、今は別に彼氏いるみたいだしね」
「そうなんですか?」
さよりの表情がぱっと明るくなったのを見て、俊也は内心、(勝負はもらった!)ぐらいの心境になっていた。
「本当に待ってるからね」
「はい、絶対電話します!」
余談ながら、きちんとしたステディとの男女交際やキスの経験すらないさよりには、「付き合ってたっぽい感じ」というのがどういうニュアンスか、いま一つ分かっていなかった。
◇◇◇
名刺の表には、ローマ字表記の大学名と、何かサークル名のようなものが入っていた。
この前年の学園祭のときにノリで作ったとのことで、今はそのサークルにはほとんど顔を出していないという。
さよりは名刺の裏面に手書きされていた電話番号には、さして疑問を持たなかった。少し疑り深かったり、こうした手管に慣れている者だったら、「こんなのそこらじゅうにばらまいてるんでしょ?」と突っ込むところだが、ただただ、俊也に直接アクセスできる手段を得たことがうれしかった。
学生証にそっとしのばせ、「いつ電話しようかな」などと考えながら、その日の電話当番を無事務め上げた。
例の受話器ホルダーは、寮長に許可を取って、寮の電話のそばに置くことにしたが、デザインの野暮ったさはともかく、明るい曲調はなかなか評判がよかった。
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