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第3章 それぞれの春
さよりの思惑
しおりを挟む常緑女子短大は短大には珍しく、推薦入学制度がなかった。
さよりは模擬試験は常に惜しい感じのB判定だから、合格圏内と言えなくもないが、入試でミスをしたら一巻の終わりである。彼女に限った話ではないが、油断大敵だ。
松崎とは相変わらず手紙のやりとりをしていた。
彼はネタ帳でも持っているのか何なのか、いつもいろいろ見聞きした、「自分が」面白いと思ったことをことをつらつらと書き綴るので、レポート用紙4、5枚のボリュームになる。正直、最初に手紙を書き送っていた頃よりも悪化しているので、さよりはだんだんと「拾い読み」するようになった。
こうなると、童謡『やぎさんゆうびん』の黒ヤギさんと白ヤギさんのように、正確な手紙の内容など把握していないので、いよいよもって無難な返事しか書けなくなる。
それだけならまだしも、「たまには息抜きに映画でも見にいきませんか?」などと、のんきなお誘いをしてくることもある。
彼が提示するタイトルは、超大作ハリウッドアクションやらSFやらで、さよりはあまり好みではなかったこともあり、「模試が」「用事が」と適当に断り続けた。
たとえ受験期でも、「息抜きに」と言われれば揺れるということはあるだろう。
例えば俊也が誘ってくれたなら、好みの映画でなかったとしても、「万障繰り合わせて」ついていったかもしれないが、東京在住で恋人もいる彼が、わざわざ片山まで来て受験生を誘うわけがない。
100の力で書いた手紙に20程度、あるいはそれ以下かもしれない労力で返事をしてくるような女のどこがいいのか知らないが、初期の段階で無視するか、「迷惑です」「友達も無理です」「もう手紙をよこさないで」という対応ができなかったさよりのことを、松崎は勝手に「容姿だけでなく、性格も素晴らしい女の子」だと判断した。
さかのぼって言うと、さよりは最初の返信をしたときに、封筒の封印に「緘」の文字を使った。それは「覚えたばかりだったので使ってみたかった」という、単なる気まぐれだったのだが、このような些細なことすら「さすが才色兼備」と松崎の頭の中では変換される。
◇◇◇
一応さよりも、全く無策というわけでもなかった。
常緑と、もう1ランク下の安全圏の短大を受験する予定だが、どちらも東京だから、家を出る必要がある。
晴海の家からは、東京の学校に来るならうち住まないかと誘われていたが、それは断った。
親には「遊びにいくのとはわけが違うから、気を使いそう」と説明したが、本音は「俊也さんと付き合っている晴海ちゃんを近くで見るのは嫌」だった。
晴海自身を嫌いなわけではないだけに、なお厄介なのだ。
一応考えているのは、F県の女子学生寮だった。
取り寄せた資料によると、渋谷へも新宿へも公共交通機関で20分程度で出られる好立地らしいし、学校にも近い。県が運営しているので、寮費の負担も比較的軽そうだ。
必ず入れる保証はないが、寮という共同生活を厭う者も多いだろうから、意外と「いける」のではないかと、さよりは楽天的に考えていた。
その上で「それが駄目だったら晴海ちゃんちに」ということになった。
親戚の中でもかなり親しくしているから、お互いの親はむしろそれがベストだと思っているほどなのだ。
要するに、この上京の段階で松崎への連絡を断てばいい。
学寮や親戚宅の居候ならば、松崎の接触自体が難しくなるだろう。
親は見ず知らずの男に「連絡先を教えろ」と言われてホイホイ教えることはないだろうし、おしゃべりの和美も、さすがに今回は自重してくれるだろう。
もし松崎も東京に行くにしても、そうそう偶然に顔を合わせるものでもあるまい。
当時人気のあったお笑い芸人が書いた毒舌エッセーの中で、「田舎モンはすぐ思いつめるから、同郷の男と女が偶然東京で会ったっていうだけで、すぐに運命感じて気持ちが盛り上がって、同棲とかし始めちゃうんだよな」的なことを書いているのを、さよりは立ち読みし、苦笑いしたことがあった。
松崎の盛り上がりようを見ていると、あながち誇張でもない気がする。
ただ、さよりにしてみたら「ないないない!」と全力で否定なので、その温度差が喜劇であり、悲劇であった。
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