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第1章 ちょっと寄り道
不本意な文通
しおりを挟む「ちなみに電話は緊張するから苦手で、手紙書くって言ってた。だから、近いうちに届くんじゃないかな」
「分かったよ…」
さよりの両親は、その手のことに理解があるというほどではないが、異性から来たと思われる手紙を勝手に開封する、ビリビリに破るなどの非常識なことはしないだろう。
差出人の名前を見た母親が「同級生か誰か?聞いたことない名前ね」くらいは追及するかもしれないが、面倒なときは全部和美のせいにしようと思った。母親とは面識があるし、「和美ちゃんの知り合いなら大丈夫ね」程度には認識されていたからだ。
◇◇◇
和美の言葉どおり、手紙はそれから3日後に届いたが、それを受け取ったさよりの一言は無慈悲そのものだった。
「わっ、きったない字…」
といっても、普通の男子高校生など、おしなべてこんなものかもしれない。
字がきれいなのは、確かに男女問わずちょっとしたセールスポイントにはなるだろうが、字が汚いオトコとは絶対付き合わない!と言っている女子をさよりは見たことがなかったし、彼女自身もそこまでのこだわりはなかった。最低限読めれば、あまり問題はあるまい。
本文は、東地大附属高校のオリジナルレポート用紙4枚にわたってボールペンで書かれていた。
家族構成、好きな食べ物、得意な科目、身長…。ふっくらした印象の子だったが、「さすがに体重3ケタはないですよ。盲腸の手術の後、太り出して」などと書いてあった。
不思議な話だが、誤字脱字の多さが、むしろ真面目な性格を端的に表しているようにさよりには思えた。
といっても好印象という意味ではなく、心への負担が大きいという意味でだ。
多分、少しでも自分のことを知ってもらいたい、アピールしたいという思いが、字を間違えさせ、書き飛ばさせるのではないか。
笑わせようとしているのか、小話的なものもちょくちょく書いてあるが、残念ながらさよりは、「ちょっとノリが合わないな」と思った。
◇◇◇
さよりは松崎からの手紙に対し、どう対処すべきだったろうか。
まず、全く無視というわけにもいかないだろう。
「友達でいい」と言っている相手に「付き合えません」はおかしいが、だからといって「友達もNG」を角が立たないように伝えるすべを、彼女は知らなかった。
ひとまず返事を書かなくてはいけない。
電話番号も書いてあったし、それは自室の自分専用の回線らしい。
(それなのに電話苦手って、宝の持ち腐れじゃん…)と、さよりは思った。
どちらにしても、さより自身もあまり電話は得意ではなかったし、手紙を読んで「合わなそう」と思った相手と、何を話していいか分からなくなるだろう。
「お手紙ありがとうございます。松崎さんのことをいろいろ知れて面白かったです。今年は3年生ですから、進路関係で大変だと思いますが、お互い頑張りましょう 水野」
というような内容を、松崎から質問されたことにボチボチ答えつつ膨らませ、やっと便箋1枚分だけ書き、たまたま切手が1通分だけあったので、翌朝すぐに投函した。
◇◇◇
その投函から3日後、また前回と同じくらいの分量の手紙が松崎から届いたとき、さよりは自分の対応の失敗を悟らざるを得なかった。
客観的に見ると、大変好感度の高い手紙だったからだ。
要するに、当たり障りなく書いたつもりのさよりの返事が逆効果だったということだろう。
というよりも、「さよりから返事をもらった」という事実こそが、松崎少年にはポジティブ要素だったようだ。
「松崎さん、だと病院の受付みたいなんで、「松崎君」とか「敏夫君」でいいですよ」
さよりはそのように言われても、(え、名前呼ばなきゃダメですか?)としか思えない。
今になって正解が何だったかを知る。
礼儀知らずだと思われてもいいから、無視すべきだったのだ。
例えば松崎がこの件で和美に文句を言うことがあったとしても、そもそも自分に無許可で連絡先を教えたのだから、文句の窓口にもなってもらえばよかったのでは…と考え直した。
同級生の連絡先を勝手に他校生に教える和美。
ちらっと見ただけの女子に、長い長い手紙を2通も書く松崎。
その松崎に、どうとでも取れる、体裁を繕っただけの返事を書く自分。
その三者全員に「何でそういうことするかな!」と突っ込みたい気分だった。
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