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第1章 ちょっと寄り道
親友の元同級生
しおりを挟む1986年5月、場所はF県片山駅前中央大通り商店街。
県立南高校の3年生で、中間テストを終えたばかりの水野さよりは、1年のときから仲のいい秋本和美と2人、「打ち上げ」と称してファストフード店にいた。
ポテトのLサイズを一つ、そしてそれぞれの飲み物を注文し、おしゃべりに興じるだけではあるが、独特の解放感が2人の口を滑らかにする。
すると、南高のものとは違う制服を着たひとりの男子が2人に近づき、声をかけてきた。
「あの、秋本だよね?」
「え?あー、松崎じゃん。久しぶりー」
和美は電車で3駅の森ノ宮というところから通っている。
3駅といっても、田舎のため駅と駅の間隔が広く、電車だけで20分かかる。この地方としては、立派に長距離通学と表現して差し支えなかった。
さよりはターミナルである片山駅から歩いていける距離に住んでいたので、もともと和美の電車待ち時間調整に付き合うことが多かった。
和美がさよりに説明するには、
「こいつの家、松崎の中学卒業のタイミングで一つ向こうの空閑沢に引っ越してさ。しかも高校が東地大附属でしょ?だから毎日電車だけで30分以上かかってるんだよ――ね?」
東地大附属というのは、片山から見て森ノ宮とは反対方向に1駅行ったところにある「片山安西」という駅から歩いて7分ほどの私立高校だった。
森ノ宮にも高校はあったが、普通科だけの特徴のない小さな学校だったため、大学進学を意識している者や、特定の職業系の学科に行きたい者は、選択肢の多い片山の高校に進学するのが一般的だった。
「秋本、引っ越しのことよく覚えてたな…」
“こいつ”こと松崎少年は、自己紹介するまでもなく和美にやたら詳しく説明され、恥ずかしさで頭をかくようなしぐさをした。
「わざわざ片山で降りたの?」
「あー、安西のあたりは何もないから。本屋によって参考書買ってきた」
松崎少年が2人に見せた紙袋には、「東洋書店」と書かれていた。
それは駅前のアーケード街にある3階建ての書店で、片山市民、殊に学生は、参考書から漫画まで「欲しい本はトーヨーで」がお約束になっているほど品ぞろえがいいのだ。
さよりは特に興味も意味もなく、「そうなんだ。大変だね」とだけ言った。
すると松崎はさよりの顔をじっと見て、「…ああ、まあ…」と、先ほどまでの饒舌さはどこへやらの態度になった。
こう言ってはなんだか、さよりはこの手の反応には慣れっこである。
どうやらさよりの容姿は、男子から興味を持たれやすいらしい。
時には交際を申し込まれたり、単発のデートに誘われたりしていた。
仲のいい友人たちは、そんなさよりを「なんであんたばかりそんなにモテんのよ!」とうらやみつつ、とどのつまりは「ま、さよりだしね」と納得する程度で、不思議なほど嫌われたり反感を買ったりしない、得な性質だった。
「あ、俺電車の時間…じゃ、また…」
松崎少年は腕につけたダイバーズウオッチに目を落とし、和美とさよりになぜか会釈をしてその場を去っていったが、その際、少しだけ振り返って、ちらりとさよりを見た。
◇◇◇
「あいつとは中学時代、結構仲良かったんだよね」
「そうなんだ」
さよりはほかの女子のように、「何今の?カレシ」などとは聞かないので、和美は彼女のそんなところを気に入っていた。
さよりがもし松崎という男子に興味を持っていたら、質問攻めのシチュエーションだったろうが、話はそこで終了し、すぐにテストの出来栄えや、好きな芸能人の話、クラスメイトの噂話などにシフトした。
さよりは松崎の顔を、家に帰る頃にはすっかり忘れているだろう。
間違ってもモンタージュ写真の作成や似顔絵描きに協力はできない。
松崎がそれくらい平凡で目立たない少年であるせいもあるが、そもそもさよりは松崎の顔をろくに見ていなかった可能性が高い。
しかし、その出会いとも言えない出会いは、さよりにとっては「終わり」、松崎にとっては「始まり」だった。
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