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エピローグ

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「このまま、朝まで一緒に寝よう?」

 幼馴染がベッドで提案する。もちろん私に異存いぞんは無い。

 友人同士だった私達は、恋人同士となった。私は所詮しょせん薄情はくじょうな現代人なのだと思う。テレビで戦場のニュースを見ても涙は出ないのに、身近みぢかな猫が亡くなっただけでなげき悲しむ。そして幼馴染に抱かれて、今は幸せを感じていた。

 きっと私は立ち直る。そして小説で、身近な人々を愛する主人公の姿を書く。その情景を通して、愛のとうとさと善への志向を訴える。私が書きたいものとは結局、その程度のものだ。

「ねぇ、長編の主人公は、どんなキャラクターなの?」

 幼馴染がたずねてくる。「まだ、書くとは限らないけど」と私は笑って、更に続けた。

「たぶん暴力的な男子になる。その男子が愛を知って、善人になる事を目指めざしていくかな」

 小説の中では、悪も悲劇も書かれるだろう。それらは結局、光をえがく際にしょうじるかげのようなものだ。ドストエフスキーが最も書きたかったものは光の世界だったと私は考えている。

「ドストエフスキーに付いては、私は分からないしさ。実際に何を書きたかったのかも知らないけど……貴女あなたが書きたいテーマには、価値があると思う」
「そう言ってもらえると嬉しいな」

 苦笑するしか無かった。私に対する彼女の評価はあますぎるので信用できない。

「信じてなさそうだけど、本当よ? 愛と、善への志向でしょ? それは昔の文学者を持ち出さなくても、貴女が自信を持って書いて良いものよ。ドストエフスキー以外を扱った長編を書いてもいいと思うな」

 幼馴染は私に、政治性が強い小説を書かせたくないようだ。ただ、何を書くにしても、その問題から完全にのがれる事はできないだろう。安倍元首相が亡くなったのと同じ日に、私の猫も亡くなった。暗殺を恐れて、ふでわけには行かない。そんな事をしたら、私の猫にもうわけが立たない。

 表現の自由を守るためには、声を上げ続けるしか無いのだ。私に取って、猫は自由の象徴である。私のようなアマチュア作家さっかは皆、無名の猫だ。夏目漱石も無名の猫の話を書いて、そこからプロの作家に転身てんしんしている。

 私達はごえを上げ続ける。声は呼応こおうって、世界中からひびき続ける。まるで発情期の猫のようなもので、声を嫌う人間からすれば、たまったものではないだろう。

「また、何か難しい事を考えてるんでしょ? 駄目よ、ちゃんと私を見て」

 今や恋人となった幼馴染が、いろんな意味で私にあつを掛けてくる。私も彼女には弱いから、案外あんがい、押し切られて平和な内容の小説を書くかも知れない。アマチュア作家業さっかぎょう見切みきりをつけて、他の職業を選ぶかも。それはそれで幸せになれそうな気がした。



 私達がベッドで仲良くしていると、不意ふいに猫のき声が聞こえた。それも近い距離からのもので、錯覚さっかくかと思ったけれど「私にも聞こえた」と幼馴染が言う。なかった。ここはマンションの高層階で、室内にも猫なんか居ないのに。

「きっと、お盆だから猫が帰ってきたんだよ」

 あっさりと幼馴染が言った。あまりにも自然に言われたので、そうかも知れないと私も思った。今は深夜で、日付は八月十五日となっている。終戦記念日だ。

 歴史上に名前をのこさなくとも、私達は生きている。亡くなった無名のたましいたちの声が聞こえそうで、私は耳をます。政治家や独裁者が、その声を嫌うとしても、私達は耳をかたむけるべきなのだろう。

「にゃあにゃあにゃあ」

 これは猫の声、ではない。幼馴染のものだった。

「どうしたの、急に」
「何だかさびしそうだったから。私が貴女あなたの猫になるわ」

 真面目まじめなのか不真面目ふまじめなのか、判断にこまった。笑うしか無くて、私も彼女にこたえる。

「じゃあ、私も、貴女の猫になる」

 私は笑って、笑いすぎたからか少し、涙が出た。「にゃあにゃあにゃあ」と誤魔化ごまかしてみるけど、声がふるえて上手うまく行かない。「泣かないで……」と言う幼馴染も、すでに泣いている。彼女は私の痛みを、自分の痛みとして感じてくれる子だった。

 私達は無名の猫だ。世を去った命をおもって、隣に居てくれるいとおしい存在とむついながら、これからも私達はせつなくごえを上げ続ける事だろう。
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