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第十章『?(シークレット)』、エピローグ
5 猫ちゃん、帰ってきた愛に包まれる
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「吾輩の夢が、何だか面白おかしくなったのは、小説の神様の働きに寄るものですか」
目の前の神様が落ち着いた頃に、吾輩、尋ねてみた。思えば色々とあった。隕石の中に閉じ込められたり、龍之介くんと一緒に戦場に行かされたり。お寺で拳法の修行をしたり、掲示板になったり、百年後の未来で電脳空間のホテルに泊まったりだ。あれは夢なのか電脳空間なのか、どっちなのだろうか。
「うん、半分はね。でも、もう半分は、猫ちゃん自身が夢を大きくしていったのよ」
「夢を大きく、ですか」
「そう。複数の夢をね、並べていくと、大きくなっていくの。例えば怪談を百話、語り終えたらオバケが出るとか言われてるでしょ? 猫ちゃんが夢を並べていく事で、インスピレーション、つまり閃きが生まれて物語になったの。猫ちゃんの夢は、猫ちゃんの主人の夢とも繋がって、小説を書き上げさせたのよ」
「閃きですか。マンガで良くある、雷が脳に落ちてくる描写ですね。天からウナギが電撃を落としてくるんでしょうか」
「ぷっ」と神様が、何故か笑い出す。主人はウナギを食べていたなぁと吾輩、思い出す。漱石先生もウナギは好物だったそうだ。ウナ丼はインスピレーションを得るのに良い食べ物かも知れない。
「もう、お話は終わりに近いけど、猫ちゃんの夢は広がり続けていくのよ。イマジネーションは別の物語へと続いていくの。そうやって文学、小説、マンガは繁栄していくと信じてるわ」
「漱石先生が書いた、猫の物語が後世に影響を与えたように。そういう事ですね」
物語は形を変え、生まれ変わって何度も蘇る。いつか吾輩は死ぬ。しかし転生して、新たに語り直される。命は物語である。愛がある限り、物語は永遠に続いていくのだ。
「主人が書いた小説は、どうですかね。出版社から相手にされるのか、どうか」
「分からないけど、駄目なら駄目で、別のお話を書けばいいのよ。漱石先生は、自分の人生を懸命に生きる人々の姿を書いたわ。小説が売れなくても漱石先生より長生きして、奥さんと幸せに暮らしていければ、それは人生の勝利者だと私は思う」
「主人の奥方ですか、帰ってこないのでは? 吾輩は長い事、見てませんよ」
「大丈夫よ、猫ちゃんの目が覚めたら分かるわ……だから、そろそろ、お別れしましょう」
物語は、いつか終わる。吾輩は吾輩の物語を締めくくる時である。
「また会えますかね、神様」
「会えるわよー。何だか永遠の別れみたいな雰囲気だけど、そんな事は無いわ。今の猫ちゃんは精霊というか、ひょっとしたら私より上位の神様みたいなポジションになってるのよ。今の猫ちゃんは過去にも現在にも未来にも存在できる。姿を変えて別の物語として存在できるわ」
「そうなんですか。小説の神様も、同じ事が出来るのでは?」
「うん。どちらかと言えば、私は裏方みたいな存在だから、積極的には顔を出さないと思うけどね。縁があったら、別の物語で会いましょう。参考までに聞くけど、次はどんな物語が好みかしら?」
吾輩、ちょっと考える。
「基本はハッピーエンドがいいですね。そこに至るまでには困難もあって、でも乗り越えて成長していく。そういうキャラクターを見たいです。人でも猫でも精霊でも良いので」
次はドストエフスキーを読む少年の話だろうか。バイオレンス描写があっても良いかも知れない。あるいは別の作品で、ラッキースケベを積極的に取り入れても良いかも知れぬ。
後は……犬を悪者扱いしない話だろうか。吾輩、「権力の犬になる事はお勧めしない」などと述べたが、国家公務員を悪者扱いするのは違う。吾輩は精神的な自由を愛しているだけだ。
「うん、参考になったわ。最後に改めて言うけど、猫ちゃんは百二十才まで生きられるからね。ガールフレンドの、お白さんも。龍之介くんも同様です。戦争で世界が滅びたりしない限り、の話だけどね。頑張って平和を勝ち取って、楽しく元気に過ごして下さい」
「さようなら、小説の神様。貴女も、お元気で」
目が覚めた。階下からは、まだ主人と山師が話している声が聞こえる。龍之介くんは寝ているのかと思っていたが、まだ吾輩が眠る前と同じように窓の外を眺めていた。
龍之介くんの様子を見ていると、ふと彼が、吾輩の方に顔を向ける。そして言った。
「来ますよ」
何が来るのかと思う間も無く、一階から主人の携帯が鳴る音が聞こえた。主人が電話に出る。
「……ああ……うん、待っている。ここで、龍之介と一緒に、待っているよ……」
主人が電話を終えた。そして山師に、「お前、もう帰れよ」と言い出す。
「あー、そうかそうか。長い事、家を空けてた、お前の妻が帰ってくるのか」
「いちいち確認するな。おら、帰れ帰れ」
「ウナギ、まだあるからな。置いていくから、今夜に備えて精力を付けておきな」
「早く帰れ!」
山師が笑いながら去っていく。吾輩は龍之介くんを見ていた。
「帰ってきますよ、吾輩さん」
無邪気に彼が笑う。全てを見通す天才児の笑顔だ。ふと吾輩は、主人を担当していた女編集者の事が頭に浮かんだ。彼女には望みが無い。あの胸の大きい編集者が新しい恋を見つける事を吾輩、願った。
「良かったね。今日は、お母さんに、うんと甘えるといい」
吾輩、家の外にでも行くつもりで、部屋から出ようとする。それを龍之介くんが引き留めた。
「お母さんとは、吾輩さんと一緒に会います。一緒に甘えましょう、吾輩さん」
にっこりと、有無を言わせぬ態度である。吾輩も、あえて拒否はしなかった。
目の前の神様が落ち着いた頃に、吾輩、尋ねてみた。思えば色々とあった。隕石の中に閉じ込められたり、龍之介くんと一緒に戦場に行かされたり。お寺で拳法の修行をしたり、掲示板になったり、百年後の未来で電脳空間のホテルに泊まったりだ。あれは夢なのか電脳空間なのか、どっちなのだろうか。
「うん、半分はね。でも、もう半分は、猫ちゃん自身が夢を大きくしていったのよ」
「夢を大きく、ですか」
「そう。複数の夢をね、並べていくと、大きくなっていくの。例えば怪談を百話、語り終えたらオバケが出るとか言われてるでしょ? 猫ちゃんが夢を並べていく事で、インスピレーション、つまり閃きが生まれて物語になったの。猫ちゃんの夢は、猫ちゃんの主人の夢とも繋がって、小説を書き上げさせたのよ」
「閃きですか。マンガで良くある、雷が脳に落ちてくる描写ですね。天からウナギが電撃を落としてくるんでしょうか」
「ぷっ」と神様が、何故か笑い出す。主人はウナギを食べていたなぁと吾輩、思い出す。漱石先生もウナギは好物だったそうだ。ウナ丼はインスピレーションを得るのに良い食べ物かも知れない。
「もう、お話は終わりに近いけど、猫ちゃんの夢は広がり続けていくのよ。イマジネーションは別の物語へと続いていくの。そうやって文学、小説、マンガは繁栄していくと信じてるわ」
「漱石先生が書いた、猫の物語が後世に影響を与えたように。そういう事ですね」
物語は形を変え、生まれ変わって何度も蘇る。いつか吾輩は死ぬ。しかし転生して、新たに語り直される。命は物語である。愛がある限り、物語は永遠に続いていくのだ。
「主人が書いた小説は、どうですかね。出版社から相手にされるのか、どうか」
「分からないけど、駄目なら駄目で、別のお話を書けばいいのよ。漱石先生は、自分の人生を懸命に生きる人々の姿を書いたわ。小説が売れなくても漱石先生より長生きして、奥さんと幸せに暮らしていければ、それは人生の勝利者だと私は思う」
「主人の奥方ですか、帰ってこないのでは? 吾輩は長い事、見てませんよ」
「大丈夫よ、猫ちゃんの目が覚めたら分かるわ……だから、そろそろ、お別れしましょう」
物語は、いつか終わる。吾輩は吾輩の物語を締めくくる時である。
「また会えますかね、神様」
「会えるわよー。何だか永遠の別れみたいな雰囲気だけど、そんな事は無いわ。今の猫ちゃんは精霊というか、ひょっとしたら私より上位の神様みたいなポジションになってるのよ。今の猫ちゃんは過去にも現在にも未来にも存在できる。姿を変えて別の物語として存在できるわ」
「そうなんですか。小説の神様も、同じ事が出来るのでは?」
「うん。どちらかと言えば、私は裏方みたいな存在だから、積極的には顔を出さないと思うけどね。縁があったら、別の物語で会いましょう。参考までに聞くけど、次はどんな物語が好みかしら?」
吾輩、ちょっと考える。
「基本はハッピーエンドがいいですね。そこに至るまでには困難もあって、でも乗り越えて成長していく。そういうキャラクターを見たいです。人でも猫でも精霊でも良いので」
次はドストエフスキーを読む少年の話だろうか。バイオレンス描写があっても良いかも知れない。あるいは別の作品で、ラッキースケベを積極的に取り入れても良いかも知れぬ。
後は……犬を悪者扱いしない話だろうか。吾輩、「権力の犬になる事はお勧めしない」などと述べたが、国家公務員を悪者扱いするのは違う。吾輩は精神的な自由を愛しているだけだ。
「うん、参考になったわ。最後に改めて言うけど、猫ちゃんは百二十才まで生きられるからね。ガールフレンドの、お白さんも。龍之介くんも同様です。戦争で世界が滅びたりしない限り、の話だけどね。頑張って平和を勝ち取って、楽しく元気に過ごして下さい」
「さようなら、小説の神様。貴女も、お元気で」
目が覚めた。階下からは、まだ主人と山師が話している声が聞こえる。龍之介くんは寝ているのかと思っていたが、まだ吾輩が眠る前と同じように窓の外を眺めていた。
龍之介くんの様子を見ていると、ふと彼が、吾輩の方に顔を向ける。そして言った。
「来ますよ」
何が来るのかと思う間も無く、一階から主人の携帯が鳴る音が聞こえた。主人が電話に出る。
「……ああ……うん、待っている。ここで、龍之介と一緒に、待っているよ……」
主人が電話を終えた。そして山師に、「お前、もう帰れよ」と言い出す。
「あー、そうかそうか。長い事、家を空けてた、お前の妻が帰ってくるのか」
「いちいち確認するな。おら、帰れ帰れ」
「ウナギ、まだあるからな。置いていくから、今夜に備えて精力を付けておきな」
「早く帰れ!」
山師が笑いながら去っていく。吾輩は龍之介くんを見ていた。
「帰ってきますよ、吾輩さん」
無邪気に彼が笑う。全てを見通す天才児の笑顔だ。ふと吾輩は、主人を担当していた女編集者の事が頭に浮かんだ。彼女には望みが無い。あの胸の大きい編集者が新しい恋を見つける事を吾輩、願った。
「良かったね。今日は、お母さんに、うんと甘えるといい」
吾輩、家の外にでも行くつもりで、部屋から出ようとする。それを龍之介くんが引き留めた。
「お母さんとは、吾輩さんと一緒に会います。一緒に甘えましょう、吾輩さん」
にっこりと、有無を言わせぬ態度である。吾輩も、あえて拒否はしなかった。
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