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第四章『三四郎』
4 猫ちゃん、講義前半を締めくくる
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「広田先生の家では『皆で菊人形を見に行こう』という話になってね。そういう興行が、昔は多かったんだってさ。与次郎は、とある原稿を書く用事があって行かない。日曜日に、他のメンバーで興行を見に行く事になるんだ」
「美禰子さんと三四郎さんは行くんですね。デートじゃないですかー」
「いいよね、青春だねー。メンバーは広田先生、野々宮と妹のよし子、美禰子、三四郎の五人となりました」
日曜日に皆で集まって、そこで出発前に、三四郎は野々宮と美禰子が議論をしている場面に遭遇する。飛行機の話らしいが、野々宮が「高い所に行けば、地面の上に落ちて死ぬ」というような事を言う。対して美禰子は「死んでも、その方がいい」と言う。これは美禰子の、自由への憧れなのだと吾輩は思う。
「皆で出かけた興行は人だかりが凄くてね。そこで美禰子は気分が悪くなって、皆から離れる。心配になって、三四郎は美禰子を追いかけるんだ。美禰子は滝の傍の手すりに寄りかかっていて、滝の方をじっと見てる」
「何で滝を見てたんですかね」
「さあねぇ。その辺りは、はっきりとは書かれてないからね」
ここで読者や三四郎が連想するのは「自殺」であろう。三四郎は野々宮の家で、線路に飛び込んだ女の自殺に遭遇したばかりだ。美禰子が何かに苦悩している事は三四郎にも分かる。
「とにかく美禰子の気分が悪いので、三四郎は彼女を連れて人込みから離れる。その辺の草の上に座って、三四郎と美禰子は休憩して、一緒に空を眺めるんだ」
「美禰子さんは空を眺めるのが好きなんでしたね。広田先生の家で引っ越しの手伝いをした時も、三四郎さんと一緒に空の雲を眺めてましたっけ」
「そうそう、覚えてて偉いぞ龍之介くん。三四郎と美禰子は皆から離れちゃったけど、あんまり美禰子は気にしてないんだね。ただ、三四郎と雲を眺めて、段々とリラックスしてくる」
美禰子は広田先生や野々宮について、「責任をのがれたがる人」と酷評する。だから自分と三四郎が迷子になっても気にしないだろうと言う。この酷評の理由は不明だが、家を出て下宿に戻る野々宮に失望したのかも知れない。下宿生活を優先する男は、美禰子との結婚を真剣に考えてはいないようにも見える。
……あるいは、日露戦争への徴兵を免れたと、批判しているのかも知れない。美禰子には二人の兄が居たのだが、上の兄は早くに亡くなったそうだ。これは戦争に出征したからかも知れぬ。その辺り、漱石先生は詳しく書かない。
「美禰子はキリスト教系の女学校に行ってたみたいでね。皆からはぐれて迷子になった、自分と三四郎を『ストレイ・シープ』と呼ぶ。迷える子羊とか、そんな意味だね。聖書に出てくる言葉らしいよ」
「結局、美禰子さんと三四郎さんは、広田先生達と合流しないんですね」
「当時は携帯電話も無いから、現実的に合流は難しかっただろうね。三四郎と美禰子は、そのまま帰宅する。ストレイ・シープって言葉は小説のラストでも出てくるから覚えててね」
小説は与次郎が書いている原稿についての話となる。与次郎は、尊敬する広田先生を大学で出世させるために、雑誌に投稿して世論を形成しようとしている……のだが、そういう政治運動に少し飽き飽きしている。与次郎は三四郎と夜道を歩きながら、星空を眺める。
三四郎が「美しい空だ」と言って、与次郎は「つまらんなぁ我々は」と嘆く。地上には不自由が多いという事だろう。皆がストレイ・シープに過ぎないと、漱石先生は言いたいのかも知れない。
「小説は、この辺りで半分くらいまで来たね。少し休憩しようか」
「美禰子さんと三四郎さんは行くんですね。デートじゃないですかー」
「いいよね、青春だねー。メンバーは広田先生、野々宮と妹のよし子、美禰子、三四郎の五人となりました」
日曜日に皆で集まって、そこで出発前に、三四郎は野々宮と美禰子が議論をしている場面に遭遇する。飛行機の話らしいが、野々宮が「高い所に行けば、地面の上に落ちて死ぬ」というような事を言う。対して美禰子は「死んでも、その方がいい」と言う。これは美禰子の、自由への憧れなのだと吾輩は思う。
「皆で出かけた興行は人だかりが凄くてね。そこで美禰子は気分が悪くなって、皆から離れる。心配になって、三四郎は美禰子を追いかけるんだ。美禰子は滝の傍の手すりに寄りかかっていて、滝の方をじっと見てる」
「何で滝を見てたんですかね」
「さあねぇ。その辺りは、はっきりとは書かれてないからね」
ここで読者や三四郎が連想するのは「自殺」であろう。三四郎は野々宮の家で、線路に飛び込んだ女の自殺に遭遇したばかりだ。美禰子が何かに苦悩している事は三四郎にも分かる。
「とにかく美禰子の気分が悪いので、三四郎は彼女を連れて人込みから離れる。その辺の草の上に座って、三四郎と美禰子は休憩して、一緒に空を眺めるんだ」
「美禰子さんは空を眺めるのが好きなんでしたね。広田先生の家で引っ越しの手伝いをした時も、三四郎さんと一緒に空の雲を眺めてましたっけ」
「そうそう、覚えてて偉いぞ龍之介くん。三四郎と美禰子は皆から離れちゃったけど、あんまり美禰子は気にしてないんだね。ただ、三四郎と雲を眺めて、段々とリラックスしてくる」
美禰子は広田先生や野々宮について、「責任をのがれたがる人」と酷評する。だから自分と三四郎が迷子になっても気にしないだろうと言う。この酷評の理由は不明だが、家を出て下宿に戻る野々宮に失望したのかも知れない。下宿生活を優先する男は、美禰子との結婚を真剣に考えてはいないようにも見える。
……あるいは、日露戦争への徴兵を免れたと、批判しているのかも知れない。美禰子には二人の兄が居たのだが、上の兄は早くに亡くなったそうだ。これは戦争に出征したからかも知れぬ。その辺り、漱石先生は詳しく書かない。
「美禰子はキリスト教系の女学校に行ってたみたいでね。皆からはぐれて迷子になった、自分と三四郎を『ストレイ・シープ』と呼ぶ。迷える子羊とか、そんな意味だね。聖書に出てくる言葉らしいよ」
「結局、美禰子さんと三四郎さんは、広田先生達と合流しないんですね」
「当時は携帯電話も無いから、現実的に合流は難しかっただろうね。三四郎と美禰子は、そのまま帰宅する。ストレイ・シープって言葉は小説のラストでも出てくるから覚えててね」
小説は与次郎が書いている原稿についての話となる。与次郎は、尊敬する広田先生を大学で出世させるために、雑誌に投稿して世論を形成しようとしている……のだが、そういう政治運動に少し飽き飽きしている。与次郎は三四郎と夜道を歩きながら、星空を眺める。
三四郎が「美しい空だ」と言って、与次郎は「つまらんなぁ我々は」と嘆く。地上には不自由が多いという事だろう。皆がストレイ・シープに過ぎないと、漱石先生は言いたいのかも知れない。
「小説は、この辺りで半分くらいまで来たね。少し休憩しようか」
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