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第二章『坊っちゃん』
5 猫ちゃん、龍之介くんとゴロゴロ転がって眠りにつく
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「本が無いから、ざっと、あらすじを言うとね。四国の松山市が舞台なんだ。関係ないけど、ゴルフの松山英樹選手も、そこの出身なんだよ。地名と苗字が一緒というのも興味深いね」
説明しながら、頭の中で、あらすじをまとめてみる。主人公は東京の出身で、いわゆる江戸っ子だ。その主人公が大学を出て、教師となって松山市に赴任する。これは、そのまま漱石先生が二十代の時に経験した事と同じである。
「で、教師である主人公は授業を行うんだけど。生徒は方言の、なまりは強いし反抗的だし。また学校の教師にも嫌な奴が居るんだね。だけど、主人公と仲良くなる教師も居るんだ」
漱石先生にも友達が居た。正岡子規という同年代の男で、数え年では三十五歳で亡くなってしまう。松山市の出身で、その松山では二十代の正岡氏と漱石先生が、同じ家で暮らした時期もあるのだ。親友であったのだろう。
「お話は結局、学校の中に、けしからん教師が居て。主人公が、仲の良い教師と一緒に退治しちゃうんだね。主人公は教師を辞めて、東京に戻って静かに暮らしたのでした」
昔話のように締めくくってみた。きっと漱石先生は、松山での思い出を頭に浮かべながら、作品を書いていったのだろう。湿っぽくないユーモアたっぷりの、この小説は正岡子規の死後、四年近くが経ってから完成した。
「人生の、ほろ苦さが味わい深いですねー」
「いや、理解が早すぎるよ龍之介くん。まだ読んでないんだから。ゆっくり成長しなさい」
「まだ読んでいないので、想像も含めて、話を作ってみたいと思います。聞いてください」
彼の健やかな成長に繋がるかもしれないので、吾輩、聞く事にした。大丈夫だろうか、偉い人に怒られるような内容だったらどうしようか。子供の話なので聞き流してもらいたい。
「つまり、これは松山氏の話なんですよ吾輩さん」
「うん? そうだね、松山市の話だね」
何か違和感を覚えながら、吾輩は応じた。
「主人公は、旅に出て成長するんです。そして、目指すんですよ。遥か先のオーガスタを!」
「待った待った待った、おかしい。それは、おかしいよ龍之介くん」
そもそも何で、マスターズの開催地を知ってるんだろうか。松山氏の優勝は大きなニュースではあったけれども。テレビの音でも聞こえたのだろうか。
「主人公が東京に戻って、静かに過ごしていたのはトレーニング期間だったんですよ吾輩さん」
いや、大体、時代からして違うから。と言おうとして、そういえば物語の時代設定に付いては何も説明しなかったと吾輩は思い出した。
「すると何かな。これまでの話は、第一部に過ぎなかったのかな」
「ええ、第二部は海外編です。そして新たなライバル達が主人公を成長させるんです」
「なるほど、切磋琢磨するんだね。作品のタイトルは、そのまんまで進むの?」
「タイトルは変えません。話はマスターズの最終日に進みます。そこで主人公が打った球は、強風に煽られて曲がるんです。ギャラリーの悲鳴と共に、球は池に飛び込みます」
それは大変である。吾輩、いつしか次の展開が気になってしまった。
「そして、映画で言えば主人公のバックに、タイトルが出てくるんですよ。『ボッチャン』と」
「そんなオチ!? 坊っちゃんがボッチャン!? それは古典的だよ龍之介くん!」
「まだ終わりませんよ。そのピンチを脱して、主人公は優勝するんです。人生は七転び八起きというテーマなんですね」
「君、吾輩をからかってるだろう」
よく見れば、龍之介くんの周囲にある本は雑多なジャンルが、ごちゃ混ぜであった。漱石先生も子供の頃は落語を好んでいたという。様々な要素が漱石先生を成長させたのである。
健全な物も不健全な物も、子供を成長させるのかも知れない。『坊っちゃんがボッチャン』って。子供ならではの発想である。漱石先生は、何処かに子供の部分を残し続けた人なのかもだ。
こういう他愛ない会話も、きっと無駄ではあるまい。文学というのは、つまるところ日々の生活というものが書かれるのだ。生活の中には涙もあれば笑いもある。
「ツッコミで疲れちゃったよ。少し休もう、龍之介くん」
「はい、吾輩さん」
吾輩と龍之介くんは、布団の上で横になる。ごろごろするのも、また生活である。文学のために生活があるのではない。先に生活があって、その中の悲喜こもごもを書くのが文学だ。
吾輩は漱石先生の生活に思いを馳せる。百年以上前の作家が書いた作品から、日々の生活が見える。いつの時代も涙があり、笑いがあり、時にはごろごろと過ごしたりもしていた。
龍之介くんの生活は、これから築かれていく。『坊っちゃん』であった我々は、年を重ね大人になっていく。悲喜こもごもの人生は、後世の人々に伝わる物語になっていくのだろう。
眠くなってきて思考がまとまらない。吾輩の猫生は、後世に微笑みをもたらすものであれば、それで満足である。吾輩と龍之介くんは、夢の中でオーガスタを舞台にプレイオフに突入した。
説明しながら、頭の中で、あらすじをまとめてみる。主人公は東京の出身で、いわゆる江戸っ子だ。その主人公が大学を出て、教師となって松山市に赴任する。これは、そのまま漱石先生が二十代の時に経験した事と同じである。
「で、教師である主人公は授業を行うんだけど。生徒は方言の、なまりは強いし反抗的だし。また学校の教師にも嫌な奴が居るんだね。だけど、主人公と仲良くなる教師も居るんだ」
漱石先生にも友達が居た。正岡子規という同年代の男で、数え年では三十五歳で亡くなってしまう。松山市の出身で、その松山では二十代の正岡氏と漱石先生が、同じ家で暮らした時期もあるのだ。親友であったのだろう。
「お話は結局、学校の中に、けしからん教師が居て。主人公が、仲の良い教師と一緒に退治しちゃうんだね。主人公は教師を辞めて、東京に戻って静かに暮らしたのでした」
昔話のように締めくくってみた。きっと漱石先生は、松山での思い出を頭に浮かべながら、作品を書いていったのだろう。湿っぽくないユーモアたっぷりの、この小説は正岡子規の死後、四年近くが経ってから完成した。
「人生の、ほろ苦さが味わい深いですねー」
「いや、理解が早すぎるよ龍之介くん。まだ読んでないんだから。ゆっくり成長しなさい」
「まだ読んでいないので、想像も含めて、話を作ってみたいと思います。聞いてください」
彼の健やかな成長に繋がるかもしれないので、吾輩、聞く事にした。大丈夫だろうか、偉い人に怒られるような内容だったらどうしようか。子供の話なので聞き流してもらいたい。
「つまり、これは松山氏の話なんですよ吾輩さん」
「うん? そうだね、松山市の話だね」
何か違和感を覚えながら、吾輩は応じた。
「主人公は、旅に出て成長するんです。そして、目指すんですよ。遥か先のオーガスタを!」
「待った待った待った、おかしい。それは、おかしいよ龍之介くん」
そもそも何で、マスターズの開催地を知ってるんだろうか。松山氏の優勝は大きなニュースではあったけれども。テレビの音でも聞こえたのだろうか。
「主人公が東京に戻って、静かに過ごしていたのはトレーニング期間だったんですよ吾輩さん」
いや、大体、時代からして違うから。と言おうとして、そういえば物語の時代設定に付いては何も説明しなかったと吾輩は思い出した。
「すると何かな。これまでの話は、第一部に過ぎなかったのかな」
「ええ、第二部は海外編です。そして新たなライバル達が主人公を成長させるんです」
「なるほど、切磋琢磨するんだね。作品のタイトルは、そのまんまで進むの?」
「タイトルは変えません。話はマスターズの最終日に進みます。そこで主人公が打った球は、強風に煽られて曲がるんです。ギャラリーの悲鳴と共に、球は池に飛び込みます」
それは大変である。吾輩、いつしか次の展開が気になってしまった。
「そして、映画で言えば主人公のバックに、タイトルが出てくるんですよ。『ボッチャン』と」
「そんなオチ!? 坊っちゃんがボッチャン!? それは古典的だよ龍之介くん!」
「まだ終わりませんよ。そのピンチを脱して、主人公は優勝するんです。人生は七転び八起きというテーマなんですね」
「君、吾輩をからかってるだろう」
よく見れば、龍之介くんの周囲にある本は雑多なジャンルが、ごちゃ混ぜであった。漱石先生も子供の頃は落語を好んでいたという。様々な要素が漱石先生を成長させたのである。
健全な物も不健全な物も、子供を成長させるのかも知れない。『坊っちゃんがボッチャン』って。子供ならではの発想である。漱石先生は、何処かに子供の部分を残し続けた人なのかもだ。
こういう他愛ない会話も、きっと無駄ではあるまい。文学というのは、つまるところ日々の生活というものが書かれるのだ。生活の中には涙もあれば笑いもある。
「ツッコミで疲れちゃったよ。少し休もう、龍之介くん」
「はい、吾輩さん」
吾輩と龍之介くんは、布団の上で横になる。ごろごろするのも、また生活である。文学のために生活があるのではない。先に生活があって、その中の悲喜こもごもを書くのが文学だ。
吾輩は漱石先生の生活に思いを馳せる。百年以上前の作家が書いた作品から、日々の生活が見える。いつの時代も涙があり、笑いがあり、時にはごろごろと過ごしたりもしていた。
龍之介くんの生活は、これから築かれていく。『坊っちゃん』であった我々は、年を重ね大人になっていく。悲喜こもごもの人生は、後世の人々に伝わる物語になっていくのだろう。
眠くなってきて思考がまとまらない。吾輩の猫生は、後世に微笑みをもたらすものであれば、それで満足である。吾輩と龍之介くんは、夢の中でオーガスタを舞台にプレイオフに突入した。
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