17 / 64
第二章『坊っちゃん』
5 猫ちゃん、龍之介くんとゴロゴロ転がって眠りにつく
しおりを挟む
「本が無いから、ざっと、あらすじを言うとね。四国の松山市が舞台なんだ。関係ないけど、ゴルフの松山英樹選手も、そこの出身なんだよ。地名と苗字が一緒というのも興味深いね」
説明しながら、頭の中で、あらすじをまとめてみる。主人公は東京の出身で、いわゆる江戸っ子だ。その主人公が大学を出て、教師となって松山市に赴任する。これは、そのまま漱石先生が二十代の時に経験した事と同じである。
「で、教師である主人公は授業を行うんだけど。生徒は方言の、なまりは強いし反抗的だし。また学校の教師にも嫌な奴が居るんだね。だけど、主人公と仲良くなる教師も居るんだ」
漱石先生にも友達が居た。正岡子規という同年代の男で、数え年では三十五歳で亡くなってしまう。松山市の出身で、その松山では二十代の正岡氏と漱石先生が、同じ家で暮らした時期もあるのだ。親友であったのだろう。
「お話は結局、学校の中に、けしからん教師が居て。主人公が、仲の良い教師と一緒に退治しちゃうんだね。主人公は教師を辞めて、東京に戻って静かに暮らしたのでした」
昔話のように締めくくってみた。きっと漱石先生は、松山での思い出を頭に浮かべながら、作品を書いていったのだろう。湿っぽくないユーモアたっぷりの、この小説は正岡子規の死後、四年近くが経ってから完成した。
「人生の、ほろ苦さが味わい深いですねー」
「いや、理解が早すぎるよ龍之介くん。まだ読んでないんだから。ゆっくり成長しなさい」
「まだ読んでいないので、想像も含めて、話を作ってみたいと思います。聞いてください」
彼の健やかな成長に繋がるかもしれないので、吾輩、聞く事にした。大丈夫だろうか、偉い人に怒られるような内容だったらどうしようか。子供の話なので聞き流してもらいたい。
「つまり、これは松山氏の話なんですよ吾輩さん」
「うん? そうだね、松山市の話だね」
何か違和感を覚えながら、吾輩は応じた。
「主人公は、旅に出て成長するんです。そして、目指すんですよ。遥か先のオーガスタを!」
「待った待った待った、おかしい。それは、おかしいよ龍之介くん」
そもそも何で、マスターズの開催地を知ってるんだろうか。松山氏の優勝は大きなニュースではあったけれども。テレビの音でも聞こえたのだろうか。
「主人公が東京に戻って、静かに過ごしていたのはトレーニング期間だったんですよ吾輩さん」
いや、大体、時代からして違うから。と言おうとして、そういえば物語の時代設定に付いては何も説明しなかったと吾輩は思い出した。
「すると何かな。これまでの話は、第一部に過ぎなかったのかな」
「ええ、第二部は海外編です。そして新たなライバル達が主人公を成長させるんです」
「なるほど、切磋琢磨するんだね。作品のタイトルは、そのまんまで進むの?」
「タイトルは変えません。話はマスターズの最終日に進みます。そこで主人公が打った球は、強風に煽られて曲がるんです。ギャラリーの悲鳴と共に、球は池に飛び込みます」
それは大変である。吾輩、いつしか次の展開が気になってしまった。
「そして、映画で言えば主人公のバックに、タイトルが出てくるんですよ。『ボッチャン』と」
「そんなオチ!? 坊っちゃんがボッチャン!? それは古典的だよ龍之介くん!」
「まだ終わりませんよ。そのピンチを脱して、主人公は優勝するんです。人生は七転び八起きというテーマなんですね」
「君、吾輩をからかってるだろう」
よく見れば、龍之介くんの周囲にある本は雑多なジャンルが、ごちゃ混ぜであった。漱石先生も子供の頃は落語を好んでいたという。様々な要素が漱石先生を成長させたのである。
健全な物も不健全な物も、子供を成長させるのかも知れない。『坊っちゃんがボッチャン』って。子供ならではの発想である。漱石先生は、何処かに子供の部分を残し続けた人なのかもだ。
こういう他愛ない会話も、きっと無駄ではあるまい。文学というのは、つまるところ日々の生活というものが書かれるのだ。生活の中には涙もあれば笑いもある。
「ツッコミで疲れちゃったよ。少し休もう、龍之介くん」
「はい、吾輩さん」
吾輩と龍之介くんは、布団の上で横になる。ごろごろするのも、また生活である。文学のために生活があるのではない。先に生活があって、その中の悲喜こもごもを書くのが文学だ。
吾輩は漱石先生の生活に思いを馳せる。百年以上前の作家が書いた作品から、日々の生活が見える。いつの時代も涙があり、笑いがあり、時にはごろごろと過ごしたりもしていた。
龍之介くんの生活は、これから築かれていく。『坊っちゃん』であった我々は、年を重ね大人になっていく。悲喜こもごもの人生は、後世の人々に伝わる物語になっていくのだろう。
眠くなってきて思考がまとまらない。吾輩の猫生は、後世に微笑みをもたらすものであれば、それで満足である。吾輩と龍之介くんは、夢の中でオーガスタを舞台にプレイオフに突入した。
説明しながら、頭の中で、あらすじをまとめてみる。主人公は東京の出身で、いわゆる江戸っ子だ。その主人公が大学を出て、教師となって松山市に赴任する。これは、そのまま漱石先生が二十代の時に経験した事と同じである。
「で、教師である主人公は授業を行うんだけど。生徒は方言の、なまりは強いし反抗的だし。また学校の教師にも嫌な奴が居るんだね。だけど、主人公と仲良くなる教師も居るんだ」
漱石先生にも友達が居た。正岡子規という同年代の男で、数え年では三十五歳で亡くなってしまう。松山市の出身で、その松山では二十代の正岡氏と漱石先生が、同じ家で暮らした時期もあるのだ。親友であったのだろう。
「お話は結局、学校の中に、けしからん教師が居て。主人公が、仲の良い教師と一緒に退治しちゃうんだね。主人公は教師を辞めて、東京に戻って静かに暮らしたのでした」
昔話のように締めくくってみた。きっと漱石先生は、松山での思い出を頭に浮かべながら、作品を書いていったのだろう。湿っぽくないユーモアたっぷりの、この小説は正岡子規の死後、四年近くが経ってから完成した。
「人生の、ほろ苦さが味わい深いですねー」
「いや、理解が早すぎるよ龍之介くん。まだ読んでないんだから。ゆっくり成長しなさい」
「まだ読んでいないので、想像も含めて、話を作ってみたいと思います。聞いてください」
彼の健やかな成長に繋がるかもしれないので、吾輩、聞く事にした。大丈夫だろうか、偉い人に怒られるような内容だったらどうしようか。子供の話なので聞き流してもらいたい。
「つまり、これは松山氏の話なんですよ吾輩さん」
「うん? そうだね、松山市の話だね」
何か違和感を覚えながら、吾輩は応じた。
「主人公は、旅に出て成長するんです。そして、目指すんですよ。遥か先のオーガスタを!」
「待った待った待った、おかしい。それは、おかしいよ龍之介くん」
そもそも何で、マスターズの開催地を知ってるんだろうか。松山氏の優勝は大きなニュースではあったけれども。テレビの音でも聞こえたのだろうか。
「主人公が東京に戻って、静かに過ごしていたのはトレーニング期間だったんですよ吾輩さん」
いや、大体、時代からして違うから。と言おうとして、そういえば物語の時代設定に付いては何も説明しなかったと吾輩は思い出した。
「すると何かな。これまでの話は、第一部に過ぎなかったのかな」
「ええ、第二部は海外編です。そして新たなライバル達が主人公を成長させるんです」
「なるほど、切磋琢磨するんだね。作品のタイトルは、そのまんまで進むの?」
「タイトルは変えません。話はマスターズの最終日に進みます。そこで主人公が打った球は、強風に煽られて曲がるんです。ギャラリーの悲鳴と共に、球は池に飛び込みます」
それは大変である。吾輩、いつしか次の展開が気になってしまった。
「そして、映画で言えば主人公のバックに、タイトルが出てくるんですよ。『ボッチャン』と」
「そんなオチ!? 坊っちゃんがボッチャン!? それは古典的だよ龍之介くん!」
「まだ終わりませんよ。そのピンチを脱して、主人公は優勝するんです。人生は七転び八起きというテーマなんですね」
「君、吾輩をからかってるだろう」
よく見れば、龍之介くんの周囲にある本は雑多なジャンルが、ごちゃ混ぜであった。漱石先生も子供の頃は落語を好んでいたという。様々な要素が漱石先生を成長させたのである。
健全な物も不健全な物も、子供を成長させるのかも知れない。『坊っちゃんがボッチャン』って。子供ならではの発想である。漱石先生は、何処かに子供の部分を残し続けた人なのかもだ。
こういう他愛ない会話も、きっと無駄ではあるまい。文学というのは、つまるところ日々の生活というものが書かれるのだ。生活の中には涙もあれば笑いもある。
「ツッコミで疲れちゃったよ。少し休もう、龍之介くん」
「はい、吾輩さん」
吾輩と龍之介くんは、布団の上で横になる。ごろごろするのも、また生活である。文学のために生活があるのではない。先に生活があって、その中の悲喜こもごもを書くのが文学だ。
吾輩は漱石先生の生活に思いを馳せる。百年以上前の作家が書いた作品から、日々の生活が見える。いつの時代も涙があり、笑いがあり、時にはごろごろと過ごしたりもしていた。
龍之介くんの生活は、これから築かれていく。『坊っちゃん』であった我々は、年を重ね大人になっていく。悲喜こもごもの人生は、後世の人々に伝わる物語になっていくのだろう。
眠くなってきて思考がまとまらない。吾輩の猫生は、後世に微笑みをもたらすものであれば、それで満足である。吾輩と龍之介くんは、夢の中でオーガスタを舞台にプレイオフに突入した。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
あやかし狐の京都裏町案内人
狭間夕
キャラ文芸
「今日からわたくし玉藻薫は、人間をやめて、キツネに戻らせていただくことになりました!」京都でOLとして働いていた玉藻薫は、恋人との別れをきっかけに人間世界に別れを告げ、アヤカシ世界に舞い戻ることに。実家に戻ったものの、仕事をせずにゴロゴロ出来るわけでもなく……。薫は『アヤカシらしい仕事』を探しに、祖母が住む裏京都を訪ねることに。早速、裏町への入り口「土御門屋」を訪れた薫だが、案内人である安倍晴彦から「祖母の家は封鎖されている」と告げられて――?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる