帰ってきた猫ちゃん

転生新語

文字の大きさ
上 下
15 / 64
第二章『坊っちゃん』

3 猫ちゃん、また編集者と遭遇する

しおりを挟む
 目が覚めて周囲を見回す。吾輩、主人の家の一階で寝ていた。タブレットというのか、電子機器でマンガを読みながら寝落ちしてたらしい。おかしな夢を見たものである。

 ちなみに読んでいた作品は「あーあ、女神さま」とかいう題名であった。マンガを読みすぎると馬鹿になるというのは本当かもだ。小説の神様? 志賀しがなお先生ではないのか、それは。

 まだ時刻は昼過ぎのようなので、太陽を拝まないまま一日を過ごすのも不健康な気がして吾輩、縁側の方に移動する。そこには主人が座り込んでいて、庭で立っている女と話していた。

「それで奥さんは、まだ出かけてるんですか先生」

「うむ、妻は全国ツアー中だ」

「この間は旅行中だと言ってましたよ」

「いいだろう、別に。旅行だろうが全国ツアーだろうが大して違いは無いさ」

 この家に来る客というのは、そう多くはない。女というのは、例の編集者である。

「先生の原稿を拝見しました。私は面白いと思いましたよ」

 相変わらずの無表情ながら、女編集者が褒めてくる。対して主人は、静かな表情だった。

「あれは私のアイデアじゃない。息子の龍之介が考えたものさ」

「ありえません。一歳にもならない息子さんでしょう、作り話は止めてください」

 主人は「そうか、ありえない作り話か」と苦笑している。

「その程度の作家だよ私は。オリジナルの傑作など、もう書けない。息子のアイデア、そして夏目漱石という作家のアイデアに頼って、そこから話をひねり出すのが関の山さ。そして年下の編集者から『話のレベルが低い』だの『妄言もうげん野郎』だのと言われるんだ」

「そこまでは言ってません」

「ともかくだ。君が原稿を気に入ってくれたのなら良かった。だが出版社の反応は違うだろ?」

 少しの間、女は無言であった。

「……上層部の反応はかんばしくないです。『今さら夏目漱石?』、『吾輩は猫であるのパロディーは要らない』と。もっと確実に売れそうなジャンルの作品が欲しいんですね」

「とりあえず言っておこうか。私が書くのはパロディーじゃない、オマージュだ」

 主人にも持論があるのか、そう言ってきた。

「私は夏目漱石を尊敬している。やまいを押して作品を書き続けた姿勢、作品の中にあるユーモア精神や人間への愛情、そして作品が後世に与えた多大な影響。その全てに敬意を表すよ」

「その敬意を、今回の作品で表現すると。そういう事ですか」

「そうだ。君に渡した原稿は第一章に過ぎない。全部で十章を書いて、一章ごとに夏目漱石の作品を取り上げる。作品のあらすじなどを紹介し、まだ漱石に触れてない読者へアピールする」

「何だか、堅苦かたくるしくないですか。若い読者は押し付けを嫌いますよ」

「私だって商業作家だ、別に真面目まじめな話だけを書くつもりはないよ。むしろ不真面目ふまじめに見られるくらいの話を混ぜていくさ。それを『軽薄けいはくなパロディー』ととらえられると困るがね」

 肩をすくめて主人は笑った。

「私自身じしんに大した才能は無い。だが私は夏目漱石の価値を知っている。文学には大切な価値があると知っている。その価値は感染病で気疲れした、全ての現代人の暗い心に、希望の光をもたらすと信じている。それさえ伝えられれば、売れなかろうが私は満足さ」

「……原稿が完成すれば、上の人間も考えが変わるかも知れません。書き上げてください」

「ああ、書くだけ書く。それで受け取られなければネットに発表するさ。出版社との縁が切られれば、わざわざ君が私を訪ねてくる義理も無くなる。つまらん仕事が減って君も満足だろう」

「私は、ここに来るのが不満な訳では……」

 主人は庭を眺めていて、女編集者が主人の横顔に熱い視線を向けている事に気づいていない。

 鈍感というのは罪なものだと吾輩は思う。今の御時世ごじせい、テレワークというものが進められているのだ。何で映像付きの電話で用件を済ませられるのに、わざわざ彼女が家を訪ねてくるのかを主人は考えた事がないのだろうか? その主人は今、新聞を読みふけっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シャ・ベ クル

うてな
キャラ文芸
これは昭和後期を舞台にしたフィクション。  異端な五人が織り成す、依頼サークルの物語…  夢を追う若者達が集う学園『夢の島学園』。その学園に通う学園主席のロディオン。彼は人々の幸福の為に、悩みや依頼を承るサークル『シャ・ベ クル』を結成する。受ける依頼はボランティアから、大事件まで…!?  主席、神様、お坊ちゃん、シスター、893? 部員の成長を描いたコメディタッチの物語。 シャ・ベ クルは、あなたの幸せを応援します。  ※※※ この作品は、毎週月~金の17時に投稿されます。 2023年05月01日   一章『人間ドール開放編』  ~2023年06月27日            二章 … 未定

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした

せんせい
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ―――

月宮殿の王弟殿下は怪奇話がお好き

星来香文子
キャラ文芸
【あらすじ】 煌神国(こうじんこく)の貧しい少年・慧臣(えじん)は借金返済のために女と間違えられて売られてしまう。 宦官にされそうになっていたところを、女と見間違うほど美しい少年がいると噂を聞きつけた超絶美形の王弟・令月(れいげつ)に拾われ、慧臣は男として大事な部分を失わずに済む。 令月の従者として働くことになったものの、令月は怪奇話や呪具、謎の物体を集める変人だった。 見えない王弟殿下と見えちゃう従者の中華風×和風×ファンタジー×ライトホラー ※カクヨム等にも掲載しています

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

仔狐さくら、九尾を目指す

真弓りの
キャラ文芸
あたし、死んだの? 好奇心で山から降りて、車に跳ねられて生命を落とした仔狐が、助けようとしてくれた優しい人を守ろうと頑張ったり、空回りで怖がらせてしまったり……。 大切な人を守るため、あたし、強くなりたい。 え? しっぽが増えると強くなれるの? それなら、あたし、凄く頑張る……! ★他サイト(小説家になろう、エブリスタ)にも掲載しております。

処理中です...