帰ってきた猫ちゃん

転生新語

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第二章『坊っちゃん』

3 猫ちゃん、また編集者と遭遇する

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 目が覚めて周囲を見回す。吾輩、主人の家の一階で寝ていた。タブレットというのか、電子機器でマンガを読みながら寝落ちしてたらしい。おかしな夢を見たものである。

 ちなみに読んでいた作品は「あーあ、女神さま」とかいう題名であった。マンガを読みすぎると馬鹿になるというのは本当かもだ。小説の神様? 志賀しがなお先生ではないのか、それは。

 まだ時刻は昼過ぎのようなので、太陽を拝まないまま一日を過ごすのも不健康な気がして吾輩、縁側の方に移動する。そこには主人が座り込んでいて、庭で立っている女と話していた。

「それで奥さんは、まだ出かけてるんですか先生」

「うむ、妻は全国ツアー中だ」

「この間は旅行中だと言ってましたよ」

「いいだろう、別に。旅行だろうが全国ツアーだろうが大して違いは無いさ」

 この家に来る客というのは、そう多くはない。女というのは、例の編集者である。

「先生の原稿を拝見しました。私は面白いと思いましたよ」

 相変わらずの無表情ながら、女編集者が褒めてくる。対して主人は、静かな表情だった。

「あれは私のアイデアじゃない。息子の龍之介が考えたものさ」

「ありえません。一歳にもならない息子さんでしょう、作り話は止めてください」

 主人は「そうか、ありえない作り話か」と苦笑している。

「その程度の作家だよ私は。オリジナルの傑作など、もう書けない。息子のアイデア、そして夏目漱石という作家のアイデアに頼って、そこから話をひねり出すのが関の山さ。そして年下の編集者から『話のレベルが低い』だの『妄言もうげん野郎』だのと言われるんだ」

「そこまでは言ってません」

「ともかくだ。君が原稿を気に入ってくれたのなら良かった。だが出版社の反応は違うだろ?」

 少しの間、女は無言であった。

「……上層部の反応はかんばしくないです。『今さら夏目漱石?』、『吾輩は猫であるのパロディーは要らない』と。もっと確実に売れそうなジャンルの作品が欲しいんですね」

「とりあえず言っておこうか。私が書くのはパロディーじゃない、オマージュだ」

 主人にも持論があるのか、そう言ってきた。

「私は夏目漱石を尊敬している。やまいを押して作品を書き続けた姿勢、作品の中にあるユーモア精神や人間への愛情、そして作品が後世に与えた多大な影響。その全てに敬意を表すよ」

「その敬意を、今回の作品で表現すると。そういう事ですか」

「そうだ。君に渡した原稿は第一章に過ぎない。全部で十章を書いて、一章ごとに夏目漱石の作品を取り上げる。作品のあらすじなどを紹介し、まだ漱石に触れてない読者へアピールする」

「何だか、堅苦かたくるしくないですか。若い読者は押し付けを嫌いますよ」

「私だって商業作家だ、別に真面目まじめな話だけを書くつもりはないよ。むしろ不真面目ふまじめに見られるくらいの話を混ぜていくさ。それを『軽薄けいはくなパロディー』ととらえられると困るがね」

 肩をすくめて主人は笑った。

「私自身じしんに大した才能は無い。だが私は夏目漱石の価値を知っている。文学には大切な価値があると知っている。その価値は感染病で気疲れした、全ての現代人の暗い心に、希望の光をもたらすと信じている。それさえ伝えられれば、売れなかろうが私は満足さ」

「……原稿が完成すれば、上の人間も考えが変わるかも知れません。書き上げてください」

「ああ、書くだけ書く。それで受け取られなければネットに発表するさ。出版社との縁が切られれば、わざわざ君が私を訪ねてくる義理も無くなる。つまらん仕事が減って君も満足だろう」

「私は、ここに来るのが不満な訳では……」

 主人は庭を眺めていて、女編集者が主人の横顔に熱い視線を向けている事に気づいていない。

 鈍感というのは罪なものだと吾輩は思う。今の御時世ごじせい、テレワークというものが進められているのだ。何で映像付きの電話で用件を済ませられるのに、わざわざ彼女が家を訪ねてくるのかを主人は考えた事がないのだろうか? その主人は今、新聞を読みふけっていた。
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